032. それは自分が決めることではない
「わざわざありがとうございます。マリアンヌさん」
「別に構わんよ。私にできることであればいつでも呼んでくれ」
「最初は適当な馬車に便乗させてもらうつもりだったのですが……お母さんがどうしてもと言うので」
「直通便を使って連絡を寄越すものだから何事かと思ったが、いつも通りみたいで安心したよ。スイレンは元気にしているか?」
「はい」
「ああでも、王都に学校ができてからは夕方まで子供たちが家に居ないので、その時間が暇だ暇だと言っています」
「そうか。スイセイも、いつも息子の面倒を見てくれてありがとう。近いうちに何かお礼をしないといけないな」
「いえいえそんなお礼だなんて……ただ――」
「お母さんが、隙あらば弟と妹たちに甘いものを与えるのを何度言ってもやめないので、マリアンヌさんから注意していただけたらと思います」
「最近どうも息子が丸いと思っていたが、そんなことが……」
「あ、ここまでで大丈夫です」
「ああ。迎えは明日の昼でよかったかな?」
「はい」
「それじゃあまた明日に」
「ありがとうございました」
城門を通って建物の中へ。
お母さんに持たされた紹介状を門番の人に見せる。
長い廊下を歩いて、玉座がある部屋まで案内される。
座ったら怒られるかなぁと思いつつ、それでも結局座らずに、そのまま後ろにある階段から下に降りていく。
しっとりと澄んでいる空気を感じながら進んでいくと、一つの灯りと人陰が見えてきた。
「……こんにちは。リサさん?」
「こんにちは? ああ、そういえば人と会う約束してたわね。忘れてたわ」
こっちを向くタコの女性。
「ちゃんとお会いするのは初めてですよね。……スイセイと申します。便利屋の店主スイレンと、今は亡き偉大なる冒険者ラリーの娘です」
「リサよ。知ってると思うけど、王都にある屋台で脚を焼いてるわ」
「……ここ、よく来るんですか?」
今居るこの場所に会話のとっかかりを求める。
「なんだか落ち着くのよねぇ。他に人も居ないし。暗くて湿ってるし」
「人が苦手なんですか?」
「そういうわけじゃないけど。ほら、あっちはうるさいから。人が多いのが」
「大人気ですもんね、タコ焼き。……昔、父と外出した時によくせがんでました」
「売ってる私が言うのもなんだけど、あの匂いはズルいわよねぇ」
思わず生唾が出てくる。
「それで、今日は私に用があって来たんでしょう? 何?」
「はい」
一旦呼吸を整えて、心を落ち着かせる。
「リサさん。私の父ラリーが生前、私宛に残した手紙か何かを持っていませんか?」
止まる触手の時間。
「……スイセイだっけ? あなたは今何歳?」
「先日十五になりました」
「十五って、人間が大人になる歳だっけ?」
「はい。私は小人とのハーフですが」
何かを考えている、いや、思い出している様子のリサさん。
「えーっと、どうしてそんな大事そうなものが私に預けられてると思ったの? あなたの母親や、この国の女王ではなく」
「……恐らく、家族にはなるべく見られたくない内容だったからだと思います。それとリサさんなら、私よりも確実に長生きするでしょうから」
「手紙の中身を半分知ってるようだけど、いつ、どうやってそれを知ったのか、聞かせてくれる?」
「はい。お風呂とかお箸とか、きっかけは色々ありますけど……一番は、『私』のことを打ち明けた時、です」
「確信に至ったのは大分後になってからですが……私が『私』の名前を口にした時の、あの父の表情。『私』のことを知っているというあの表情……。たとえ知っていたとしても、自分が何者であるのかを打ち明けられないという、あの表情は……その人間にしかできないものです」
「じゃあ最後にもう一つ。……確かに私は、ラリーが自分で語るより先に死んだときのための、彼があなたに書き残した手紙を預かってる。大人になったあなたが、確信を持って訪ねて来るまで手紙を渡すなという伝言も」
「彼はそれでも、できることなら自分のことも前世のことも手紙のことも何もかも全て忘れて、あなたにはこの世界で幸せに生きて欲しいと言ってたけど……それでも読みたい?」
「はい」
「……これは私が聞きたくて聞くんだけど、あなたはどうして彼のことを知りたいの? それを知ってどうしたいの?」
「……それを知って突き放したいのかもしれないし、安心したいのかもしれません。……いずれにせよ、私が前に進むために必要だと思ったからです」
「それはどっちのあなたがそう言ってるの?」
「どちらも私、です」
「……そう。大変なのねぇ」
ロウで綴じられた封筒を渡される。
常に持ち歩いていたのだろう、白い包みが丸く、細かく薄汚れている。
「一度ここで読んでいってね。渡すものがあるから」
意を決して封を解く。
この世界では初めて見る、かなと漢字で書かれた数枚の便箋が出てくる。
床に置かれている灯りを頼りに、読み始める。
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