弁当?①
月曜日の昼休みというのは非常に、非常に、億劫である。
一週間の始まり。体を休めるための時間であるのに、金曜日までの道のりを再確認してしまう時間でもあるのだ。
それに、俺が引っ越して初めての通学したわけで。これまでと変わらない教室だというのに、どこか新鮮な気持ちも少しだけ。
これまでなら、購買へ走っていたであろう。だが、今日は違う。いや、今日からは違うと言うべきか。
俺の手元には、割と大きめな長方形。その中に詰め込まれた白ご飯と冷凍食品のおかず。男の弁当にしては、少々手の混みすぎている。
もちろん、自分で作ったわけじゃない。
作ったのは酒井だ。恋人らしく、早起きして作ってくれた。流石に申し訳なかったが、いつも自分の分を作ってるから、と。ついででも、有難いのは事実だ。
その作ってくれた本人は、隣には居ない。どこかへ食べに行ったらしい。
「あれ? しんちゃんお弁当?」
「ん」
後ろから話しかけてきたのは、山岸しずく。その声色は不思議そうに。
それもそうだ。俺が弁当を持参したことなんて無い。寮生活の時は基本的に購買。弁当にしても、コンビニで買ってくるぐらい。
そんな俺が、こんな綺麗で、バランスの良い弁当を持参している。山岸が驚くのも分かる。なんなら俺自身が一番驚いているのだから。
俺が起きた時には、もう用意されていた。だから言えなかったのだ。「要らない」と。
当の本人は、これからも毎日作る気らしい。まるで俺の心を読んだかのような行動である。
正直、昨日から少し気まずい。
越してきた土曜日に比べれば、明らかに口数も減ったし、一緒の空間に居る時間も減った。共同生活二日目でこれだ。
そうなった原因は、よく分からない。
俺が険しい顔をして、彼女はそれを嫌がった。無理に手伝おうとしたら声を荒げられた。
うーん……。
改めて考えて、俺に非があるとは思えない。ただ酒井にとって、険しい顔をするというその行為が嫌だった。と考えるしかない。その理由までは流石に導き出せないが。
「ねぇ、聞いてる?」
「えっ」
頭の中に集中していた意識が、途端に覚醒する。気がつくと、視線の先には山岸が居た。俺の前の席に座って、こちら側を見ている。どこか不満顔。
「悩み事? 珍しい」
「何も言ってないだろ」
「何も言ってないからだよ」
返事に困ったから、酒井が作ってくれた弁当に手を伸ばした。おかずはほとんど冷凍食品らしいが、十分だ。美味しすぎるぐらい。
「そういえば、退寮したんだってね」
「もう知ってんのかよ」
「私もしんちゃんの仲じゃん。教えてくれたって良いのに」
「なら何で知ってんのか教えて欲しいね」
退寮することは、相部屋だった奴を除いて先生たちしか知らないと思っていたが。そんな甘いことはないらしい。まぁ寮から誰か出て行くとなれば否が応でも噂になるか。
案の定、俺の問いかけに山岸は答えない。あははと笑って誤魔化したつもりでいる。どうせ誰かから聞いただけだろうと、憂鬱な気持ちをため息に変える。
「一人暮らしはどう?」
「いきなりなんだよ」
「え、違うの?」
「違わないけど」
「じゃあ何か?」
「……別に」
おかかのふりかけ。これが弁当の白米によく合う。誤魔化すようにかき込んで、物理的に言葉を紡げなくする。
「もしかしてだけど、これってしんちゃんのお手製?」
「悪いか?」
「なんで怒ってるの。褒めてるのに」
「怒ってないって」
酒井には悪いが、ここは自炊しているテイでいくしかない。ここで作ってもらったなんて馬鹿正直に答える必要はないのだ。
そもそも、この学校の大人たちは俺と酒井の事情を知っているわけで。彼らが言いふらすことをしない限りは大丈夫、なはず。
山岸は俺の机の半分を占拠し、小ぶりな弁当を広げている。何の言葉もない彼女に、少し苛つく。
そういう意味では、八つ当たりなのかもしれない。酒井の態度に対するイラつきの。
でも良い。八つ当たりでも。ソレに値するだけのことを目の前の彼女はやっているのだから。
「ねね。今度遊び行って良い?」
「嫌」
「えーっ。寮はアレだけど、家なら良いじゃん」
家の方がまずいに決まってるだろ。
返答するのすら面倒になってきて、ため息の代わりに白飯を口に運ぶ。
そもそも一人暮らしじゃないし。家に連れ帰れば恋人がいるわけで。色々と良くない方向に転がっていくのは明らかだ。
それに、気軽にそういうことを言わないで欲しい。気軽に異性の家に行くなんて、俺が親なら泣いてるぞ、山岸よ。
「だいぶ、吹っ切れたみたいだね」
「……は?」
弁当の中身が残りわずかになった時。彼女がいきなりそんなことを言ってきた。
気の抜けた声。鳩が豆鉄砲を食ったような顔。鏡を見なくても、今そんな顔をしていると分かる。
「入院してた頃が、すごく昔みたい」
よく分からない。どう言うことだ?
それで何故「吹っ切れた」となる。ほんの二か月前の話なのに。
山岸は優しい顔をしていた。少しだけ上がった口角を、俺にぶつけてくれる。恥ずかしくなって顔を背けてみる。
「すごく辛そうだったから。あの時は」
入院中の俺はそんなに酷い顔をしてたか?
でもまぁ酒井のことといい、色々と頭を酷使した記憶はある。それを辛そうと捉えたのなら、山岸なりの優しさなのかもしれない。
「早く食べなよ? お昼終わっちゃう」
そう言う彼女こそ、まだ半分以上残っているのに。誰のせいだよ、とは言えなかった。
いずれにしても、このままだと家に帰るのが非常に億劫になる。なんとかして仲直りしないと。
ズキリと痛む頭。一瞬だけ。
甘いモノでも買って、機嫌とってみるか。
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