名札のポチ

芳村アンドレイ

第1話 名札のポチ

ミハイロは生きる。


高層ビルの根本にある暗い部屋にいる。

酒の抜かれた瓶が机の上、床の上、布団の上で勝手に散らかり、

雨の降る町でミハイロは嫉妬する。


傘を持って夜の町に出かける。

ネオン街の虹色に染まる水たまりを踏み進む、

お金がない。

周りには絵。ポスター。広告版。大きな顔の白い歯と、

クソガキに黒く塗られた汚い歯。

邪魔だ!


ミハイロは生きる。


この前は裏切られた、その前も裏切られたそうじゃないか。

その前も、その前も。

ミハイロを裏切っている。

今回は違う、ミハイロを裏切ったりはしない。

新しい名札を与えたら、小学生が出世する。



ついた。ここにあいつがいる。都会の中心部にある、窓と銀で覆われた一番の高み。今回さえ上手くいけばミハイロもここで生きる事が出来る。

大きな回転扉に向かって歩いた。

まだ雨は降っている。傘も差している。素晴らしきミハイロの作った町に大きな雨粒が降りては傘を弾いて音をたてる。

警備員がドアのそばから立ち寄ってきた。

傘と雨で顔が見えないから入るのを止めようとしたんだ。

傘を上げて眼を合わせる。

一瞬眉を引いた警備員は、今度はドアの方へと手を伸ばしてくれた。

中へ入る。赤いベルベットにレザーシート。壁の中央にあるエレベーターが鳴って裕福な家族が出てきた。ミハイロの隣を通って回転扉を抜けた。

そのエレベーターへと入る。三十階にあるペントハウスであいつが待っている。

立ち入る。

あいつが玄関に立っている。興奮しすぎてじっとしてられないんだ。

「はじめようか」

ポスターと同じ顔の持ち主が返事を返す。

「はい」

「これからその身体、精神、未来を頂く」

「はい」

ミハイロを受け渡す。


誰でもいいんだ。ミハイロさえいれば。

愛犬であるはずのポチが、パピーミルのどの子犬でもよかったように。

運命なんてない。子供が指さしたら決まる。

名札さえつければポチだ。

ミハイロの名札をピンで彼のシャツに留めた。


ミハイロは生きる。


彼はもう自分の過去を忘れている。

自分がミハイロだと信じている。

偉大な創造主になったと信じている。

俺はもう、何者でもない。


神の子であるミハイロは永遠だ。


先代の始めたこの儀式でミハイロは生き続ける。それほど大切な存在だったんだ。自分達と、それを引き継ぐ者達を犠牲にしてでも、ミハイロの名札を無くすわけにはいかなかったんだ。


これからくる世代はミハイロにとって邪魔物でしかない。行き場を奪って殺している。ああ、許してくれ、可哀そうな子供達よ。


今思う。俺はミハイロとして何をしてきた?ミハイロはこの町を作った神の子だ。それに比べて俺達は失敗続き。

だがもう何が出来る。

俺はもうミハイロではないのだ。

俺はもう、誰でもない。

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名札のポチ 芳村アンドレイ @yoshimura_andorei

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