同棲?②



「どうしたどうした? 二人揃って呼び出して」


 どうしてこうなった。

 放課後になって、帰ろうとしたところで酒井に呼び止められた。そして逃げようとする俺を力一杯掴んで離そうとせず。とんだ馬鹿力だよ本当に。

 そしてそのまま職員室に連れられ、藤村先生を呼び出し、今こうして進路指導室に居る。二対一。まるで三者面談のような構図だ。夕陽が差し込むから尚更風情がある。


「すみません。大したことじゃないんですけど……」


 酒井が謙遜するように言う。嘘つけ!

 今から言おうとする言葉は、学校を揺るがしかねない問題発言だ。彼女の口が動く前に何とか誤魔化さないといけない……。


「真村くんは黙ってていいからね」

「えっ」

「私がキチンと説明するから、黙っててね?」


 怖っ! なにその目! 心臓を抉り取るような死神みたいな目!

 咄嗟に視線を逸らして、俯く。俺が話に入ってくると、ややこしくなると踏んだのか。いやいや、入らないと余計ややこしくなるって。


「お、おい。本当になんなんだよ」


 少し余裕の表情をしていた先生も、俺たちのやり取りを見て視線を怪奇的なモノに変える。痛い。あーあ。絶対碌なことじゃないと思ってるだろうな。実際そうなんだけどさ。


「先生に、ご相談があって」

「お、おう。なんだ? 進路のことか? 二人揃って同じ大学に行きたいとか」

「私たち一緒に暮らそうと思うんです」

「あー、なるほど。一緒にね。はいはい」


 ちょうど廊下の声が静まった。タイミング悪いなぁ。あーこれ不味いなぁ。


「……って何言ってんだ!?」


 衛星放送のような時差だ。

 藤村先生の叫び声が響き渡る。これ、絶対色んな奴に聞こえるぞ。どうするつもりだ酒井。


「驚かせて申し訳ないです。でも、は本気なんです」

「俺はそうでもないけど――おうふっ!」


 思い切り足を踏みつけられた。これで骨折したらどうする。また入院生活に逆戻りだ。


「お前ら、言ってる意味分かるのか?」

「分かります」「分かりません」


 ハイ、二対一。多数決で俺たちの勝ちだ。先生もまともな人で良かったよ。頭固くて助かった。無駄に融通効く人だったら、本気で認めそうで怖いが、藤村先生なら大丈夫だろう。


「真村くん、黙っててって言ったよね?」

「ちょっと待てって。いくらなんでも急すぎるって」

「その……なんだ。お前らは付き合ってるってことで良いんだよな?」


 顔を合わせていた俺と酒井は、先生の問いかけに対して少し黙る。どちらが言うべきか、まるで譲り合いをしているよう。黙ってろって言われたから、あまり言いたくはない。


「まぁ、そうです」


 ただここでダンマリしてしまうと、先生にあらぬ誤解をされかねない。もうその手前まで来ている気がするが、そこは気にしないことにする。


「だとしてもなぁ……。それを俺に言うってどういうことか分かってる?」


 ずっと問いかけられてるな。だけど、俺の返答に熱がこもっていたからか、先生は少し安心した様子。そこで安心されても困る。早く酒井を止めてくれよ。


「黙ってても良いこと無いと思いまして」

「正直に言っても良いこと無いだろ?」

「言わないよりは後々良いかと」

「……まぁいい」


 答えが出ない言い合いほど、疲れるものはない。それを察したのか、さっさと話を切り上げた。結論を先に言ってほしい俺にとって、その選択は正しい。尊敬するよ先生。


「俺に言ってくることは、お前らがそれだけ本気だってことだろ」

「はい」


 酒井だけ返答する。俺は本気じゃないから何も言わない。同棲なんてもってのほかだ。


「だが俺としては、認めるのは難しい。お前らはまだ高校生。大人への階段を登りつつある大事な時期だ」


 そりゃそうだ。当たり前だが、当たり前のことを平然と言ってのける藤村先生が、今はすごくかっこよく見えた。心の中でガッツポーズ。


「その階段をで歩いても、良いことなんてない。怪我のリスクが高まるだけだ」


 なるほど。素直に感嘆する。


「なぁ、真村」

「そ、そうですね……」


 何故、俺に同意を求める。一番困るパターンだ。なんと言えばいいか分からない。

 でも、藤村先生の言っている意味はよく分かる。一緒に住むとなると、それだけ相手と一緒に居る時間が長くなる。

 そうなれば、必然的に相手の見えなかった部分が見えてくるだろう。表面上はものすごくタイプだったとしても、自身が受け付けない行動が見受けられるようになれば、きっと耐えられない。


 そんな経験は、もう少し大人になってからでいい。いや、大人になっても御免だ。


「……どうしてもですか?」

「逆に何故一緒に住みたいんだ。学校で毎日会えるだろ」


 当事者から言わせて貰えば、俺はそれで良い。そもそも、恋人と一緒に暮らしたいなんていう願望すらなかった。発想すらも。

 酒井凪沙。彼女は何を考えているのだろう。ますます分かんなくなる。


「一人は、嫌なんです」


 空気がピリッと割れる。

 俺と状況は違うが、彼女も一人暮らしをしていると言う。昨日の話し方的に、すっかり慣れたような口ぶりだったが。


 でも、今の彼女の発言は、きっと本心。根拠はない。この場の雰囲気がそう思わせているだけかもしれない。

 先生の表情から、少しだけ余裕が消える。まるで言葉を探しているかのよう。


「……まぁ、なんだ。お前の家の状況は理解しているつもりだ」

「はい」

「でもな、前にも勧めたろ? 下宿とか、寮とか。今更じゃないか?」

「そ、それは……そう、ですけど……」

「厳しいことを言うが、認めるのは難しい。教育機関としての存在意義を問われる。正直に相談してきたのは偉いが」


 一人暮らししていることは、流石に先生も知ってたか。その上で、下宿などの提案を断っていたらしい。それで、恋人が出来たから一緒に、というのは都合の良い話である。

 先生も、高校生同士が一緒に住むことを止めさせたいだけなのだ。きっとこれが大学生であれば、何も言われないだろう。それが分かっているから、彼の言い分もよく分かる。


「そういう意味では、俺も一人ですね」

「……真村」

「近くに家族居ないですし。居るのは、この子だけですよ」


 不思議と、黙っていられなかった。

 藤村先生の言うことも分かるが、酒井の言い分もよく分かるのだ。だから、俺はでいてあげないといけない。当事者なのに。


「……お前らはある意味、似た者同士だな」

「そうですか? 俺はこんなに可愛くないですよ」

「ははっ。それもそうだな」


 失礼だな。先生ならそこは否定しろよ。

 とりあえず、職員会議に突き出されるような事態にならなくて良かった。この話は、出来たら藤村先生で止めておきたい。


「現時点では保留だ。少し考える」

「えっ!?」

「なんだ?」


 いや、てっきりダメで話は終わりかと。

 それが何故保留になる? あれだけ止めていたくせに、何故?


「お前らの家庭環境や、授業態度はよく見てる。真村はまだ入院ボケが続いてるが、基本的に二人とも真面目だ。話を聞いても、ふざけてるつもりも無いみたいだしな」

「でもさっき認めるのは難しいって」

「認めないとは言ってないだろ」

「えぇ……」


 この学校、アタマノオカシイ先生が居ますよ。急いで新しい先生を採用するべきです。目の前のこの人をクビにして。


「良かった」


 ポツリと溢れる言葉。

 君を一人にしなくて良いのなら、それも悪くない。なんて、カッコつけてみようか。明日にでも。



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