015. 跡取り娘イレーヌ

 王都を出発して四人で港町に向かう。


 中途半端に急いだせいか、港町に到着した頃には深夜と言ってもいい時間になっていた。


 ギルド一階の窓から、まだ灯りが漏れているのを見つける。こんな夜遅くまで一体何を?

 扉を開くのと同時に目に飛び込んできたのは――机上に積み上げられた大量の書類と、それらに包囲されている二人のミノタウロス。

 忙しそうな二人に代わり、床に散らばっているものを拾い上げていく。『作物の被害状況』『人員不足についての申し入れ』『ギルドの運営状況改善の決議案』……。


 再会の挨拶が一通り済んだ後、ギルド長が女性陣を寝室に行くように促す。

 残った男二人で紙を束にしていきながら、ギルドの現状について話を聞く。


 曰く、一番の問題は出資元である領主や商会との関係の悪化であるらしい。

 前世でよくある話風に例えると……銀行から突然融資を打ち切られ、やむなく闇金から金を引っ張ってきたものの、いよいよ首が回らなくなってしまい、終いには借金のカタに娘と店の看板をよこせ……という孫請けの小さな町工場のようになっているそうだ。


 作業が一区切りついたので、三人が寝ている部屋に戻る。


「……ラリー様?」


 エステルがまだ起きていた。


「お話は済んだのですか?」

「うん。……町に着いたばかりで悪いけど、明日も朝から出かけるつもりだから。今日はもうゆっくり休んでていいよ」

「そうですか。それではラリー様、おやすみなさい」

「おやすみ、エステル」


 明日に備えてさっさとベッドに入る。



 翌朝。

 一体どこで聞いたのか「ねぇねぇ結婚するの? 子作りするの?」と、受付に居たイレーヌ嬢に突撃するスイレンを静かにさせる。

 イレーヌ嬢は「気にしないでください」と言ってくれたが……彼女の表情は気にしていない様子ではなかった。


 その後、足早に港町を出て山賊のアジトに向かう。

 昨日の夜の話では、赤豚の時と同じ場所にあるらしい。


「どうして町を出るのにこっそりするの?」


 反省も兼ねて馬車の中でこっそりしたままのスイレンに問われる。


「ちょっと気になることがあって。念のために」


「気になること?」


 前世で有名だった探偵の言葉を思い出す。


「……いいかいスイレン。この世で『たまたま』が重なってもいいのは二回までなんだ」

「たまたまギルドの本部周辺で活動する山賊が現れ、討伐したと思ったらたまたま同じ場所にまた山賊が現れ、たまたまこのタイミングで領主がギルドへの融資を打ち切り、たまたまお金を引っ張ってきた商会が高い利息を吹っ掛けて弱ったギルドを乗っ取ろうとしている」

「それだけじゃないよ。……昨日の夜見たあの書類の量。もしもあれらの問い合わせが全部、ギルドの運営リソースを意図的に浪費させるためのものだとしたら……」


 この世界にもDDoSやF5攻撃があったのかと感心する一方、周辺の自治体を動かすことができる人間がそれをやっているという状況は笑えない。


「なんでそんな回りくどいことするの? 直接ギルドを横取りしちゃえばいいのに」

「表向きは今のままにしておきたいのかもね。後ろで悪いことをするために」

「悪いこと?」

「例えば……山賊に町を襲わせて、ギルドで山賊を追い払って、町から報酬を貰う、みたいなのが無限にできる」

「うわぁ……悪いねぇ」

「うん。それとも本当に欲しいのはギルドじゃなくてイレーヌ嬢の方なのかも」

「イレーヌは結婚するの嫌がってたみたいだし、相手がよっぽどハゲてたんだろうねぇ」


 二日かけてアジトの山に到着する。


 二度目とはいえ、以前にも増してアジトが要塞化していたり、背景に誰が居るのかを聞き出さなければならなかったりと、それなりに苦戦する覚悟で事に臨んだが……そんなに難しいことはなかった。


 ぐるぐる巻きにした山賊たちを整列させ、同じく特にぐるぐる巻きにしたボスをよく見える位置に転がす。

 ボスの口から「俺たちは死んでも依頼人の名前は出さない」という証言をいただいたので、なるべく長く時間をかけて、ボスと首とに泣き別れてもらう。

 彼のたくましい断面図のおかげで、下っ端の口からすぐに領主の名前が出てきた。


 身体に付いた血を拭ったり、首を入れる木箱を見つけたり、『ボス』の方を燃やしたり、墓標にする剣を見繕ったりしていると……あることに気が付く。


 アジトの入り口で待機していた三人を呼ぶ。


「スイレン、ちょっと。……これを見てくれる?」


「なになに?」


 手元にある予備の剣と、たった今アジトから持ってきた剣の両方を渡して見せる。


「……同じ剣に見えるねぇ。分解していい?」


 返事が先か、柄の部分をバラし始める。


「……目釘の斜の付け方が同じだね。両方とも七回……いや八回かけて削り出してる。腐り止めの薬も……同じ匂いだね」


 片方の剣を手に取るマリー。


「持ち手の作りも同じだな。安価な量産品と違い、柄の最後まで鉄がたっぷりと通っている」


 この予備の剣は以前赤豚を討伐した時、まさにこの場所で手に入れたものである。

 そしてもう一方の剣、今回山賊が持っていたものは……ぐるぐる巻き曰く、依頼主から支給されたものだそうだ。

 なんとご丁寧に印章まで付いているので、出処を辿ればギルドに融資しているという商会に行き着くだろう。


 山賊の後処理はギルドに任せるとして、三人には報告のため先に港町まで戻ってもらう。

 自分はスキルを使い一足で王都に向かう。


 王都で済ませる用事は二つ。

 一つはグレイス王女直々の資金援助の確約。

 もう一つは親衛隊隊長、つまり自分とイレーヌ嬢の仮初めの結婚報告を全国のギルドへ通達すること。


 用事を済ませ、偽装結婚報告が届くよりも早く港町に戻る。


 領主をおびき出すためのこれらの策に、ギルド長は即座に乗ってくれた。先にスイレンたちから話を聞いていたのが大きかったのだろう。

 ただしイレーヌ嬢との結婚については少し誤解を解く必要があったが。……やはりあの時も婿入りさせようとしていたようだ。


 数日後。

 王女の権限と全国ギルドへの通達が効いたのか、こちらが音頭を取るまでもなく、領主と商会の人間を含めた五人での会談の場が設けられることになった。



 会談前日の夜。

 ギルドの食堂で焼酎をひっかけていると、イレーヌ嬢に声を掛けられる。


「……初めて会った時はあんなに初々しかったのに。お父さんでもこんな夜遅くに一人でお酒なんか飲んでませんよ」


「自分がどれくらい飲むと酔うのか、ちょっと気になっちゃって」


 正面の席に座るイレーヌ嬢。


「仕事以外で話をするのは初めてだっけ?」


「そうですね。ラリー君と会うのはどこかに出かけて行くときか、すごく疲れて帰って来たときか、ここでご飯を食べているときか……そのどれかでしたから」


 夫婦だったら離婚まで秒読み段階である。気を付けないと。


「受付という仕事をしている以上、多くの人とお話をする機会はあっても、一人の人に深く立ち入ることはないですから」

「ギルドの仕事は嫌い?」

「そんなことはないです。冒険者の皆さんを応援できて、町に住む人々の安全にも貢献できる。私は、この仕事が大好きです」

「ですから、この仕事を続けるためにも、ギルドが存続するためにも、名前も知らない方と結婚するのは……それは仕方のないことです」


 ギルド長は、その結婚相手が自分であることをまだ伝えていないようだ。

 ……明日分かることだし、今言わなくてもいいか。


「明日は朝から人が来るみたいだけど、まだ寝なくていいの?」

「そうですね。今日はもう寝ようと思います。おやすみなさい。ラリー君」

「おやすみ」


 お酒も良い感じに回ってきたので、明日に備えて寝ることにする。



 翌朝。


 しまった。寝坊した。


 すでに領主と商会の人間は到着しており、後は親衛隊である自分が来るのを待っているだけという状況だった。

 グレイスから受け取った礼服に急いで身を包み、四人が待つ部屋に入る。


「……遅くなりました。王女グレイシスの代理として、そしてイレーヌ嬢の婚約者として参上いたしました。王女グレイシスの親衛隊隊長、ラリーと申します」


「……え? ……なんでここにラリー君が?」


 受付嬢はいつものイレーヌ嬢の姿ではなく、かしこまったドレスを身に纏っていた。


「黙っていてすみません。それと、この姿では初めまして。この度グレン殿が長のギルドとご縁を結ぶことになりました、ラリーです」


「あ……」


 結婚の二文字が頭を過ったのか、紅くなった顔を背けてしまう。



 領主の低い咳払いに促され、話を本題に戻す。


 目の前に座っている領主と商会の代表であるという初老の男性二人に、今回の結婚と資金援助は王女の意思の下に決定された、王女公認のものであることを改めて告げる。


「そうそう、それともう一つ。……領主殿、王都へ向かう準備はお済みになられましたか?」

「……何のことでしょう?」

「言葉が足りませんでした。……あなたが山賊を使って周辺の町村を荒らし、商会と結託してギルドを乗っ取ろうとしたことについて、中央に赴き弁明する準備はできていますか?」


 眉一つ動かさない領主。……これは手強そうだ。


「先ほども申し上げた通り、ギルドを乗っ取ろうとするあなた方の企みは潰させていただきました」

「別にそれ自体は悪事ではないのかもしれませんが……悪人の手に渡るには、少々大き過ぎるものではありますから」

「ギルドへの融資を打ち切った際、新たな融資元としてそちらの商会を紹介したのは領主殿、あなたで間違いありませんね?」

「昨日捕らえた山賊の武器の出所を辿れば、あなたの隣に居る方に行き着くのも時間の問題でしょう」

「取り調べの方も順調に進んでいるそうですから、あなたの山賊へ関与が明るみになるのも……やっぱり時間の問題だと思います」


「……何か言い残すことはありますか?」


 領主がゆっくりと口を開く。


「……グレイシス王女の親衛隊の方でしたかな? 全く、おかしなことを仰りなさる」


「私は、先祖代々国王からこの地を治める命を賜った一族、その三代目領主でございます。この地の平和を乱すような、そのようなことをするはずがありません」


 余裕の態度は上に立つ者の自信の現れなのか。


「山賊たちの証言は嘘であると?」


「私が十八の時にこの領地を任されてから四十余年、当然、私の名前を知っている者も多いことでしょう」


 質問を変える。


「……貴方が領主の立場であるなら尚更、このギルドが担っている責務の重さは十分にご存知のはずです。山賊への対処が必要な状況下で、何故資金を引き揚げるようなことを?」

「重要であるからこそ、無能な経営者の首を挿げ替えるのは当然のことなのでは?」

「あなたが山賊を差し向けたり、不要な作業で職員の業務を圧迫しなければ、ギルドの運営が苦しくなることもなかったのでは?」

「山賊共が勝手に私の名前を出しているだけだ、と申したのはあなたの方ではありませんか」


 面の皮が厚すぎる。


「何度も申しておりますが……領主であるこの私が、自分の首を絞めるような、そんな真似をするはずがないでしょう」


「……ですが万が一、私の部下やその関係者にそのようなことをする者が出てしまったのであれば……身柄の引き渡しに躊躇うことはありませんが」


 しっぽを切る準備もバッチリということか。



 これが、『実は全部、魔王の脅威から世界を救うために必要なことでしたー!』というのであれば、自分も黙っていよう。

 まぁ十中八九、周りの人間と共存できるだけのモラルがない、そもそもそのつもりがない私利私欲が全ての人間なだけだと思うが。


 ふとイレーヌ嬢の話を思い出す。

 前回の赤豚の時はそれなりの数の犠牲者や被害が出た。

 このまま証拠をつかむまで領主を放置したとして……次はスイレンが、マリーが、エステルが、そしてグレイスが、そうなってしまう番かもしれない。


 そう考えるとすぐに結論が出た。


「……そういうルールでいいんだな?」

「ルール? 何の話でしょうか?」

「あなたとそちらの代表殿はここを出た後、周りに誰も居ないところを悪漢に襲われ、それから永遠に行方不明になった、ということです」


 酔い始めてから三十分ほどだろうか。

 スイレンが蒸留する焼酎はその精度が上がり、会談前に飲んだものはアルコール度数が七十度を越えていた。


 瓶のラベルを見る。

 自信のある文字で『小人がよく眠れるおいしいお酒』という意味の言葉が書いてあった。


 目の前の人間は小人でもなければ、おいしいお酒を味わったわけでもない。

 しかし大切な隣人が平穏な毎日を送るために、剣の墓標の下で共に眠ってもらうことにする。



 一週間ほどだろうか。

 これまでで一番長い時間を一人で過ごす。


 スキルが切れ応接室に顔を出すと、自分の帰りを待っていたように二人がソファに座っていた。


「……終わりました」


「……」


 ギルド長が静かに頷く。


「結局、力づくで解決してしまって……」

「いや、君がやらなければ私がしていたでしょう。……改めて礼を言います。ありがとう、ラリー君」

「いえいえそんな……。こちらこそ協力していただいてありがとうございます」


 イレーヌ嬢が何か言いたそうな顔をしている。


「そういえば……イレーヌ嬢との結婚の件なんですが」

「ああ、そうでしたそうでした。お連れの方たちとはまだ式を挙げていらっしゃらないんですよね? でしたら……イレーヌも一緒に四人でどうでしょう?」

「いえ、それはあくまで領主をここに誘き出すための方便であって、実際に結婚はしない、という話でしたよね?」

「……ああ、あまり大げさにするのがお嫌いなのでしたら、披露宴は身内だけの少人数で行いましょうか?」

「だからそうではなく」


 話が通じない。


 本人に聞く。


「イレーヌ嬢も、する必要がないと分かった今、僕と結婚しようとは思ってないでしょう?」

「私は、結婚とか、そういうのは、まだよく分かりません。……ただ」

「ただ……可愛い弟だと思っていた男の子が、いつのまにか騎士様になって、颯爽と私の前に現れた時は……かっこいいと思いました」

「イレーヌ嬢」


 ポッと顔を逸らされる。


「……どちらにせよ、ギルドの運営が軌道に乗るまでの間は、ラリー君には婚約者として居てくれた方が都合が良いでしょう」


 今さら真面目な顔をして合理的な提案をしてくる。


「どうしても気が進まないのであれば、イレーヌが純人種で言うところの成人になるまで……十五を迎えるまで保留にするのはいかがでしょうか?」


 ……十五歳になるまで?


「イレーヌ嬢。今おいくつで?」


「生まれてから何年経っているのか、ということを仰っているのでしたら、八年です」


 ギルドの受付嬢という職業に就いてから八年なら納得できるが……。


「いつもは事務作業ばかりさせていますが、この子は戦闘能力も高いですよ。実力だけなら私と同じBランク相当です」


 誇らしげに大きな胸を張るイレーヌ嬢。


「……良い機会です、イレーヌ。今度こそラリー君に付いて行きなさい。そして、ラリー君の良き妻となるために、御三方をよく見て学んで来なさい」


「せめて王女様との出資の打ち合わせと、ギルドの後任への引継ぎが済んでからにしてください」


 イレーヌ嬢が見習い妻? になった。

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