017. 巫女ミコミーコ
ワインの手掛かりを求めて王都の中心にある商会本部へ。
待合室まで案内されたところでふと、普通に飲んで楽しむ分だけでなく、蒸留してブランデーにする分が必要であることを思い出す。
両手をモミモミしながらやって来た商人には悪いが、件の亜人を紹介してもらい、直接交渉しに行く。グレイスを通じて後でフォローしておかないと。
数日後。
いつもの三人娘を連れて亜人指定の待ち合わせ場所に到着。
雑談の流れで、何故自分の身体からスイレンと同じ匂いがするのかを問い詰められていると、タイミング良く待人が現れる。
耳が折れているタイプのウサギの亜人だった。
ウサギ殿のお眼鏡に無事適ったところで、ワイン畑まで案内される。
エステル曰く、畑の周囲には隠形や方位誤認の魔法がかけられており、少なくとも聖属性が扱える魔法使いでないと見つけることも入ることもできないそうだ。
ただのウサギに見えて中々やるなと思い詳しく聞いてみると……魔法自体は『巫女様』がかけたものであるらしい。
聖属性魔法は教団が独占しているはずだが、名前が違うだけで中身が同じものは案外どこにでもあるのかもしれない。
畑にお邪魔して果実が生る樹木を見せてもらう。
前世で見たブドウそのままの果物は名前をビーノと言い、その果実酒も同じ名前だった。
……なんとなくウサギ混じりである彼の身体を確認する。少なくとも手足に体毛は生えてない。……そうだとしても処理の過程で果肉と一緒に取り除かれるか。
交渉の結果、今回楽しむ分のビーノは無事売ってもらえることになった。
続けてブランデーにする分、そして可能であれば継続的に卸してもらうために、ビーノ増産の話を持ち掛ける。
王都に住む限り現実的な方法ではここでしか手に入らないので、もっと欲しいならもっと増やすしかない。
他種族と少なからず関わりを持つ話になるので、話を通すため彼の一族の長に会いに行く。
畑から小一時間ほど歩いて里に到着。
長と面会する。
二つ返事で許可をもらえたが、交換条件として王国の亜人狩りに連れ去られた仲間を取り返して欲しいと頼まれる。
仲間が連行される際にこっそりと跡をつけていたので居場所は分かっているが、戦力がなかったので今まで手が出せないでいたそうだ。さすがはウサギ。ただでは転ばない。
その日は一度王都に戻り、準備を済ませてから救出に向かう。
翌日。
仲間が捕らわれているという施設まで、若いウサギに案内してもらう。
襲撃自体は三度目だろうか。
施設全体にかけられている隠形の魔法だけエステルに解いてもらい、ぱぱっと事を済ませる。
施設の内外に居る兵士や研究者はまとめて牢屋の中へ。捕らえられている亜人は外に運び出し、関係する資料も持ち出せるだけ持ち出す。
施設を巡っているうちにスキルが解ける。
最後に残しておいた用事を済ませるため、施設の地下へ。
長い階段を下りる。
下りきった先にある地下の空間は、そのほとんどが檻として使われていた。
巨大な檻は中央の仕切りで分断され、片側にのみモンスターがたむろしている。
空いているもう片側にエサを置き、仕切りを開閉することで安全にエサをやる、という仕組みであることが見て取れる。
……そのようにして亜人を食べさせていたのだろう。
檻の至る所が赤黒く、皮膚片と一緒に大小様々な体毛がこびり付いている。匂いもひどい。
モンスターに恨みはないが、人の味を覚えた獣はなんとやらなので処分することに。
一度地上に戻ってから、別の階段を使ってもう一度地下へ。
階段を下りきった先には、やはり檻があった。
先程との違いは、地面に魔法陣が描かれていること、そして天井に地上から檻への直通ルートがあること。要するに落とし穴が開いている。当たり前だがそれなりの高さがあるので登って脱出はできない。
檻の中心、すなわち魔法陣の中心には……ウサギの亜人が横たわっていた。
呪術的な衣装を身に纏い、肌には刺青が見える。恐らく彼女が一族の『巫女様』なのだろう。
檻の中の魔法陣と対になるように描かれている、もう一方の魔法陣の中心には……ポーションが並べられていた。
他の亜人と一緒に彼女を連れ出さなかったのはこのためである。
魔法のことはエステルに任せるに限る。
三人を呼んで来て、エステルに魔法陣を調べてもらう。
「……この魔法陣は恐らく、生物から魔力を取り出してポーションに変換するための術式だと思います」
「ポーションは通常、モンスターの魔石……魔力や生命力といったエネルギーの塊から作られますが……この施設ではこの魔法陣を使い、より効率が良い方法で、より大量のポーションを作っていたのではないでしょうか」
言葉を濁しながら所見を述べるエステル。
