好意?④



 お目当てのパンケーキは、思っていた以上に甘かった。メープルシロップは、話していた通りたっぷりで、それを蕩けそうに頬張る酒井を眺める。

 さっきまで風に舞っていた黒い髪は、綺麗に結われている。たまご型の輪郭がこの喫茶店の雰囲気によく似合っていた。


 喫茶店以外に遊びに行くとこはないのか。連れ出しておいてアレだが、少しこの光景にも飽きた気がする。


「喫茶店の雰囲気、好きなんだよね」

「へぇ、そう」


 ことごとくズレた感性。俺たちって合ってないんじゃねぇかと心の中でツッコむ。俺がそう考えている時に限ってだ。こんなタイミングあるかね普通。


「真村くんはそうでもない?」


 顔に出ていたようで、少し申し訳ない。

 パンケーキを切り分けようとしていたナイフを置いて、一度酒井に向き合うことにした。カラン、とナイフと皿がぶつかる。


「たまに来る分には良いね」

「あはは。確かに前も喫茶店だったね」

「うん。だから今度は違うとこ行こうよ」

「もちろん」


 まぁいいか。満足してくれてるようだし。

 それに、喫茶店デートというのは、いい意味で高校生らしさを掻き消してくれる気がする。


「でもあれだな。放課後にパンケーキって」

「んー?」

「晩ごはん要らないんじゃないか?」


 ソレを口に含んだまま、彼女は唸る。

 酒井は誰が見ても「細い」と断言できるスタイルの持ち主。それがバストまで影響しているのがなんというか、気の毒である。

 だから当然、食も細いと思う。何も疑うことなく、問いかけた。


「んーどうだろ。それとこれは別だからねぇ」

「す、すごいな……。太んないのか?」

「体質がそうなんだと思う」


 女を敵に回す発言だな、それ。同性の奴が聞いていたらただの嫌味にしか聞こえない。男でもそうだ。これだけ可愛くて、細くて、食べても太らないとなれば、生きてて楽しいんだろうな。きっと。


「どうりで」

「えっ? なにが?」

「あ、いや」


 慌てて切りかけのパンケーキを口に運ぶ。咀嚼しているこの時間で言い訳を考えないと。


「『こんなに食うのに胸に栄養が行き届いてないんだな』って言いたいわけ」

「ぶっ……」


 思わず吹き出しそうになる。その通りすぎて、右ストレートをモロに喰らった気分だ。

 誤魔化すためのパンケーキが、今は苦しい。飲み込むには大きいが、噛むと笑いが出て吐き出しそうになる。だから、水を片手に思い切り流し込んだ。食道を通っていく感覚が鮮明で、体も呆れているようだった。


「そうですよ。私はそうですよ。もうそれについては諦めました」

「何も言ってないだろ」

「あれで誤魔化したつもり?」

「うん」

「サイテー」


 それにしても、このパンケーキ甘すぎやしないか。メープルシロップ全部かけたのが間違いだったかな。酒井がそうしろって言うからそうしたのに、胸焼けがひどい。ある意味、男子高校生とは思えない食欲である。


「別にちっちゃくても良いんじゃないかな」

「気にしてないのに、その言い方すごくムカつく」

「励ましたつもりなんだけどなぁ」

「真村くんにだって関係ない話じゃないんだよ」

「え?」

「男の人だって、小さい大きいはあるでしょう?」

「………関係ないよ」

「それは女の人のセリフ」


 やめろ。痛いところを突いてくるな。

 異性に見せたことは無いが、うーん。そう言われると自信なくなってきた……。いやそもそも自信なんて無いんだけどさ。


「この話、やめよ」

「そう、だな。互いのために」

「あはは。うん」


 この子は、割とシモの話もいけるんだな。

 何も知らない清純派ですっ! なんて子も可愛いが、俺的にはある程度の知識を所有してくれている方が良いな。経験は……無いに越したことはない。


 だが少しして、喫茶店の空気からあまりにもかけ離れた会話をしていたことに気づいてしまった。周りに客が居なくて良かった。俺たちだけでこの店の雰囲気をぶち壊すところだったよ。

 黙々と食べ進め、先に完食したのは彼女だった。本当に満足そうな顔をしている。満腹と顔に書いてあるし。本当に晩ごはん食べられるのかよ。


「体育祭、出られないんだね」

「あーうん。まぁ退院してすぐだし。無理して出るのは止められたよ」


 「そっか」酒井は納得した様子。入院生活を知っているからか、あまり深くは突っ込んでこなかった。


「当日は来るの?」

「まぁ一応。練習にも参加しないし、正直だるいんだよなぁ」

「欠席扱いになるのは嫌だよね」

「そうそう。入院期間もあるから尚更」


 今のところは問題ないが、あまりにも欠席が多いと進級に関わってくる。ギリギリまで休むという選択肢も無くはないが、無駄なリスクを背負うほどでもない。体育祭とは、出場しない俺にとって非常に面倒なイベントなのだ。


「でもきっと、色んなことが起こるよ。去年もそうだったじゃん」

「あーそうだったな。終わった後は本当に告白祭りだったし」

「そうそう。みんな浮き足立ってたもん」

「俺の母親も笑ってたよ。『イマドキの高校生はすごい』って」


 今の今まで忘れていたが、去年は母親も体調良くて遊びに来てたな。

 今年は……良いか。俺も出られないし、何より入院したことすら伝えていない。完全にタイミング逃したなぁ……。


「お母さん、来てたんだね」

「うん。今年は誘わないけどさ」


 そう言うと、酒井は少し寂しそうな顔をした。……いや。驚いているようにすら見える。別に悪気があったわけじゃない。俺なりに気を遣っているだけなのだ。


 手元に視線を落とすと、まだ余った粉の塊。こりゃ寮の晩ごはんも要らないかもなぁ。


「パンケーキ、食べる?」

「……もうっ。お腹いっぱいだよ」


 食べ切れないとは言いたくなくて、またこうして優しさを繕った。



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