告白?⑥


 授業を受けたのは久しぶりだった。

 いつもアイツが受けているせいで、進捗についていけないのが本音だが。

 チラッと酒井と話してみたが、彼女は人格のことを打ち明けたらしい。なるほど。それで拗ねたのだろう。

 この後、僕らは神山先生に相談することになっている。彼女いわく、このまま放っておくことは出来ないらしい。

 僕としては、悩ましいのが本音。治療すれば、この人格が残り、アイツが消えてしまう可能性が高いだろう。生きたくもないのに、またこの現実世界に溺れなきゃいけない。僕にとって、行脚よりも苦行だ。


 どうせなら、アイツが残れば良い。僕は真っ先に消えてしまうから、だから。


「――しーんちゃんっ」

「痛っ」


 昼休み。彼女が作ってくれた弁当を平らげた僕は、一人で図書室に居た。学校で酒井と話すのは少し気が引けて。彼女も僕のことをほったらかしにしてるみたいだし。こちらから近づくことはない。


 そんな僕に、山岸しずくが声を掛けてきた。背中に軽いチョップを食らわせながら。


「なんか用?」

「別にぃ。暇そうだったから」

「まぁ暇だ。話し相手になってくれるのか?」

「う、うん! 私でよければ。場所移そうか」


 静かな図書室でべちゃくちゃ喋るのは確かに宜しくない。素直に山岸の提案を受け入れて、屋上へ向かうことにした。

 開放されている屋上には、昼飯を食べる生徒がチラホラある。それが程よい雑音感を出していて、僕たちが会話しやすい環境を作っていた。適当に空いている場所に腰掛ける。スカートが汚れないようにハンカチを敷く山岸を横目に。


「ん、そういや、髪伸びたな」

「そうかな。でも確かにしばらく切ってないや」


 意識して見たことなかったが、あの夏の日より以前はもっと短いボブだった。だが目の前の彼女は、肩に髪が掛かっていて、丸顔なのにやけに大人びた雰囲気をしている。

 山岸はクスクスと笑う。僕の顔に何か付いているのだろうかと思うような笑い方だ。


「なんだよ」

「ううん。見てくれてたんだなぁって」

「そういうわけじゃない」

「じゃあなに?」

「お世辞」

「ひどーい」


 そう言いながらも、彼女は口元を緩ませていた。怒っているわけではないらしい。むしろ楽しそうだ。

 今日はよく晴れていて、太陽が心地良い。時折吹く冷たい風もいいアクセントになっていて、カラッとした空気が美味しい。

 白い雲がぷわぷわと浮かんでいる。断片的な記憶の欠片に見えなくもない。そんな僕の頭の中を映し出しているように。んなわけないのにさ。


「――酒井さんのこと考えてるの?」


 山岸の言葉で視線を落とした。僕の顔を見ることなく、彼女はただ地面に視線をやって言葉を投げかけている。


「なぜ」

「二人、付き合ってるんだし。前聞いたもん」

「あぁそうだっけ……」


 アイツめ。余計なこと言いやがって。誰かに関係を悟られると面倒になると分からないのかよ。

 だが、今さら否定するのも違う気がした。それは酒井に悪いし、僕自身も気持ちが悪い。ここは適当に流すのが一番だろう。


「別に四六時中考えてるわけじゃない」

「私が恋人なら、ずっと考えていてほしいなぁ」

「なんだよそれ。からかってるのか?」

「ううん。茶化してるの」

「どっちも同じだ」

「イテ」


 軽くデコピンすると、可愛らしい声を上げて額を抑えている。あざといなコイツも。並の男ならすぐに惚れてしまうだろう。実際、山岸は男子人気もあると聞く。

 一年の頃からそうだった。誰とでも仲良くできるから勘違いする男子も多くて、その都度告白されてフッての繰り返しだった。

 でも僕は彼女のことが好きとかじゃない。この好きというのは友達としての好き。恋愛対象として彼女を今この場で抱けるかと言われたら、答えはノーである。


「そんなことするから、勘違いする男も出てくるんだよ」

「………しんちゃんは」


 俯いたまま、山岸がボソッと言った。


「しんちゃんは……勘違いしないの?」


 それを素直に受け取るのなら――。彼女は僕に好意を寄せているのだ。

 僕も鈍感じゃない。正直、一年の頃からずっとそのは感じていた。だから、こうして友達として接するのにもいつか限界が来ることぐらい。

 だからこの責任は、僕にある。酒井との関係を漏らしたアイツが悪いわけじゃない。山岸の好意に背を背け続けた僕が悪い。


「………悪い」


 知っていた。僕が消えてしまいたいのは、逃げたいことであると。目の前の彼女にしてもそう。酒井凪沙との関係もそう。そして――自分の家族のことにしてもそうだ。

 全てが嫌になった。都合よくもう一つの人格が出てきたから、それに全てを委ねてしまった。その間の記憶はないけれど、思い返したらひどく気持ちが楽になった。


「……本当は違うんじゃない?」

「え……」

「酒井さんと付き合ってるのも、本当は――忘れたいからじゃないの?」


 鈍器で殴られたような痛みがする。頭も、胸も、この体そのものが。苦しくて、苦しくて吐き気すら感じる。咄嗟に僕は彼女を置いて屋上を出た。何か言っていたような気もしたけど、今はとにかく気持ち悪い。

 近場のトイレに駆け込んで、思い切りえずく。何も出てこない。気持ちは楽にならない。


 山岸しずく。彼女は時折、あんな顔をする。

 僕のことを見透かしたような瞳。そして――同情に近い感情。これまでの僕はその優しさが嬉しくて、つい甘えてしまう部分もあったと思う。


 でも今は、優しさと思えない自分がいた。


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