026. 爆乳元メイド見習いセンリ
「私の刀、返してください!」
訪問者はセンリだった。
旧王都で別れてから今の今まで、リタさんの下でメイドとして働いていたが、過酷さのあまり抜け出して来たらしい。
何の用事か改めて聞く。
「刀を返してください!」と改めて言われる。
観念して刀だったものを持ってくる。
柄は朽ち果て、刀身は消えてなくなり、二つの穴によって辛うじてそれが茎だと分かる……細長い枯れ葉がそこにあった。
「鞘はちゃんと避けてたから……ほら、こんなに綺麗!」
唖然とした様子でプルプルと震えているセンリ。
作りかけの屋敷に小人の絶叫が木霊した。
その後。
怒りが収まらない様子のセンリに「何を切ったらこうなるんですか!」と言われたので、本人まで会いに行くことに。
屋台の準備中だったリサに事情を説明する。
「ごめんなさいねぇ。でも私が悪いの?」
「ほら私って、あんまりバラバラになっちゃうと触れるもの皆再生のエネルギーにしちゃうところがあるから」
「でも、それがそんなになったのは貴方のせいだと思うわよ? 刀の魔力がなくなっただけじゃ、こうはならないでしょう?」
「ほぅらぁやっぱりぃ。あなたのせいじゃないですか!」
再びこちらに矛先が向く。
「ちゃんと元通りに直るまで付き合ってもらいますからね!」
「付き合うのはいいけど……どうやって直すの? というかこれ、本当に元通りになるの?」
「はい。私の故郷の鍛冶屋さんで直してもらいます。すごい人なのでこれくらい朝飯前です」
……だったらあんなに怒らなくても、とは言わない方が良いのだろう。
とりあえず直るみたいなのでほっとする。
「私の村は別の大陸にありますし、あっちに着いてからも沢山歩くことになりますけど……一緒に来てもらいますからね!」
地上の移動はともかく、大陸間の船旅はスキルで時短できない。
……いや待てよ? スキルで加速すれば水の上も歩けるのでは?
「どこかに行くの?」
包丁の動きが止まるリサ。
「そうみたいです。しばらくは帰って来られないと思います」
「そう。……だったらこれを持って行きなさい」
ぬるりと何かを渡される。
「これは?」
「指輪よ。中に私の脚が一本入ってる」
「あし?」
多分魔力的な意味で、とかだろう。
「それがあればモンスターは近寄ってこないし、腕が取れたくらいの怪我だったらすぐに生えてくるわよ。邪魔なものがあったら食べさせちゃえばいいし」
「私はここで身体を売らなきゃいけないし、あなたの魂は私のお気に入りだから……他の誰かに連れて行かれたりしないように、持って行きなさい」
リサからおっかない防犯ブザーを受け取り、長旅の準備を済ませ、センリの故郷に向けて出発する。
この世界に転生してから二度目の船旅が無事終わり、新たな大地を踏む。
時間短縮のため、センリを背負いDrunk Monkeyを使って一気に移動する。
……大きすぎてセンリの手が肩まで届かないので、前に抱えて移動することに。
「あと少しだから」というセンリの言葉に翻弄され、スキルを使わないまま二日経過したところでようやくセンリの故郷にたどり着く。
良く言えばのどかな、そうでなければ寂れた田舎、というのが第一印象だった。
自然に飲まれつつある家屋を眺めながら、村のはずれを目指して進む。
久々に帰って来たという実家には、おばあちゃんが一人住んでいるだけだった。……祖母からの遺伝だということが分かった。
旅の疲れを癒すのを優先して今日はもう休むことに。
次の日。
朝一番で刀鍛冶だというおじいちゃん小人の所まで連れて行かれる。
なんとこの人、例の刀の製作者であるクビナツの名前を継いだ九代目であるらしい。長生きな亜人の九代目……どれだけ昔から続いているのだろう。
センリとは遠い親戚にあたるそうで、早速孫娘のようにセンリを愛でている。空気になって温かく見守る。
こちらの視線に気が付いたセンリは頭を撫でる手を恥ずかしそうに振り払い、ここへ来た本題をおじいちゃんに話し始めた。