「ここがそういう場所であるのは理解したが……他の場所で捕らえた亜人をどうやってここまで連れて来るんだ? この周辺で捕まえた亜人はともかく、鉱山とこことでは距離がありすぎる」
マリーが疑問を口にする。
「ポーションにする魔法陣はここだけじゃないのかも。それにこの施設も魔法で隠されてたし」
唸るマリー。
しかし今ここで考えなければならないのは亜人強制収容政策の全容解明ではない。
魔法陣で生命力と魔力を奪われた亜人の身体は、医学的に……魔法生物学的にどういう状態になるのだろうか。
「ポーションを元の人間に飲ませたら元通りにならないかな?」
「生物が持つエネルギーとポーションの中身は全くの別物です。変換は一方的で、元に戻すことはできません」
「それに……自らエネルギーを生み出せなくなってしまった生き物は、二度と……」
聖属性魔法の修練を積み、教団直伝である『その道』の知識を学んだエステルがそう言うのなら、本当にそうなのだろう。
魔法陣の中心に横たわっている巫女の身体に触れる。
まだ少し温かい。
……とても弱いが呼吸もある。耳先の皮膚にもまだ赤みがある。
一か八か。
みんなに施設中にある毛布を集めてもらい、清潔な布と水、それとおっぱい、いや、お尻を用意してもらい……特に手袋と靴下だけは付けたままで居てもらう。
パンツを下ろし、巫女の少女にごめんなさいをして、スキル発動の準備を始める。
抜かずの連発も覚悟したが、幸いにも一発目のスキル発動で呼吸が安定し、身体も熱を持つようになった。
容態が安定しているうちに、道のりを覚えていたエステルの案内で里に戻る。
未だに意識が戻らない巫女を里の人に預けてから、施設での出来事を長に報告する。エステルは念のため巫女に付き添っている。
長は巫女の帰還を一瞬喜んだものの、詳しく事情を話すうちに段々と表情が曇っていった。
後になって聞いた話では、巫女には処女性が必須のものであり、命を救うためとはいえ性交してしまったということは……つまりはそういうことであるらしい。
その上巫女という役割は、素質を持つ女児が生まれた際に、一族発祥の地にある御神木から祝福を受けて授かるものだそうなので……要するに、簡単に代わりを用意できるものではないそうだ。
その日は一晩里にお世話になり、ゆっくり休むことにする。
……休んでいるところを慌てた様子のエステルに叩き起こされる。巫女の容態が急変した。
エステルの話では、人が亡くなった際には先に肉体の活動が停止し、それから魔力の反応が徐々になくなっていくという段階を踏むそうだが……今の巫女はまだ息があるにも関わらず、魔力の反応がどんどん弱くなっているらしい。
このままだとスキルで助ける前の状態に逆戻りしてしまい、その後は……。
気休め程度ではあるが巫女にポーションを飲ませ、再びスキル発動の準備を始める。
「お手伝いします!」
と、胸をはだけ、秘部を露わにし……くねくねし始めるエステル。
それと同時にこちらの色んなところをくにくにして……ビクビクしている身体の様子をクスクスと耳元で囁かれているうちに……あれよあれよとスキルが発動してしまう。
巫女の容態が落ち着いたのを確認して、念のため同じ寝床で夜を明かすことにする。
翌朝。
昨晩のことを長に話すと、しばらくの間巫女を預かってくれないかという提案をされる。
体の良い厄介払いではなく、巫女本人の体調を本気で心配している様子だったので……彼女が健康になった後も、これまで通り里で暮らしていけるよう居場所を作るという条件を出し、引き受ける。
忘れそうになっていたが、本来の目的であるビーノを後日届けてもらうようにして、彼女を背負い王都へ帰る。
その後、ウサギの巫女は王宮で預かることになった。
というのも、一度ならず二度までも生死の境をさまよった影響なのか、意識は無事戻ったものの、精神が幼児まで退行していた。具体的には三才児くらいになっていた。
今はグレイスに仕えるメイド軍団が代わるがわる巫女の相手をしている。
巫女には生前? の知識が残っているようで、言葉を理解しコミュニケーションを取ることもできた。
しかし心は生まれたて相応なのか、常にメイドの誰かに抱き着いたまま一日を過ごしているらしい。
心の成長ばかりは時間に任せるより他ない。
命を救うためとはいえ原因の半分は自分なので、冒険者稼業の合間、可能な限り王宮まで顔を出すようにしていた。
生まれて初めて見た顔は親である理論なのか、何故か彼女にはよく懐かれていた。
「らりーーー!」
駆け寄る勢いのまま抱きつかれる。
体格があまり変わらない上に全力でぶつかってくるので、相手をするのに結構体力を使う。
「……体のどこかが痛いとか、眠れないとかはない?」
「うん! えーっとね」
「あのね、もうだいじょうぶだって、いってた」
「誰が言ってたの?」
「えーっとね、わかんない!」
エステルだろうか?
