告白?⑤


 学校の日は、二人分のお弁当を作る。だから五時ぐらいに起きる癖がついていた。今日もそう。あまり深く眠った感じはしなかったけれど、目覚ましの音を素直に受け入れた。

 もう冬なんだ。普段意識してなかったけど、外はまだ暗い。部屋は冷たくて、ぶるりと震える体。暖房を入れ忘れていたのに気が付いた。


「――おはよ」

「ひゃぁ!?」


 キッチンで冷蔵庫を開けていた私は、朝から思い切り声を上げてしまった。それも悲鳴に近いもの。視線の先には、廊下からひょこっと出てきた彼が居た。


「わ、悪い。驚かせた?」

「び、びっくりしたよ……こんな早く起きてくるなんて珍しいし」


 今ので体が暖まった気がする。筋肉がほぐれた気分だ。苦笑いする彼をよそに、情けない声を出してしまった自分が恥ずかしくて顔を背けるしかない。開けた冷蔵庫の冷気が心地良くもあった。

 それにしても、朝強い方ではない彼が、こんなに早起きするなんて。私と同じで、色々考えていたのかもしれない。そうだとしたら、すごく申し訳なくて、胸が痛い。


「弁当の支度?」

「う、うん。もう少し寝てていいよ」

「眠れなくてさ。手伝うよ」


 そう言って彼は、キッチンに足を踏み入れた。私の隣に立って、何をすればいいと問いかけてくる。

 もしかして、元の――。なんて思ったけど、一人称は「俺」だし、雰囲気も変わっていない。彼の厚意を無下にするのは気が引けたから、ご飯を研いでとだけ告げた。

 その間、私はただ冷凍食品を解凍したり、野菜を切ったり。お米の手間が省けたから、少し手持ち無沙汰な気もする。隣ではジャリジャリと右手を回す彼。ぎこちなさが残ってて、少しだけ可愛かった。


「――君は何を知ってるの?」


 それは空気を切り裂いた。抑揚が無くて、私を問い詰める言葉。ジャリジャリと米を研ぎながら、彼は視線を落としたまま。私に問いかけた。

 その言葉の意味が分かってしまったから、狼狽えた。とぼけることも、誤魔化すことも出来ずに。

 ううん。そんなことをするつもりは無かった。けれど、心の準備が出来ていなかった。私から本当のことを告げると覚悟していただけに、彼がそうやって言ってきたこの瞬間を、私は受け入れるのに少し時間を要したのである。


「あ、えっと、その……」

「本当のことを教えて欲しい」


 米を研ぎ終わった彼は、そこでようやく私と目を合わせた。手を洗い、パッパと水気を払って、そこでようやく――体を向かい合う。

 私より背の高い彼。目の前に立たれると、飲み込まれてしまうぐらいの圧迫感すら感じてしまう。


「真村……くん」

「あ、ご、ごめん! なんていうか、その、怖がらせるつもりはなくて。怒ってるわけじゃないから!」


 彼はそんな弁解をしてみせた。

 何故だろうと考えたけれど、答えは一つ。きっと私の顔色を見てだろう。圧迫感に圧される感じはしたけど、恐怖心ではない。だから彼の弁解は見当違いであるのだ。


 それでも――嬉しかった。


「変わらないんだね。そういうところは」


 びっくりしたような、よく分かっていないような、そんな顔をしている。だから私は、彼をテーブルまで誘った。素直に手を引かれる姿は子どもっぽくて、やっぱり可笑しい。

 そこでようやく、部屋の暖房を入れた。ピピッと鳴る機械音が私たちの雰囲気にヒビを入れる。


「真村くんは、人格が二つあるんだ」


 そう告げられた時、人はどんな顔をするだろう。驚いた顔? 悲しい顔? 否定的な顔? 目の前の彼は、そのどれにも当てはまらなかった。


「――そんなことだと思った」


 強がり? にしては断言している。いや、この表情は呆れているのか? だとしたら何に? 私に? それとも、自分自身に……? いずれにしても、よく分からない。


 そんな私をよそに、彼は言葉を続けた。


「記憶が抜け落ちた感覚はずっとあったんだ。ずっと前から」

「うん」

「だから納得だよ。その間、もう一人の俺が凪沙の相手をしてたわけだ」

「そうだよ」


 相槌を打って、私は言葉を考えた。


「だから、治療してほしいの。真村くんのためにも」


 今更だよな、と自分でも思う。

 本当に彼のことを思うのなら、異変に気づいた時に対処するべきだったのに。こんなの、優しさでもなんでもない。ただの贖罪なのに。


「……一つ教えてくれないか」

「なに?」

「俺と君の関係を」


 このことからは逃げられない。きっと彼は聞いてくると。だから、正直に答えるつもりでいた。何にもない、ただのクラスメイトであると。

 でもそうしてしまえば、この心地の良い時間は終わってしまう。きっと共同生活は解消されて、また一人になってしまう。それは嫌だった。


「優しいところは変わってないんだもん」


 自分でも驚くほど、答えになっていない答えだった。彼は納得した素振りは見せない。それもそうだろう。

 だけど、少し察したような顔をした。僅かに口元を歪ませて、視線を落として。


「米、炊くの忘れてたな」


 彼は私に背を向けてキッチンに消えた。

 この現実を受け入れてくれるだろうか。あなたが生きづらい、生きたくないと言っていたこの世界。

 でも、このまま死んでしまうのはダメ。また出てきて欲しい。本音を言えば、どっちも真村真嗣そのものだから。だから――消えてほしくもない。


 これを恋心と呼ぶ。私はそうやってまた、自分に嘘をついて。


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