「しかしまぁ、よくここまでボロボロにしたもんだのぅ」
「直せそうですか?」
「これを元に戻すのはさすがに無理じゃ」
「……さすがに、ということは他に方法が?」
「そもそも『下手人』というのは、ナツメ様の力がこもった刀をそのように呼んでおっただけじゃ。これはその内の一本に過ぎん」
「えーっと、つまり?」
「刀は新しいのを打てばええ。ただし、仕上げにはナツメ様の血が必要になるがのぉ」
血……いかにも妖刀らしい話になってきた。
「その、ナツメ様っていうのは誰なんですか?」
「北の社に住む神様じゃ。古くからこの村を守ってくださっておる御キツネ様じゃよ」
神様と聞いて一瞬、脚が八本ある生物が頭に吸い付く。
「……因みにそのナツメ様って、人の姿だったりしますか?」
「いんや。わしは大きな四本足の姿しか見たことがないのぉ」
杞憂だったようだ。
古くから存在していて、神様と呼ばれていて、この世界でまだ見たことも会ったこともない動物で、その上亜人だったら……。
こっちはキツネだから多分九本である。あっちよりも一本多い。多い方が強いに決まってる。
「刀はええのを用意しといちゃるから、あんた方はこの子と一緒にナツメ様んところに行ってきなさい」
センリがナツメ様への供物、もとい手土産を用意している間、自分は辺りを散策して時間を潰すことにする。
ぶらぶらと村全体を一周してみる。
それなりに意識して見て回ったが、やはり子供は居なさそうだった。ことごとく皺だらけだった。多分センリがこの村で一番若いんじゃないだろうか。
一見青年のような小人も居るには居たが、多分中身は中年以上なのだろう。
話を聞いてみたかったが、早足で避けられてしまった。
村を見て回っている最中に、もう一つ気になることを見つけた。
どうもこの村には、前世で言う所の区画整備、あるいは土地開発をしたと見られる痕跡があちこちに残っているようだった。
村のはずれだと思っていたセンリの実家は、恐らく土地が整備される以前の村の中心地だったのだろう。
実家がある位置から離れていくにつれて道は広く真っすぐに、住宅地も碁盤のように整理されているのが分かる。工場でも建てるつもりだったのか、広く更地にしているところもあった。
ただ、そうした場所にある建物は痛みも激しく、長い間完全に放置されているようで、村人のほとんどは元々の村の場所で生活しているようだった。
センリの準備が終わったそうなので、ナツメ様が住んでいるという社へ向かう。
ナツメ様に捧げるのは油揚げ……ではなく、小動物を油で揚げたものだった。鳥でもネズミでも何でもいいらしい。ナツメ様といいリサといい、神様は皆雑食なのか。
山の入り口に到着する。
正面の鳥居へと真っすぐに伸びる石段、歓迎してくれる右と左の狛犬、参道を進むと見えてくる慣れ親しんだ三角の屋根。さすがに賽銭箱は無かったが……元旦の気分には襲われた。
「ナツメさまー、どこですかー?」
勝手知ったるな顔で先を歩くセンリ。
センリに続いて自分も履物を脱ぎ、縁側からお邪魔しようとしたところ……後ろから声をかけられる。
「――食べ残しでも喰らいに来たか」
振り返ると、前世でも神社でよく見かけた白と紅の衣服。
頭には豊穣の秋の色をした獣の耳と――腰には同じく四本と四本の尻尾が見える。
「ナツメ様! 居たのなら返事をしてください」
「おお、帰ってきておったのか。覚えのある声だとは思っておったが」
嬉しそうに駆け寄っていくセンリ。
「久しぶりじゃな。息災であったか?」
間髪入れず頭を撫で始める。
二人は旧知の仲、それもかなり親しい間柄のようだった。
「さて――異質な気配を感じて待っておったのじゃが……お主は誰じゃ?」
「はじめまして。僕はアルジーヌ王国出身のラリーと言います。あなたがキツネの神様で有名なナツメさんですか?」
「有名かは知らんが、わしがナツメじゃ」
不審者を見る目で警戒されている。
異質な気配というのは自分の魂のことだろうか?
