第2話 邂逅

「またか」


 数回目だ。再び、目印のつけた木へと意図せず戻ってきた。何とも面妖な話だ、さすがは帰らずの森とだけ言われる事はある。

 さて、どうしたものか。少なくとも混乱する程ではないが、何度もループしているというのは、気分的に最悪である。


 結界の類というのは、彼の憎き勇者パーティにいた頃、魔術師に教わった事があるのだが、一定の範囲内の魔力を漂わせ、それに触れた物に特定に作用を付与すると言った感じで構成されている。

 つまりは、魔力を察知すれば後は容易いのだが。


「……これでも行けるのかな。固有スキル【魔力眼マジッカーアイズ】」


 これは魔力が宿ったものを視認しやすくなるという固有スキルの一つ。獲物を追跡する事に長けた獣から吸収したスキルだ。

 魔力を宿す人間や獣が、どこに隠れているかを探知するためにしか使われないスキルなのだが、もしこれが魔力自体を感知できる優れものならば、結界の魔力も視認できるようになる筈だが……。


 眼を凝らす。視界の至る所に、青色の風のような物が漂っているのが微かに見える。……これか? 魔力を直で見るといった機会が無さすぎる故に、これでいいのかという自信がわかない。


 といっても、それ以外に手がかりがあるわけでもない。ため息を一つつき、その魔力を掻い潜るようにして歩き、山の山頂へと目指していく。

 もしこれが結界の魔力で、私の行く手を阻んでいるとするのならば、無事山頂に到着する筈である。


 ――魔力が充満しているのは確かだが、なぜか足元辺りは魔力が余り行き届いていない。山に住む魔獣どもに魔力が触れないようにという配慮なのだろうか? まあ匍匐前進しながら山の山頂を目指す人間とか変人極まりないし、防衛設備としては非常に優秀なのだろうが。



「空の光が……あそこか?」


 やがて視界を照らす陽光の量が増す。あそこを通れば山頂だろうか? そうと言わんばかりに、青色の風はその光の先には行き届いていなかった。

 ズズッ、ズズッ、とゆっくり前進していき、ようやくしてその先へと進む。その先で私が目にしたもの、それは古びた遺跡のような場所であった。


「……な、にこれ」


 白みを帯びた石で作られた所々苔をはやした柱に、石畳。そしてその奥には、大きな祠が一つ。こんな物があるなんて、今まで聞いたことがない。

 というか、上空の地図には一切書かれていなかった。もしかしてこれも、結界が隠してたというのか? 何という隠ぺい工作だ。

 だからといって、この遺跡が何のためのものなのかが分からないのだが。


 すくっと立ち上がり、祠の方へと歩みだす。人の気配……はない。いや、魔力眼で見ればいいじゃん、と咄嗟に私はスキルを発動する。


「! ――誰っ!?」

「……人?」


 祠の壁後ろ、そこから莫大な魔力の反応が視える。明らかにそれは人の形を成していた。中に誰かいる――魔力眼で感知していなかったら、直ぐにやられていたかもしれない。

 

 スッとその人影が正体を露わにする。長い金髪を露わにし、綺麗な身体をした美しい女性。追放されてやさぐれた私とは明らかに正反対だ。

 その身体からは、凄まじい程の魔力を感じる。身体がピリピリと痺れていく感覚を覚える。雷の魔力か?


「貴方、何者ですか? ここにたどり着くなんて、只者とは思えませんが」

「人に名前を聞く時は、そっちから名乗るのが筋ってもんじゃないの?」

「……フレイ。この地方を任された、女神の一柱です」


 何を言っているのだろうか? と言いたいところだが、この結界やら感じる魔力やらを総合的にみると、彼女の言った事には少し納得がいく。

 こんな魔力、これまで色んなモンスターやら魔術師やらを見てきた私でさえ、感じた事がない。人を迷わせる結界なんてものも、聞いたことがない。


「そう、私はグレイ。魔獣喰者よ。早速で悪いのだけれど、この山に張られた結界を解除してくれない? 降りれなくて大変なんだけど」

「それはできません」

「は?」


 語尾を強めながら、怒りの反応を示す。彼女は顔色一つ変えず動じない。まあこれくらいで怯えてたら、女神なんてやってないだろうし、それは納得がいく。

 結界を解除する事はできない、それはちょっと意味不明だった。ふざけているのか? 張った本人なら、解除するくらいどうって事は無い筈である。解除できない理由でもあるのだろうか?


「この山は神が降り立つ地の一つであり、神聖な地です。一歩でも立ち入った者は、生きて帰すなというのが、最高神の命令です」

「いや知らないし、じゃあ私も帰してくれないわけ?」

「当然です――固有スキル【雷槌ミュリエル】」

「は? 嘘でしょ――」


 問答無用だった。彼女は私の方に手を広げ、スキル名を宣言した。地面、空、森、ありとあらゆる所から金色の閃光が迸り、私の立つ場所目掛けて巨大な雷が轟音を荒げながら落雷する。

 これは後から街の人に聞いた事なのだが、この出来事は『不可思議な落雷』という噂として広まったみたいだった。


「愚かな人間です。不用意に立ち入らなければいいものを」

「――初対面にいきなり攻撃って。女神のくせにマナーがなってないんじゃない?」

「!?」


 煙が晴れた先に、私は直立したまま目の前の女神を睨みつけていた。


「……何が、あった?」

「固有スキル【避雷針】。ボルトエレジーっていう電気ネズミ、聞いたことない?」

「雷を退ける、固有スキル?」

「無能だと思ってたけどね、初めて役に立った。――さて」


 魔獣爪ビーストクローを起動し、殺戮モードに入る。ここまでされて、殺されかけて、キレない人間って正直いるのだろうか?

 いいや、絶対いないね。


「帰さないっていうのなら、無理やり言う事聞かすしかないね」

「ば、化け物……!?」

「かもね」


 怒りを込めた獣の力を右手に込め、勢いよく女神の元へ駆け走る。

 攻撃してきた事、後悔させてやらないとね。

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