016. ちゃんぽん

 転生してからまだワインを飲んだことがない。


 この世界にも一応リンゴのような果物の果実酒は存在しているが……あの甘くて酸っぱくて苦くて暗い色をしているお酒をもう一度飲みたい。

 飲みたいと思ったのだから仕方がない。


 というわけで、王宮に到着。

 実はすでにワインの捜索をグレイスに頼んでいて、まさに今日、らしきものが見つかったという連絡が来たのだった。


 浮き足で姫様を探す。


 その途中「王宮の中を勝手に動き回るな」とリタさんに捕まり、グレイスの応接室まで案内される。


 部屋にはグレイスともう一人、イレーヌ嬢の姿があった。

 二人とも難しい顔で金額がどうのと打ち合わせをしている。邪魔にならないよう部屋の隅で待つ。


 室内全ての眉間のシワが解れたので、自分もソファの着席に参加して、リタさんも甘いものを持って来て……待ちに待ったワインの報告を聞く。


 この王都に流通している物品は、そのほとんどが中央の商会によって管理されている。

 そしてその商会を通じて調べた限りでは、確かに、ブドウと同じ特徴を持つ果物はこの世界にも存在していて、それが原料であるお酒も作られているらしい。

 ただ、この国でワインを手にするルートは非常に限られており、現実的な手段だと、数か月に一度王都にやって来る亜人から仕入れるより他ないそうだ。


 しかしそこはロイヤルコネクション。

 すでにその亜人と繋がりがある商人は押さえ済みであり、幸運なことに数本であれば件のお酒の在庫もある、とのことだった。



「こちらがその果実酒でございます」


 瓶を取り出すグレイス。

 グラスに注ぎ、三人で頂く。


「……独特の渋みがあるね」


「熟成の長さに比例して渋みが強くなるそうです。元の果実は甘酸っぱいそうですよ」


 イレーヌ嬢の方に目をやる。

 ジュースのようにグビグビ飲んでいる。……まぁここは日本でも地球でもないし。飲み過ぎないようにだけ注意して見ておこう。


「前に飲んだ別の果実酒もほとんど透明だったけど、これには色が付いてる種類もあるの?」

「はい。今回のこれは皮を剥いた果実のみで作られたものです。皮と一緒にする場合はお酒の色も皮の赤になります。その場合はもっと渋い味になるそうです。皮が赤くない品種もあるそうですよ」

「私はにがくないのがいいー」


 イレーヌ嬢が二杯目を飲み干していた。

 これ以上飲ませないようグラスを遠ざける。


「ちょっとー、なーんでそっちにやるのよー」

「……このお酒に合う食べ物とか、こういう場合によく飲まれている、みたいなのはあるの?」

「流通する本数自体が少ない珍しいお酒ですから、例えば……」


 突然イレーヌ嬢に持ち上げられ、膝の上に座らされる。


「……私を助けてくれて、本当にありがとね。……あの時のラリー君、ほんとにかっこよかったんだから」


 後ろから顔をのぞきこみ、甘い息と声で感謝をささやく。

 頬にイレーヌ嬢の髪が触れる。


「……うっぷ」


「……! リタさん! リタさぁん!」


 叫ぶのが先か、あっという間に退場させられていくイレーヌ嬢。

 自分の服もそうだが、イレーヌ嬢の尊厳もギリギリのところで守られたようでよかった。



 部屋にグレイスと二人きりになる。


「……先ほどの説明の続きですが」


 隣に腰掛けるグレイス。


「元々お酒とは、人の正気を失わせるためのものですが……これには特にそういった効果があるそうですよ」


 左腕を取られ、肩に頭を乗せられる。


「ですから、こういうときに……そういうことをする前に、よく飲まれているそうです」


 生温かい吐息が顔を紅くする。


 視界が互いでいっぱいになっていく。


「……姫様。今日は少々お酒を多く召し上がっていますので……」


「……あ、ああ! そう、そうでしたわ! ……非常に名残惜しいのですがラリー様、私も今日はこれで……」


 そそくさと部屋を後にする二人。


 そうして残される一人。


 ……もう一つの目的であった、スキルの検証で孤独を紛らわせることにする。



 以前から気になっていた『二種類以上のお酒を飲んでスキルを発動するとどうなるのか』について調べる。


 過去にしたちゃんぽんの結果と照らし合わせて、なんとなく分かったのが次の三つ。


 ・ちゃんぽんした酒の度数の分だけ、スキルの効果が倍々になる。倍々になるのは三種類まで

 ・飲む前に混ぜていても倍々になる。ただし度数が低い酒ほど量が必要になる

 ・その場合、名前を知らない酒が一つでも混ざると、その酒の名前を知るまでスキルが発動しない


 検証が終わる頃には、メイドたちが働き始める時間になっていた。



 寝ずの翌朝。


 一度水場へ行き顔を洗う。


 応接室に戻ると、グレイスとイレーヌ嬢の両名が申し訳なさそうに立っていた。


 昨晩一人っきりにされたけど別に拗ねてないですよーアピールも程ほどにして、少し気になっていたことをたずねる。


「……それはもう気にしてないんだけど、グレイスはお酒だめだった?」


 両肩を跳ねさせる姫様。


「いえ、そういう訳ではないのですが……」


 よそ行きの声でオロオロしている。


 可愛いのでもう少し見ていたい。


「殿方と一緒にお酒を頂くのは初めてでしたので……いえ、以前にも要人の方との会食でそのような機会はあったのですが、今回はその、ラリー様とでしたので……その後のことを考えると、その、不都合がありますというか……」

「不都合?」

「いえ、その、何と言ったら良いのでしょうか……」


 別に酒癖が悪いようには見えなかったが……何だろう?


「……姫様。本日もイレーヌ様と打ち合わせの続きがございますので、そろそろ……」


 またしてもリタさんに連れて行かれてしまう。

 まぁグレイスが話したくなったときでいいか。


 王宮を出た後、お酒が徐々に抜けていくのと同時に猛烈な眠気に襲われたので、宿屋で二度寝を決め込む。

 


 後日。


 件の商人が居る商会本部へ。

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