「センリよ。この男はお前が連れて来たのか?」
「はい」
「そうか……して、何用じゃ?」
「ちょっとあなたの血が必要でして。少しだけでもいいんでお時間いただけませんか? なるべく痛くないように終わらせますので」
「ほう……?」
「ちょっとラリーさんは黙っててください!」
センリが事情を説明する。
「なるほど。八本脚のタコを……そいつは今どこで何をしている?」
センリから発言の許可をもらい、リサの今を話す。
「あいつが? 自分の手足を?」
カッと目を見開いて大笑いする神様。
「アッハッハッハ! あいつが人の中で暮らしている上に、自分が食べられているとは……! そいつは傑作だ!」
「知り合いなんですか?」
「わしが一方的に知っておるだけじゃよ。あやつにとって動くものは皆食い物でしかなく、そこに区別などない。……ないはずなんじゃが……フフフッ……」
よっぽど愉快な出来事だったらしい。
楽しい時間を邪魔しないよう、心拍数が落ち着くまでしばし待つ。
「……よかろう。そろそろ顔を出そうと思っておった頃じゃしな。わしが直に赴いてやろう」
さすがは御キツネ様。百年かけて説得したタコとは違って話が早い。
「その前に一応聞いておくが、ラリーとやら」
「お主は、お主の魂についてタコのやつは何か言っておったか?」
「この世界の人間ではないことを見抜かれました」
「この世界?」
自分が転生した人間であることを説明する。
「……なるほど。その異な姿といい、お主の左手のそれといい……タコのやつがえらく気に入っておるのはそういう事情じゃったか」
「あい分かった。時間を取らせたな。行くぞセンリよ。案内せい」
山と村の間を歩く。
「いつ村に帰って来たんじゃ?」
「昨日の夕方です」
「あるじーぬ王国と言ったか。タコの大陸ということはかなり遠いじゃろう。そんなところまで探しに行っておったとは」
「それで、先代の物は全て集まったのか?」
「はい……」
「それはよかったのう」
あまり嬉しそうに見えないのは、肝心なその品を自分がボロボロにしたせいではないはず。
「……村の方もこんな有様じゃ。お前の母親が言っておったことも、家のことも、もう充分じゃろう」
「分家の血も途絶え、直系の人間も……お前のばあさんを除けばお前しか残っておらん。この村を出て行ったとしても、今さら責める者は誰もおらんじゃろうて」
「お前の人生じゃ。ばあさんのことはわしが面倒を見てやる。わしももうばあさんじゃがの」
あっはっは、と神様。
「私は……」
刀鍛冶のおじいちゃん宅が見えてくる。
「先に言ってきますね」と先に行ってしまうセンリ。
二人きりにされる。
「……あの、ナツメ様?」
「ナツメでよいぞ。何じゃ?」
「ナツメさん、その……先代の物を集めると何かあるんですか? どうしてセンリは先祖代々の品々を集めていたんですか?」
「……」
一拍の間。
すぐに答えが返って来る。
「あやつは……センリは、自分の母親の意思を果たそうとしているだけじゃよ」
「意思?」
「んー……」
一拍以上悩むナツメ様。
「まぁ、よいかの。何から話すか……あやつの母親は昔、この村に活気と人を取り戻そうとして……失敗した」
「その時に色々と取られてしもうての。……安心せい。その者の中にアルジーヌという名前はなかったはずじゃ」
「あやつの母親もその失敗がきっかけで、だんだんと気が狂うてしもうてのぅ……不幸なことに、ちょうどセンリの物心がつき始める頃じゃった」
地面に伸びる長い影。
今が夕方であることに初めて気が付く。
「あの子は何も悪くないんじゃがのぅ」
一歩一歩勝手に、先に進んでいく足。
「センリにとっては、取られたものを取り返す、母親の名誉を守る……それ以上の何かがあったのじゃろう」
前方からこちらを呼ぶ声が聞こえる。
「さて、可愛いセンリのために一肌脱いでくるかの」
作業は夜通し続くそうなので、高齢者二人を残してセンリと一緒に実家に帰って休むことに。
道中、何となく気になっていたことを聞いてみる。
「ナツメ様とは親しいみたいだけど、どういう関係なの?」
「ナツメ様は……私にとって、もう一人の母親のようなお人です」
