告白?②
廊下を歩く時も、階段を降りる時も、彼女に何度も問いかけながら足を動かしていた。奴が付いてきていないか、と。その度、酒井は大丈夫だよと言って、僕の腕に全身の力を預けているようにすら思えた。つまり、それだけ重い気もしたというわけで。ただ彼女のことを思って何も言わなかった。
靴を履き替えて、校舎を出る。風が吹いた気がした。少し頭が痛んだ。その頃には、僕たちを包んでいた雰囲気はいつもの日常に戻っていた。
「……あ、あの」
腕に絡みついている女の子にしては、随分とよそよそしい尋ね方だった。可笑しくてつい笑ってしまう。そんな僕と裏腹に、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。
「なに?」
「……ありがと」
「ん。気にしないで」
側から見たら、僕らは恋人同士に見える。実際そうなのだが、そうじゃない。彼女は僕に優しい嘘を吐いていることぐらい、簡単に分かる。
あぁ、なんか記憶がくすぐったいと思ったら。病院に運ばれる日の前、確か、夜。寮の近くにある神社で彼女と会ったことを思い出した。
今の彼女は、その時と同じような顔をしていた。弱々しくて、どこか
恥ずかしいよ、なんて言えなかった。そうしたら、この子は笑って離れる。でも、それは本心じゃない。あまり仲が深いとは言えないけれど、酒井凪沙という女の子は、そうやって嘘をついて生きてきた気がするから。
「……怖かったんだ」
「うん」
だから、今の間だけは君に寄り添うことに決めた。心の奥に溺れて上がってこないアイツに代わって、僕が出来ることをやる。
少なくとも、僕は僕で、アイツは僕。真村真嗣という男は、そんな厄介なことになった哀れな高校生だ。
こんな僕に寄り添ってくれるのは、本当に彼女ぐらいである。本音を言えば、ありがたさというより、気を遣ってくれたことに対する喜びの方が強い。酒井に対する恋心というのは、正直無いと言っていい。アイツがどう思っているのかは、分かりそうで分からない。もどかしい。
「ねぇ」
「なに?」
「消えちゃうことは怖くない?」
あの月の夜。同じようなことを聞かれたような気がした。その時よりもどこか切なくて、悲しい言葉に聞こえる。
学校を出て、通学路をひたすら前に進む。このまま二人で同じ家に帰宅すると分かっていながら、どこか足取りは重かった。
「怖くない、というわけじゃない」
「……うん」
「ただもういいんだ。君は知っているだろう?」
彼女は何も言わなかった。だから僕も何も言わない。このまま掘り下げる話題じゃないと理解していたから。正直、思い出したくはないし。
夕焼けの時間帯であるのに、僕たちの周りには誰も居なかった。世界が切り離された感じがして、少し怖いのが本音。でも、絡まる彼女の体温が暖かくて心地が良かった。
「……アイツはどんな感じなんだ?」
「真村くんだよ。本質は変わってない」
「こんな良い奴か?」
冗談混じりに言ってみると、彼女は否定することなく笑った。
「うん。そうだよ」
からかっているわけではなさそうだ。学校から出てしばらく経つのに、僕の腕から離れようとしない彼女。今となりにいる僕は、君にとっての恋人ではないのに。
酒井凪沙はすごい美人だ。その事実は誰もが知っているからこそ、少しだけ嫉妬する。もうひとりの自分に。
このまま帰って、彼が戻ってこないのなら、僕は彼女との生活を満喫できるのだろうか。いや、きっとよそよそしくなって終わりだな。だって僕にとっては、ただのクラスメイトなのだから。
でも、それでこの子は幸せなのだろうか。僕の側にいてくれることに、何のメリットがあるのだろう。その疑問を考えたところで、行き着く答えは雲に隠れて見せてくれない。
「……生きるのは悪くないよ」
「酒井」
「君の気持ち、少しは分かってるつもりだから」
「……」
夕焼け。伸びる影。それはあまりにも、今の僕には美しすぎて。横顔を見ることすら、恥じらってしまう。
その言葉を、アイツにも掛けてくれたのだろうか。それとも、あえて何も言わないでいてくれてるのかな。それだと嬉しいな。何も知らず、のうのうと生きていけるから。
彼女が僕の腕から離れた。
相変わらず、周りには誰も居ない。それなのに、酒井は僕の前に立った。僕の影で彼女の顔は暗い。どんな表情で、僕のことを見つめているのだろう。
「さか――」
それは、唐突だった。
僕にとっても、アイツにとっても。
彼女との口づけは、永遠のように長くて。鼻を抜けた匂いは甘くて。背伸びをして僕の顔に近づいた酒井凪沙が、すごく綺麗で。
同時に、申し訳なかった。彼を差し置いて、僕が初めてを奪ってしまったことが。アイツの為にも早く忘れたかったけれど、どうやらそれは無理そうだ。だって――あまりにも、甘すぎたから。
「お礼。私は――あなたを助けたい」
それがどういう意味なのかは分からない。僕のことをそうしたいのか、アイツのことを守りたいという意味か。それとも、その両方か。
分からないけれど、やっぱり、僕は消えた方がいい。何も知らず、何も考えず、彼女とともに生きていけるなら、それで。
だって、生きるのにはもう、あまりにも希望が少なすぎるから。
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