この王宮に居る誰かにわざわざ言われたのなら、まぁ大丈夫なのだろう。
元気なのが何よりの証拠だった。
王宮に泊まったある日の夜。
そろそろ寝ようとベッドに入ると、誰かのノックが鳴る。
返事をすると、ドアを開けたのは巫女だった。
「……こんばんは」
「こんばんは。君は……話をするのは初めてになるのかな?」
「はい。……あの時は命を救っていただき、ありがとうございます」
丁寧なお辞儀。
とりあえず部屋に入って座ってもらう。
「今の私は……元々の私と言うのでしょうか。目が覚めた時には、私の中にもう一人の……幼い『私』が居ました」
「もしかして、もう一人の君に『大丈夫だ』って言ってあげたのは?」
「はい。私が目覚めた時、身体にある魔力がなくなってしまいそうだったのですが、何故か大丈夫でした」
「それからは魔力が乱れる度に私が安定させていましたが……もう倒れてしまうほどのことはないと思います」
知らない内にそんなことになっていたとは。
……今まで『彼女』のことを一番近くで見守っていたのはメイドたちではなかったようだ。
「もう一人の君は今寝てるの?」
「はい。彼女が寝ている時だけ、私が表に出られるみたいです。二人とも起きていれば、彼女を通じて会話もできると思います」
どうやら身体に深く根付いたのは、幼い方の『彼女』であるらしい。
スキルを発動させた時にもっと注意していなかったことが悔やまれる。
「気になさらないでください。命が助かっただけでも感謝していますから。それに……もう一人の私のことも、妹みたいで可愛いですから」
顔に出ていたところを逆に慰められる。
「ありがとう。……ところで、名前を聞いてもいいかな? いつまでも巫女と呼ぶのはちょっとあれだし」
「私は生まれた時から『巫女』と呼ばれていましたので、名前はありません」
「何て呼べばいい?」
「何と呼んでいただいても構いません」
「うーん……それじゃあ『ミコ』で。もう一人の幼い方は『ミーコ』で」
「はい。分かりました」
背筋を真っすぐに返事をするミコ。
グレイスのおさがりだろうか、可愛らしい花の装飾が付いたネグリジェを着ている。多分メイドに着させられたのだろう。
見た目は亜人なので置いておくとして、里で聞いた話や彼女の口ぶりから、実際は自分と同じか少し下くらいの年齢だと思うが……最初の印象に囚われているのか、どうにもいつも見ている幼い方の『彼女』として見てしまう。
ミコはこちらを向いたまま、命令を待っているかのように動かず、じっとしている。
……何だか急にいたたまれなくなってしまい、ミコの頭を両腕でぎゅっと抱き寄せに行く。
心音を聞かせるように安心させながら、同じリズムで背中をぽーんぽーんと叩く。
「……もう大丈夫だから。ここは亜人に理解がある人の家で、もう誰にも襲われることはないから」
いきなりだったのでびっくりしているのが伝わってくる。
構わず続ける。
「身体のことだって、魔法に詳しい聖女様が居るから大丈夫。里の長にも、ミコが今まで通り里で暮らしていけるように約束してきたから。……いざとなったら、ずっと僕の側に居てもいいから」
「はい……はい……うっ……うぅ……」
強張っていた身体と心が解けていく。
亜人がいくら早熟だとしても、死への恐怖や自分の居場所がなくなることへの不安は同じのはず。
そのまま眠るまで安心させ続ける。
頃合いを見て自分も寝る。
ミコとミーコの保護者になった。
後日。
ポーションの生成施設から持ち出した書類を検める。
そこには予想通り『亜人の入荷量』『ポーションの生産目標』という文字と……生成されたポーションが出荷されていく場所、つまり亜人が姿を変えて行き着く最後の場所が書かれていた。マリーが探していた場所でもある。
「ここにポーションが届けられているのは分かったが……これだけの量を一体何のために?」
いつも疑問を呈しているマリーが今回もつぶやく。
「考えられそうなのは……ある意味ポーションの商売敵と言える『ヒール』を独占してる教団に対して、何かの交渉材料にするためとか? あるいはそこに居る誰かを、ものすっごく回復させてるとか?」
ポーションが行き着く場所が場所なだけに、何とでも考えられる。
「ここで考えてても答えは出ないし、本人まで聞きに行こうか。ビーノもお城に届いたことだし」
マリーと共にグレイスの部屋へ向かう。
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