大事なものを見せてくれるように話すセンリ。
「ここが村になるよりも昔、傷ついたナツメ様がこの地にやって来た時に、私のご先祖様がナツメ様を介抱して、社を作って祀り上げました」
「それから私の一族はナツメ様から特別な力を授かるようになって……家が栄えて、人も多く集まってきました」
私の収納術もその力の一つです、とセンリ。
「私は生まれた時からナツメ様によくしてもらっているのに、私の方からはまだ何もお返しできていません。なのに……」
……当のナツメ様には、自分の幸せを願われて村を出ていけと言われたばかり。
他人が触れ続けるには重い話なので話題を変える。
「今日の晩御飯は何だろう?」
「おばあちゃんが朝から解体包丁を研いでたので……親子丼でしょうか?」
足取り軽やかに帰路を急ぐ。
深夜。
美味しい食事に舌鼓を打ち、ここに来た用事もほぼ終わりスッキリとした気分で寝ていると……物音で目が覚める。
家鳴りにしては音が鈍い。
こんな田舎に泥棒なんて来ないだろうが……念のため家の中を見て回る。
センリの寝床から何か聞こえる。
「……お前……親……こんな……!」
明らかに同意の下で行われている様子ではないので、急いで寝床にお邪魔して男をセンリから引きはがす。小さいオッサンが小さな女の子を襲っている絵面はかなりキツい。
体格的に有利だったので、スキルを使わずとも無事ぐるぐる巻きにできた。
センリに目をやる。
衣服が乱れているが……それだけのように見える。
「大丈夫? その、痛い所はない?」
「……」
台所まで行かないと灯りはない。
今夜は満月だったが、それでも、小さな身体を見るには明るさが少し足りない。
よく目を凝らしてみる。
大きな胸の陰に隠れている、腰からお尻に向けて広がってゆく曲線は、子供を成すのに何一つ不都合のない身体であることを主張している。それでいてウエストは両手で掴めそうなくらい細い。
寂れた村にこんな性的劇物が現れたら、恨みが夜這いに変わるのも分からなくはない。
村には村のルールがあるかもしれないと考え、勝手に処理したりせずナツメ様を呼ぶことに。
この状況でセンリを一人にしたり連れ回したりはしたくなかったので、リサの指輪を使ってみる。
刃物で自分の手を軽く切り、指輪に意識を集中させる。
……おお、内側から肉が盛り上がってきた。単純に気持ちが悪い。
「……そんなものでわしを呼ぶな。何の用じゃこんな時間に」
無事ナツメ様が釣れたので、申し開きをする。
センリを助けたお礼をとても丁寧に言われたが、しかしその分ひどい目に遭うのだろうなぁと思いつつ、連れて行かれる小人を見送る。
――さて。
未だ乱れた服のまま俯いているセンリに話しかける。
「……どうして抵抗しなかったの?」
旧王都で下手人を見せてもらった時のことを思い出す。
あれだけ色々な物を、大陸を越えて一人で集め回っていたのだ。さっきのようなことに対する心得がなかったとは思えない。
「……子供ができれば、この村に居られるから」
ナツメ様が言っていた話だろうか。
でもあれは言葉そのままの意味ではなかったと思うが……。
「おばあさんと一緒に居たいの?」
「……」
センリの反応は薄い。だとしたら……。
「村の復興をするつもりなの?」
小さく頷くセンリ。
他人の家庭の事情である。自分が口を挟む資格はない。
……ないが、このままだと、いずれできてしまう子供があまりにも不憫すぎる。
「村を復興するって言っても……具体的にどうするつもりなの?」
「……」
返事はない。
「子供が生まれたとして、どうやって育てるつもりなの? さっきの男みたいなのが子育てをするはずがないから、一人で育てないといけないよ?」
「センリのおばあちゃんだって、いつまでも頼りにできるわけじゃないでしょう?」
「……」
「それに……もしも子供が大きくなった時に、この村を出て行きたいって言ったらどうするつもりなの?」
俯いたままの身体が反応する。
「自分の言うことを聞く子供が出てくるまで、何度でも生み続けるつもりなの?」
「そ、それは……」
「たとえ子供が村を出て行きたいと言わなかったとしても……その子を、ただ村を栄えさせるためだけに、血を続けさせるためだけに……死ぬまでそうさせるつもりなの? ――君や、君の母親のように」
