同棲?⑤



 体育祭当日。沢山の観客で覆われたグラウンドを、一人クラスのテントで眺める。

 体操着を着ているが、参加することはない。最後の閉会式ぐらいか。それまですることないから正直暇で仕方がなかった。


「暇そうだね」

「暇だよ。帰りたい」


 グラウンドに教室の椅子を並べている光景には、未だ慣れない。座っている感覚も気持ち悪くて、本当は座りたくない。でも暑いから、テントの外に出たくない。

 そんな時、酒井が俺の隣に座る。周りにはクラスメイトもチラホラ。だけど、彼らは彼らで会話に忙しそう。ある意味、二人だけの世界といってもいい。


「準備、終わった?」

「ある程度は」

「意外とすんなりだったね」

「そうだな」


 結論から言うと、一緒に暮らすことは認められた。大人、それも学校が生徒の同居生活を認めるなんて、前代未聞である。

 でも藤村先生から話を聞いた限りだと、明確な理由があるらしい。


『病院の先生とも相談して、学校としても二人一緒の方が良いと判断した』


 分かりそうで、よく分からない。第三者機関である病院、その助言を受けての判断。

 つまりは、神山先生の話を聞いたということか。

 藤村先生からは、このことは学校、病院の正式な許可を貰っているとのこと。だけど、言いふらすようなことはするなと釘を刺された。

 それについては、二人で口裏を合わせることにした。言いふらしたところで、良いことはない。あらぬ噂を立てられても迷惑だ。

 酒井の住むマンションに引っ越すだけ。何か言われたら、たまたま一緒のマンションだったということにする。


 ていうか、ハナからそれで良かったんじゃないか……? 別に一緒に住まなくても。……まぁいいか。


 一人は嫌だという感情は、きっと本心だろう。そう溢してしまうぐらいだ。あまり良い理由じゃない気がしてならない。まぁ、これからは二人暮らしになるんですけどね。


「……本当は嫌じゃない?」

「嫌なら断ってるって。どうしてそんなこと言うんだよ」

「だって……うん……」


 恋人なのに。

 彼女はその事実を忘れているのではないか。いや、を理解しているからこそ、そうやって自信無さ気な言葉が出てくるのだろう。


 正直、ここまで来たら茶番で済ませられそうにない。大人たちまで巻き込んでしまったのだ。ここでやっぱり止めたなんてことは言えない。言えるわけがない。


 あぁ、暑い。テントの中なのに、九月なのに。蝉の声が聞こえそうだ。それぐらい夏の陽気。太陽も夏の顔をしている。


「日焼け止め、塗った?」

「えっ? う、うん。どうして?」

「いや、綺麗な肌が気になって」

「……もうっ」


 眩しいくらいに綺麗な色白。結われた黒髪が美しく映える。ポニーテールじゃなければ、もっと綺麗だろうな。でも、今の髪型もすごく可愛らしくてずっと見ていられる。


 こんなに可愛い子なのに、ずっと一人なのは勿体ない。家だけでなく、学校でもそうだ。

 性格に問題があるわけじゃない。普通に話せるし、気遣いもできる。でも、女友達と遊んでいるところを見たことがなかった。

 そういう意味では、まさに俺だけなのか。普段から彼女と話しているのは。


「凪沙って、一人が良いのか?」


 乾いた風がグラウンドの砂を巻き上げる。見ているだけで早くシャワーを浴びたくなるな。


「一人に慣れちゃっただけ」

「ずっと一人なのか?」


 一人暮らしということ以外、彼女の家の事情は知らない。聞くに聞けないのが本音だ。

 少し遠回しに探りを入れてみる。露骨に目線を逸らす彼女は、少し寂しそうな横顔をしていた。


「まぁ、そうだね」


 遠回しに聞いたせいか、遠回しな回答しか無い。そんなもんだとは思っていたが、やはり少し寂しい。

 でも俺、この子と一緒に住むんだよなぁ。女の人と一緒に暮らすのは、中学以来。といっても、比較対象は母親だが。同級生の女子と暮らしたことなんて無い。そんな経験をするのは、よくあるラブコメの主人公ぐらいだ。


「な、なに……?」

「えっ?」

「さっきからジロジロと」


 「あ、あぁごめん」無意識で眺めていただけだ。別に見ていたわけではない。体操着の彼女は、スラリとしたスタイルがよくわかる。

 でも、一緒に暮らしてどうなる。俺たちは一応、恋人同士。キスやその先のこと、彼女は受け入れてくれるのだろうか。


 いや、俺だってそんなことをするつもりはない。絶対に。だけど、年頃の男子高校生であることも確かなわけで。そういうモノをする時間は欲しい。


「一人の時間は好きか?」


 色んな意味を込めて、聞いてみる。


「好きだよ。でも、飽きちゃった」


 もしかしたら、もうこの子は両親に会うことすら出来ないのではないか。直感が訴える。

 一人暮らしに慣れているのは事実だろうが、隠しきれない寂しさの感情。それが湧き出た結果、こんな提案をした。そう仮定すれば、一応筋は通っている。


 一緒に暮らしていけば、きっと、この子の知らない部分が見えてくる。化けの皮が剥がれるはずだ。

 その姿を見た時、俺はどうするべきか。そのまま関係を続けていくか、きっぱり縁を切るか。その時になってみないと分からない。

 ……でも、どうだろう。彼女は恩人だ。きっとどんなことになっても、俺は酒井のことを信じてしまう気がするな。


「にしても、暑いなぁ」


 酒井凪沙。君は俺の何なんだ。

 俺は君にとって、何なんだ。


 体育祭が終われば、今週末には君の家。

 この高鳴りは、遠慮からくる緊張だと思いたい。




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