告白?④
俺が気が付いた時、彼女はどこかよそよそしかった。別に今に始まったことではないけれど、少し寂しいのが本音である。
時間が飛んだ感覚にもすっかり慣れていた。放課後。彼女が男に告白されていたところから今までの記憶がすっぽりと抜け落ちていて。
そう、止めなきゃって思ったんだ。俺が守らないといけないって、思ったんだけど――。
体が動かなかった。ビビったんだ。年上の男子生徒に。それから――意識がなくなった。
でも彼女はよそよそしいだけで、元気な感じはする。だからなんとか乗り切ったんだろうけど、何て声を掛ければいいかもわからない。俺が何とかした、とは思えないし、そのままやり過ごしただけかもしれない。そんな彼女に、俺は合わせる顔がないのが現実だ。
眠れなくて、暗い自分の部屋で一人スマートフォンを眺めることにした。
普段あまり触ることはないから、少し新鮮。SNSもやってないし、見るならネットニュースぐらい。でも大して面白くはないから、すぐにホーム画面に戻ってきた。
「ん……?」
見覚えのないアイコンが目に入った。
メモ帳らしいが、それなら最初から入っているモノを使っているし、ダウンロードした記憶もない。
不気味ではあったけど、不思議と開きたくなった。俺が知らない何かが入っていると、根拠のない確信が胸に広がっていく。
タップすると、タイトルが並ぶ。ここ二週間の日付が書かれていた。全く身に覚えがない。思わず固唾を飲む。この違和感の正体が、こんなに間近にあったことが何より驚きである。
【十月二十五日】
酒井と話す時間が増えた。彼女は僕のことをどう思っているのか。よく分からない。これからこんな時間が増えるのは、僕にとっても、彼女にとっても、アイツにとっても、良いことではない。
【十一月八日】
月夜に映える酒井凪沙はすごく綺麗だった。彼女は僕のことをアイツだと認識していたようで、誘っているように見えた。でもそれは、ただの見栄っ張り。アイツと同じで、酒井も結局見栄っ張りの面倒な奴なんだ。
――記憶がない。こんなことを書いたことは無いはずなのに、どうしてか、ソレを受け入れてしまう自分が居た。いや、心の奥の奥では理解しているような、そんな違和感が残ったまま。
俺のスマホを使って、誰かが書き込んだのだろうか。酒井か? いや、そんなことをするメリットが無い。とすれば、書いたのは必然的に俺自身ということになる。
だけど、最近の記憶の抜け方を考えれば、辻褄は合った。自分の知らない自分が居たとするなら? 酒井しか知らないもう一人の俺が居たとするなら。あのよそよそしさは――不思議と理解できる。
いや……もしかしたら。俺がその、もう一人の立場だとしたら? 本来はこの「僕」が真村真嗣そのもので、俺が……ニセモノだったら。
事故に遭う直前の記憶は無い。思い返せば、この感覚は今の記憶が飛んでいる状況に似ている。眠気の気配すら無くなった頭は、どんどんと思考を紡いでいく。俺自身の感情を無視して。
なんで俺はここに居るんだ? なんで俺は、彼女と付き合っていて、一緒に生活しているのだろう。その根本からずっと目を背けていたせいで、何一つ分かっていないじゃないか。
だとしたら、この「僕」は知っているのだろうか。真村真嗣という男の生きてきた証みたいな、経緯を。知っていて、俺に生きろとでも言うのだろうか。
「分かんねぇ……頭痛いし……」
起き上がって頭を掻く。ジンジンと体の芯に響く痛みが襲う。記憶のこともそうだし、この体調不良もしばらく続いている。
神山先生には相談するべきだろう。このまま無視していると、取り返しのつかないことになる気がするから。具体的には分からないけど、酒井凪沙のことを考えて、早い方がいいに決まっている。
その前に、彼女だ。酒井に問いただす必要もあるはずだ。俺の知らない事実をどこまで知っているのか。それが俺の推測じゃなくとも、逃げてばかりいてはいつまで経っても、このままだ。
「………凪沙」
そうすれば――きっとこのままでは居られなくなる。何かしらの変化は起きて、この平穏で幸せな二人暮らしは終わってしまうかもしれない。それで、本当にいいのだろうか。知らない方が幸せな事実だってあるはずだから、俺の行為は無駄そのものなのかもしれない。彼女がそう言ったら、俺は食い下がることができるだろうか?
そんなことを考えながら、いつしか意識が沈む。眠たい――。
そして「僕」は、今日の記しを付ける。
【十一月十七日】
彼女からチューされた。唐突だったけれど、それはあまりにも甘かった。アレを忘れろと言われて素直に忘れられる男はそうそう居ない。きっとアイツだってそうだ。この記しを開いていた時点で、もう現実から目を背けることはできない。だからその
アイツよりも先にチューしたのは申し訳ないと思う。酒井の恋人はアイツであって、僕ではない。でも、違和感が気持ち悪いからこの記しを見たのだろう?
僕は生きたくない。消えてしまいたい。そんな現実を目の当たりにしたから。過去は変えられないし、もう戻ってくることもない。だから、生きる意味を理解しろなんて言われても、しないししたくない。
代わりに生きてくれるだろうか。お前は。いつかこの記しを見た時に、その答えが出ていることを願う。
あぁ、くそ。眠れなくなったじゃねぇか。お前のせいで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます