018. ダメージコントロール
現在の王都は交通と経済の都合を優先して近年新たに作られたもので、言うなれば第二新王都と呼べるものだった。
アルジーヌ王国建国当時から使われていた城とその城下町は現存しており、今は軍事拠点として使われている。
国王はその場所に居た。
亜人から生成されたポーションの宛先も、その場所だった。
グレイスを通して王様に面会を申し入れる。
愛娘の顔を早く見たかったのか、返事を受け取った日のわずか二日後に日程が決まる。
馬車に揺られながら検問をいくつか通過し旧王都へ。
三人を連れての面会にも許可が下り、いよいよ玉座の前へと歩み出る。
「よくぞ参られた。私がアルジーヌ王国十八代目国王、アルジーヌ・イル・ジーンである」
こちらからも挨拶を済ませる。
「……さて、面会を希望したのはそなたらの方であるが、実は私にも聞きたいことがあってな。二つほど先に宜しいかな」
勿論です、と返事。
「ふむ。まず一つ目、各地での亜人の開放はそなたの仕業か?」
素直にはいと頷く。
「もう一つ。そこの亜人はそなたが洗脳を解いた者たちか?」
同じく、はいと頷く。
ふむ、と顎髭を尖らせる王様。
……とりあえずカチコミに怒ってなさそうでよかった。
「……王様、こちらからも質問してよろしいでしょうか?」
「うむ。答えられることであるなら何でも答えよう」
「ありがとうございます。……失礼ながら単刀直入に申し上げます。亜人から作ったポーションをこの城に集めて、一体何をしていらっしゃるのですか? 亜人の命をそのように扱う理由をお聞かせください」
沈黙する王様。
「……そこに居るのは教団の聖女であるな。己が宗教の起こりを答えてみよ」
エステルが一歩前に出る。
「今から約千年前、地上に降臨したサーリー神によって、この大陸に平和がもたらされました」
「サーリーは二人の弟子を取り、一人に肉体の安寧を、一人に心の融和を授けました。そしてその二人の末裔がこの王国と教団の始まりとなった、と聖典に記されています」
「……その話には二つ誤りがある。いや、正確ではない点というべきか」
声のトーンが変わる。
「その話は教団によって創作されたものではない。事実を記したものである」
「あれがかつてこの地にもたらしたのは平和などではない。生きとし生けるもの、その全てを喰らいつくした大量虐殺である。……皆平等に腹の中に収まったという意味では、確かに平和になったのかもしれないが」
「そして……お主らが神だと崇めているものは、架空の存在ではない。今もなおこの国で、この場所で、重さを持って存在し続けている不滅の生物である」
王様が話を続ける。
「今から約一年前、この地を大きく揺らす胎動と共に、あれが長い眠りから目覚めた」
「そこには過去の王族たちの手によって幾重にも封印が施されていたが……あれにとっては何の枷にもならぬものだったようだ」
「千年前から今に至るまで、あれの消滅のためにありとあらゆる手段が講じられてきた。が、その全てが例外なく徒労に終わっている」
「あれは不死であるか、あるいは限りなくそれに近い生物であるということだけが、現在我々が知る全てである」
話は続く。
「唯一僥倖だったのは、会話によってあれとの意思疎通が可能であったことだ」
「目覚めたばかりで不完全であったあれにポーションを与え続けることで、この場所に留まらせることに成功した」
「そして、あれに喰われるのを座して待つだけの現状を打開するために、一秒でも長くあれがここに居る時間を引き延ばしている、というのが今の状況である。……これで質問の答えになっておるかな?」
新しい情報ばかりで頭の処理が追いつかない。
とりあえず引っかかった部分について質問する。
「現状の打開とは? 封印することも殺すこともできない相手に有効な手段が見つかったのですか?」
「うむ。あれには魔法が通用しない。よって魔法ではなく、薬によって意思の自由を奪う研究を進めていた」
「教団の協力により研究はほぼ完了していたが……そこに亜人にかけられた洗脳を解いてしまう者が現れた。――それが、お主だ」
会いたがっていたのはむしろ王様の方だったということか。
「冒険者ラリーよ。この国の平和を統べる者としてそなたに頼みたい。この国を、世界を救ってはくれぬか」
仮にここで断ったとしたら……政府直轄の研究施設へのテロ行為は、拷問の上に打ち首だろうか。
はいと言う以外に選択肢がない。
が、しかし――『言わない嘘』という言葉が頭を過る。
「……返事をする前にお聞きしたいことがあります。連れの亜人が発言してもよろしいでしょうか?」
「うむ」
一歩前に出て、自身の境遇を説明するマリー。
この場所に至るまで抱え続けてきた疑問の答えを王に求める。
「……同胞の命が、この国の平和のために捧げられたということは理解した。ただ、一つだけ」
「どうして亜人だけがその対象に選ばれた? 純人種も同じようにしろとまでは言わないが、だとしても、何故我々亜人だけが?」
マリーの方を見据えたまま、重い口を開く王様。
「……亜人種は純人種に比べ、我が国の国家社会に属している者が少ない」
「彼らは多くの場合、家族、あるいは血族という小中規模の集団を作り自然の秩序に基づいて他者と関わり生活している。……以前のお主がそうだったように」
「よって、この国に与える影響、社会の混乱を鑑みた結果……そのようになった。言い訳をするわけではないが、死刑を言い渡された者は人種を問わず全てそのようにしている」
長い沈黙。
マリーが口を開く。
「最後に一つだけ。……国のための犠牲として、純人種がそれにふさわしかったとしたら、あなたはそうしていたか?」
「それが最大限の国益になるのであれば、そのようにしていただろう」
「……分かった。後はラリーに任せる」
マリーと目が合う。
頷くマリー。
これで彼女の心のわだかまりが解けたのならいいが。
「先ほどの返事ですが……やれるだけ、やってみようと思います」
「うむ。そなたの決断に感謝する」
「ところで王様、その、目覚めたという『それ』は今どこに居るのでしょうか?」
「ここの真下だ。この玉座の地下に洞窟がある。あれはそこに居る」
「会って話すことはできますか?」
「こちらから何かしない限り危険はないと思うが……」
「会って話をするだけです」
「……まあいいだろう。好きにするがいい」
玉座の裏から地下へ。
通路の構造から、城の下に洞窟があったのではなく、この地下空間の上に城を建てたのだということが分かる。
遺跡のような広い場所に出る。
石畳に導かれるように先に進むと――祭壇だろうか。そこにそれは居た。
服を着ているので最初は人間かと思ったが……触手が伸びている下半身と、この場にそぐわない小綺麗で品のある恰好が、尋常の相手ではないことを知らせている。
「……そのままで来るなんて珍しい。偶々ここに迷い込んだのではないんでしょう?」
「初めまして。僕はラリーと言います。あなたは?」
「私はリサ。ところで、あなたは食べてもいい人間?」
「多分違います。僕はあなたと話をするために来た人間です」
「ふーん?」
八本の触手を別々に動かして居直る。
ジオメトリックにセクシーな動きである。
「リサって呼んでもいい?」
「どうぞ?」
「リサはタコの亜人なの?」
「私の上半分が人間で、下に付いている生き物をタコと言うのなら、タコの亜人なんでしょうねぇ」
一本を波打たせながら答える。
「リサは生き物なら何でも、それが人間でも食べるの?」
「ええ。食べるのは命だから。器の形で好き嫌いなんてしないわよ。器も食べないことはないけど」
「大陸中の生き物を全部食べ尽くしたって聞いたけど……そんなに食べなきゃ生きていけないの?」
「あなたたちだって楽しく生きてるんでしょう?」
食物連鎖の下にいる生物はこんな気分なのだろうか。
「……そうですか。それじゃあ僕はこれで。また今度来ますね」
「あら、もう行くの? 残念」
残念なのは話し相手が去るからか、それとも……。
「そうそう、もう少ししたらここを出ていくつもりだって、上にいる人に言っておいてくれる? それと今までポーションありがとうって」
「そうねぇ……次に君と会った、その後にしようかしら。今度はあなたの方からお話いっぱい聞かせてね? それじゃあまたね」
別れ際に手を振る文化の起源に思いを馳せつつ、地下を後にする。
玉座に戻ると王様の姿はなく、「宝物庫にあるものを自由にしてよい」という伝言があるだけだった。
さっそく宝物庫の扉の封印を解いてもらい中に入る。
ぱっと見で用途が分かるものから、何とも言いようがないものまで大小様々な物があった。
時間がないのでエステルの鑑定魔法を中心に、泊まり込みで使えそうなものを調べることにする。
翌朝。
宝物庫に行く途中、兵士が騒いでいるところに出くわす。
曰く、「……先祖代々の品々、返して貰います。 かしこ」と書かれた手紙が玉座の上にあったらしい。
警備に協力したいが、今は自分がするべきことに集中する。
その日の夜。
宝物庫から持ち出した物の鑑定はエステルに任せ、自分は宝物庫と部屋とを往復する人になっていた。
途中スイレンとすれ違い、鑑定作業が続く部屋に戻る。
すると長尺のものを二人で運ぼうと待っていたスイレンに声を掛けられる。二人で宝物庫に向けて出発する。
このままで進むと廊下を曲がれないので、一旦縦向きにすることでうまく角を避けながら……ん?
急いで飲酒し、手紙の盗賊が現れたことを兵士たちに伝える。
スキルが発動するまでの時間差で宝物庫の中を確認しつつ、しばらくして犯人を捜すために城の外へと出る。
城下町まで範囲を広げて散々探し回って、結局城内でそれらしい人影を見つける。
走り回っている最中にふと、『盗んだふりで人払いをしてその隙に……』という手口を思い出して試しに戻ってみると、まさにその通りだった。
捕らえた盗賊は全身黒のタイツを着た、小人の亜人だった。
身長はスイレンと同じくらいだろうか。しかし、何というか、胸に抱えているものが、抱えられていなかった。
スイレンの身体にマリーやイレーヌ嬢以上のモノが付いていた。小人の巨乳ではない、大人の巨乳なのである。小人が大人の巨乳なのである。それがタイツによってダイレクトしているのである。
思わず喉を鳴らしてしまう。
周りからの視線で我を取り戻し、尋問を始める。
名前はセンリというらしい。
予告状にあった通り、一族縁の品々を見つけて回収するために世界中を飛び回っているそうだ。
ここに来たのは、先日急に気配を察知したからだとか。
「命だけは、命だけは勘弁してくださいぃ……」
軍事施設への不法侵入は……拷問の上に磔刑だろうか。
その上彼女はこの国昨今の亜人の扱いを知っているのか、相当怯えているのが伝わってくる。
兵士に連行されていくところを呼び止める。
「えーっと、センリはこの城の宝物庫にあるようなものを集めているんだよね?」
「はい……全て、全て差し上げますから許してくださいぃ……」
「全部はいらないけど、見せてもらうことはできる? 役に立ちそうなものがあったら貸して欲しいんだけど」
「どうぞどうぞ、見ていってくださいぃ……」
懐から次々と色々なものが出てくる。
彼女の一族特有の収納術であるらしい。
そうしてセンリに見せてもらった物の中に一つ、妙に艶やかで胡散臭い刀を見つける。
「これは?」
「それは……名を『下手人』という、妖刀です」
「八分反り二尺七寸、二代目クビナツが刀工で……魔を滅する力を持つと伝えられています」
この身体で振り回すには少々長いが、反りが強いのでなんとか扱えそうではある。
「……これにしよう。エステル、お願いできる?」
状態の良し悪しや、込められている魔力の有無を見てもらう。
変な呪いでも付いてない限り多分使うことになるだろう。
「それじゃあ刀を借りるから、その間はしばらくグレイスと一緒に居てくれる? グレイスもそれでいい?」
頷くグレイス。
センリの前に立ち塞がり、瞳で捕らえながら言葉を落とす。
「それじゃあ、こっちの用事が終わるまではグレイスの言うことを聞いててね。万が一、彼女に何かしたら……」
「ひいぃぃ……」と、グレイスの陰に隠れるセンリ。
この調子なら心配ないか。
その後、ようやく宝物庫の棚卸しが全て終わるが、やっぱりセンリから借りた妖刀を使うことになった。
他にも準備することがあったので、一度新王都に戻る。
グレイスとイレーヌにはリサの説得失敗時の国民総避難の準備、エステルとミコには結界魔法の習得と効果の確認、スイレンとマリーにはポーションやその他小道具の用意、そしてビーノの蒸留酒の命名などを頼む。
カール王子のスキルで未来の確認をしておきたかったが、この先一か月は国外に出ているらしく、リサにもう一度会いに行くまでに間に合いそうになかった。
仮に失敗する未来が見えたとしても、やることは大体変わらないのでまぁ良しとする。
全ての準備を整えた後、旧王都で一泊し心身共に充足させる。
当日の朝になる。
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