好意?③



「ちょっと遊び行こう」

「えっ―――ってちょっと……!」


 終礼が終わったと同時に、隣の彼女に話しかける。返答を待たず、手首を掴んで教室を後にした。

 すれ違いざまに、クラスメイトがざわつく。それもそうだろう。手を繋いでいるわけではないにしろ、それに近い行為を行なっているから。そして彼らは思うのだ。「あれ、あいつら付き合ってたの?」と。

 この行動。酒井の意に反しているとは思う。でも、昨日の彼女を見てから今の今まで、頭から離れなかったのだ。


 だから、短絡的な思考。

 入院中の世話のお礼として、彼女に何かをご馳走しようと思う。前回のカフェだけでは、全然足りない。もっともっと、彼女を満足させたい。させる必要があった。


「ちょっと真村くんっ……!」

「こうしないと逃げるでしょ」

「に、逃げないから! だからその……手を」


 正門を出て少し歩いたところで、彼女の声色が強くなる。


「離したくないって言ったら?」

「お、大声で叫ぶ」

「恋人同士なのに?」

「……は、恥ずかしいの。その……」


 え、可愛い。そんな弱々しい姿を見せられると、自然と「守りたい欲」が出てくる。意外とこういう強引なのは苦手なのだろうか。だが俺だって「嫌だ」と言われて喜ぶような畜生ではない。逃げる様子もないし、素直に手を離してみた。


「あう」

「変な声出すなよ」

「す、捨てるように離すからじゃん!」

「こんなに綺麗なのを捨てるわけないだろ」


 しっかり者の印象しかなかったが、こうして文句を言う姿を見ると酒井凪沙も年相応の女の子なんだと思う。昨日まで取り繕っていた何かが壊れたような態度。すごく自然で妙に心地が良い。


「……それで、どうしたの」

「いやほら、昨日」


 彼女もそのことだと分かっていたのだろう。俺が口に出した瞬間、あからさまに口角を下げた。


「昨日のことならもういいよ。終わったことだし」


 言ってることと表情がマッチングしてないんだよな。彼女は素っ気なく言う。

 うん。面倒くせぇ……。酒井の性格か? いや、女っていうのはみんなこうなのか? 全然納得してない素振りをしておいて、出てくる言葉は俺に気を遣ったモノ。それは優しさでも何でもなくて、ただの強がりでしかない。


「あー……そのさ。別にご機嫌を取りたいわけじゃなくて」

「ふーん……」

「何だよその顔は」

「別にぃ」

「俺はお礼がしたいだけだ」


 「お礼?」何のことか分かっていないようで、酒井は首を傾げる。あざといな。可愛いけど。可愛けりゃなんでもいいんだな男って。


「入院中の」


 そう言うと、下がり切っていた口角が上がる。別に嬉しいわけではなくて、困惑した表情となって。


「そ、そんな良いよっ! 改まって言われるとこっちも気を遣っちゃうから……」

「俺がそうしたいんだ。頼むよ」


 国道沿いのせいで、車の行き来が激しい。消え入りそうな彼女の声を聞き逃すまいと、一歩近づいてみる。


「近いよ……」

で攻めようと思って」

「それはずるい」

「どうして?」

「男の子だもん」

「君だってすごいよ」

「……」

「あ、いや、違うんだ。そういう意味じゃない」

「何も言ってないよ」


 夕陽に染まる俺たちは、自然に。言葉を投げ合って、受け取って。また投げる。乱暴な言い方になっても、どこか品があって。

 俺よりも背の低い彼女。手を伸ばせば、簡単に頭に手のひらが乗る。そうしたくなる。不思議な感情。生まれて初めてのこの気持ち。


「ふふっ」


 彼女の笑い声で、我に帰る。

 つい見惚れていた、なんて言いたくなくて。一度顔を背けて咳払いする。


「なんか考えてるのがバカらしくなっちゃった」

「深く考えなくていいさ」

「うん。そうする」


 結局のところ、彼女が何について悩んでいたのかは分からずじまいだ。ただ単に、俺に聞く勇気が無いだけで。いや、勇気があっても体はそれを使おうとしなかった。本能からの拒絶である。


「その、なんていうか」

「なに?」

「相談に乗るから。俺で良ければ」


 聞く勇気が無いクセに、こうして見栄を張ってしまう。俺はこんなに見栄っ張りだったっけ。彼女に良いところを見せたいと思うようになっていた。


「ほんとにー?」

「ほんとだって」


 「うーん」酒井は俺の顔を覗き込む。発言が信じられないのか。すごく疑った視線。いまそれをぶつけられると、すぐにボロが出てしまうからやめて欲しい。


「それじゃあさ」


 彼女は、俺の一歩前に出る。

 ちょうど夕陽にぶつかって、酒井の姿が逆光となる。黒くて美しい影が言葉を発しているような錯覚。少し気味が悪かったが、風になってやってくる石鹸の香りが思考を誤魔化してくれた。


「すっごく甘い、パンケーキが食べたいな」


 それが彼女の本心かは分からない。

 第一、悩みでもなんでもなくて、ただの願望にすぎないのだ。でもそれを、こうして言ってきたということは。何かしらの意図があるのかもしれない。


「好きだもんな。パンケーキ」

「知らないくせに」

「知ってるよ。メープルシロップたっぷりかけるじゃん」

「適当だなぁ」

「じゃあ、嫌い?」


 酒井は、少し考えて。


「好きだよ」


 胸が脈打つ。痛い。

 少しだけ、鼓動が早くなったようだ。


「俺もだ」


 「意外だね」と君は笑った。

 モテモテじゃねぇか。羨ましいぞ。パンケーキ。



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