「違います! お母さんは……お母さんは……!」
初めて顔を上げこちらを向くセンリ。
「君は……」
口にしかけた言葉を飲み込む。『君はそれで幸せだったのか――』
センリに幸せを教えてくれるはずだった人はもう――。
掛けるべき言葉を見失い、センリを一人部屋に残して自分の寝床まで戻る。
やはり何も言うべきではなかったのだろうか。
翌朝。
戻って来ていたナツメ様と一緒に四人で朝食を取る。
朝食が終わってすぐ、センリと一緒にナツメ様の前に座らされる。
おばあちゃんもセンリの正面に座っている。
ナツメ様が口を開く。
「アンズとも話し合って決めたことじゃが……」
アンズ……おばあちゃんの名前か。
「センリよ、今日中にこの村を出ていきなさい。やはりここにおっても良いことなど一つもなかった」
隣から動揺が伝わってくる。
「ここを出て行った後しばらくは、ラリー殿の世話になりなさい」
「なんで僕が?」
予想外の指名に虚をつかれる。
「センリの刀のおかげであの化け物を退治できたのじゃろう? 刀の持ち主であるセンリに何かを返すのは当然じゃと思うが」
「その、刀はまた使えるように直した上で、ちゃんとお返ししましたし……」
「壊したのはお主なんじゃから、それは当たり前じゃろう」
ぐうの音も出ない。
「それともあれか、お主は、この子を、一人で、この村から追い出すつもりなのか?」
「いえ、それは……」
そうだ、お礼というのであれば本人に聞かないと。
「センリ?」
返事はない。
両腕を掴んで揺さぶる。
「センリ!」
「……っはい!」
ビックリしたセンリと目が合う。
「センリは、これからどうしたい?」
「わたしは……」
長い、長い沈黙。
「私は……やっぱりこの村が、このまま無くなってしまうのは、いや、です」
「でも私には……どうすればいいのか、何も分かりません」
そう言ったきり、また俯いてしまう。
ナツメ様の言う通り、このままセンリを預かることはできるが……それでいいのだろうか。
何と声を掛けたらいいのか考えていると……急に顔を上げて目を見開くセンリ。
と思ったら再び顔を伏せて、今度は小声で何かを呟いている。
「『分からないことがあったら人に聞く』、『自分が何をしたいのか説明する』、『人にお願いするときは価値を示す』……」
何度も、反芻するように言葉を繰り返す。
ぎゅっと拳を握り、決意の表情でこちらを向く。
「あ、あの!」
「は、はい!」
ビックリしてセンリと目が合う。
「私は……ナツメ様と、お母さんと一緒に暮らしたこの場所に、消えて欲しくありません。でも、今の私にはどうすればいいのか、分かりません」
「だから、私がまたここに帰ってきた時に……この村を元気にできる私になれるように、またグレイシス様のところで働かせてください!」
「今度は逃げ出しません! 人の名前だって覚えます! お掃除もお昼までにできるようになります! よろしくお願いします!」
メイドの作法で頭を垂れるセンリ。
「……グレイスには刀を直す付き添いだって説明してるけど、僕じゃなくてグレイスの前で今と同じことを言える?」
「はい!」
「分かった。それじゃあ……」
「ナツメさん、アンズさん。責任を持って、センリさんをお預かりしたいと思います」
頭を下げる。
「ああ、この子を頼んだぞ」
出発の時。
「そうそう、忘れるところじゃった。ほれ、センリ」
虚空から何かを取り出す。
「お前にとってはその方が使いやすいじゃろう。食い物でも人でも悩みでも、必要があれば何でも切ればよい」
半分ほどの長さになった下手人だった。
「何かあったら儂にも分かるようになっとるから、なるべく肌身離さず持っておるように。……タコの真似をしとるようでちと癪じゃが」
「ナツメ様……ありがとうございます」
しっかりとした眼差しで二人に応えるセンリ。もう憂いはない。
「ナツメ様、おばあちゃん……いってきます」
センリが見習いメイドになった。
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