逢引?②



 小洒落た喫茶店。

 制服姿だと少し浮いてしまうような高級感のある店内。社会人の昼休みと被ってしまい、中々に賑わっていた。


「真村くんは色々と疲れてるんだよ。あの変態メガネもそう言ってたんじゃない?」


 細長いグラスに注がれたオレンジジュース。それに突き刺さったストローをクルクル回しながら、酒井は言葉を紡ぐ。

 ストローを目で追う度、氷がカラカラとぶつかる音が耳に入る。暑い外と涼しい店内が美しく対比されていて、妙に心地が良かった。


「難しく考えても、イイコトなんてないよ」

「ははっ。それはそうかもね」


 妙なところで達観しているな、この子は。まるで人生二周目を送っているようだ。

 彼女がどうとか、恋人がどうとか。確かに考えたところで本当のことは分からない。でもそれは、彼女がと、遠回しに認めているようなモノだった。


 それを問い詰めたら、答えてくれるのだろうか。入院中やさっきも、核心に近い問いかけは適当に誤魔化されてきた。


 それ以上に、本当のことを知るのが怖かった。


 恋人である酒井凪沙とキスがしたい。

 甘い誘惑であるが、それは建前といえば建前。本当は、俺の知らない何かを知るのが嫌で、背を向けていたいだけなのだ。


 だからこうして、彼女のペースに飲み込まれる。情けない話である。


「ねね、これってデートだよね」

「プールじゃないのが残念だけど」

「私の水着姿なんて見ても。その……大したことないよ」


 自信なさげに言う。顔はとんでもなく美人であるが、スタイルには自信が無いのだろう。普段ハキハキと物言うくせに、そんな弱々しくモジモジしている姿を見ると、ちょっとグッとくる。これがギャップ萌えというやつか。


「水着っていうのが良いんです。スタイルなんて関係ありませんよ」

「なんで敬語? それとスタイルの件は余計だよ」


 励ましたつもりだったが、どうやら気に食わなかったらしい。女とはよく分からない。


「正直胸の大きさなんて関係無いし。あんま気にする必要無いよ」

「別に気にしてませんけど。嫌味ですか?」

「なんで敬語?」


 ふんっ、と顔を背ける。可愛い。

 あざといなぁ、と思いつつ、素直に可愛いと思ってしまうあたり、やはりこの子は恐ろしい。小悪魔的と言えば聞こえは良い。彼女に関しては、大魔王だ。


 かと思えば、何か思いついたようにこっちを見る。まさに悪い企みをした顔。表情豊かだなぁ。


「罰として真村くんには、ランチ代をご馳走してもらおうかな」

「えぇ……」

「拒否権はありませんっ!」


 あまり良い気はしなかった。が。


――――目一杯お礼してあげなよ。


 主治医である神山先生の言葉が頭をよぎった。確かにその通りだ。彼女に世話になった事実は消えないのだから、尽くせるところは尽くさないと割に合わない。俺も、世話になりっぱなしなのはお断りだ。


「なんかさ」

「ん」


 大人しくランチメニューを眺めていると、酒井の言葉で視線が止まった。適当に返事をするが、彼女は言葉を紡ごうとしない。


「今度は何さ」


 仕方なく顔を上げる。酒井の表情は、俺が思っていたより柔らかいものだった。


「幸せってなんだろうね」


 でも、出てきた言葉は想像以上に難しい。哲学者にでもなるつもりか、この子は。


「分かんないなぁ」

「えー。もっと考えてよ」

「えぇ……」

「真村くんってそういうとこ、あるよね」


 「どういうとこだよ」聞き返す。


「別にぃ」


 何かを言って欲しいのだろうが、生憎気の利いたことは言えない。こっちは今の状況に追いつくのでいっぱいいっぱいなのだから。


「それより何食べる?」

「一番高いやつ」

「……わざとだろ」

「だって答えてくれないんだもん」


 別にそれだっていい。が、俺が思っている以上に彼女は機嫌を損ねたようだ。このままだと後々面倒なことになりかねない。

 仕方なく、メニューを閉じて思考を巡らせる。そうしたところで、良い答えは出てこない。

 事故で死にかけた俺だが、今こうして生きている。でも、不思議でと思わなかった。なんとなく「あ、生きてた」ぐらいで。


「正直、まだ分かんないや」

「うん」

「でもさ」


 酒井は少し寂しいそうな顔をしている。綺麗な顔が勿体ない。


「目が覚めたら君が居てくれたのは、本当に幸せだったと思うよ。俺、近くに家族居ないし」


 発言に嘘はない。全て本心だ。

 目が覚めたのには、きっと理由があるはず。彼女が俺のことを呼んでくれたから、きっと。奇跡的に軽傷だったとは言え、目が覚めるまでは気が気じゃなかったであろう。


「……ふーん」

「なんだよその顔は」

「ふふっ。別にぃ」


 さっきと同じ言葉であるが、そのトーンは正反対である。機嫌を直してくれたようで、とりあえずは一安心。すごく嬉しそうな顔に、俺までつられて笑ってしまう。


「嘘でも、すごく嬉しいっ」


 嘘なんかじゃない。

 それなのに、彼女はそう前置きした。

 なぜだろう。それが非常に気になった。でも、問いかける気は起きない。


「私は、君の味方だからね」


 この子は、本当に不思議だ。


「ありがとう」

「だから私はオムライスにしようかな」

「オムライス……って一番高いじゃん」

「良いのっ。えへへ」


 そして、すごくマイペースな子である。


 俺の恋人は、中々に可愛い。


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