第1話 追放後の楽園

 私の人生が本格的に動き出したのは、勇者パーティに追放されてから数年後でした。追放後、私は予想通り道端を迷い、飢え死にするのを待つような人生を送ろうとしていた。

 大きな国から追放されるというのは、余程の大罪を犯さなければ執行される事はない。大抵の罪は投獄で片付けられる。しかし、その分追放された人物に待っている未来は絶望の一言である。

 まず、腕には黒色の紋章が刻まれる。これは追放者の烙印みたいな物であり、一目見ればソイツが犯罪者だという事が分かる。よって、街の門番に見られたならば、文字通り門前払いをくらうことになる。安易にそれを隠そうとしても、その仕草が露骨に出てしまうため、すぐばれてしまう。

 故に、世界では追放される=死といった印象が根強く刻まれている。


 私はとりあえず、さっきのようにまた暴走して人に危害を加えそうになることを恐れ、人気のない山奥へと足を運んだ。いや、最もな理由は、人の声を聞きたくなかったのかもしれない。

 選んだ場所は、帰らずの山。王都の近くにあるいわくつきのダンジョンである。数多の木々で覆われた山であり、周囲には微かに魔力が漂っている。一度入ったが最後、二度と出る事はできないと言われており、これまで何人もの冒険者が行方不明になっている。そのため、この山に立ち入る冒険者も今ではいなくなってしまっている。

 だが、私にとってはそれがちょうどよかった。誰とも出会わずに、死ぬまでの人生を過ごす事が出来る。

 魔物か魔獣くらいはいるだろうが、それらは殺して食料にすれば問題ないだろう。固有スキルの持っていない魔獣の肉というのは、焼けば結構うまい。本来はとても食えた物ではないらしいのだが、こればっかりは魔獣喰らいの特権と言ったものだろう。


「……自然の恵みに、感謝」


 私らしくもない言葉を呟き、一歩その山の地へと歩みだす。出れないとは言え、入ってすぐなら絶対に迷う事なんてないだろう。と思っていたが、その考えは甘かったようだ。

 入って数分。背後を振り返ると、そこは先ほどは絶対になかっただろう木々で覆われており、逆に先ほどまで絶対にあった出口は完全に消え去っていた。勿論出口の光さえも無い。

 思っていた以上に強い結界の様だった。こんな結界を張れる存在なんて、この世にいないんじゃないだろうか。じゃあ、誰が作っているのかって? 知らないよ、そんな物。


「――グルルルル」


 遠くからも、近くからも、魔獣の威嚇声が響く。恐らくその研ぎ澄まされた嗅覚と聴覚によって、私の存在を早くも知覚し、獲物として忍び寄ってきているのだろう。


「煩い……」


 脳裏に響く喰らった獣の声も、共鳴するかのように響く。地獄か? ここは。

 せっかく静かに暮らせると思ったのに、これでは全く意味をなさないではないか。

 どうにかして、静かにできない物か。


 ……


 いや。一つ、あるかもしれない。


 しばらくして、草木の奥から赤い瞳がチラチラと移りだす。ポタ、ポタ、と水滴が地面に落ちるような音も微かに漏れている。ただの涎だろうけど。

 口元が微かに緩む。あぁ、そうか。私は今追放された身なんだ、何しても許されるのか。


「グルルアァァー!!」

「――固有スキル【魔獣爪ビーストクロー】」

「ギャウ――……」


 動きが止まり、隙が出来たと思ったのか、一匹の魔獣幼生がこちら目掛けて爪を振り下ろした。


 かの様に思えたが、その爪は私を穿つ事なく、私の変貌して腕によってバラバラに引き裂かれた身体ごと、地面に倒れ伏した。

 結構怖い声を鳴らしていたが、所詮はこの程度の猛獣だったか。ちょっと怯えて損した。


『グルラァァァ!!』

「――あぁもう、叫ばないで」


 爪を顕現させると、脳裏の叫び声が一層強くなる。ずっと聞いていると、段々と頭がおかしくなっていく。何で? 何でこいつの声が響くの?

 そういえば、私が暴走して記憶をなくす寸前も、今みたいな獣の声が響いていた気がする。こいつが? こいつが原因なのか?


 ――いや、そんな事は関係ない。一先ず私がやるべき事は。


「グルルルル……」

「……山掃除……だね」


 静かな楽園を作る為に、私はまずこの山に住む魔獣を消し去る事にしよう。



 ***



 あれからどれ程の月日がたっただろう。日付は忘れないように、雑で数えていたのだが、流れに流れすぎてもはや曖昧になってきている。多分十年は経過している。

 気づいたら、私の耳に獣の声が流れる事は無くなっていった。何度も何度も、この【魔獣爪ビーストクロー】で斬り裂いていった結果なんだろう。


 あれ? そういえば、スキルを使っているときに響いていた獣の声も、今では余り聞かなくなっていた。どうした? 声が枯れでもしたのか?

 まあ深く考える必要はないだろう、多分ただの気まぐれだ。それはそうと、これでようやく私の楽園が出来たというわけだ。

 人の声もない、獣の声もない、聞こえたとしても殺して食料にしてしまえばいい。静寂で素晴らしい楽園。まさに、天国エデン

 もうここが、死後の世界じゃないのだろうか。


「ああ、静かだ。これで誰にも迷惑をかけることも、心配されることも、叫ばれる事もない……」


 天国を彷徨い歩きつつ、今後の事について考える。

 住処(雨風はしのげないが)を手に入れたならば、まず気にしないといけないのは、飢えの問題だ。殺した奴の肉は、一部を干して非常食にはしているが、持ち運べる量の問題もあり、そんな確保できていない。そしてさらに肉は腐りやすい為にすぐ処理しなければならない。つまり、長期保管には向いていない。

 故に、どこかで別の食糧を調達しなければならなくなる。外へ調達にいこうにも、まずこの山の結界のせいで出口がわからないし、烙印のせいで街や村の中に入る事さえ難しい。

 さすがは、追放=死と言われるだけの事はある。


「……今は別にヤバくはないからいいけど。どうしたものか……」


 頭をポリポリとかく。いくら考えても最善策なんて出てこなかった。

 これはあれかな、今考える必要はない、という神からのお告げだろうか? もう今となっては、その神でさえ信用ならない存在でしかないのだが。

 いやそもそも、私が信用できる者なんて、この世に存在しないのかもしれない。


 でも、だからって何もしないというのは酷な話である。仮にもこの山はダンジョンとして言い伝えられている、という事は何かしらこの結界を解く方法はあるのかもしれない。十年程滞在してはいるが、それらしい物なんて一切見た事ないのだけど。

 まあ十中八九、この結界が邪魔をしているに違いない。


 一先ず、目印のつけていない場所から順々に散策することにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る