014. 第一王女アルジーヌ・イル・グレイシス

 教団の町を出発した後、エステルの勧めで王都に向かう。

 曰く、念のため建前だけでも聖女様出立の意図を王国に伝えておいた方が良いらしい。


 道らしい道を進んで二日ほどで王都に到着。


 すでに情報を掴んでいたのか、都の正門で王国の紋章を持つ人間に出迎えられる。

 用があるのは聖女様だけだと言うので、後に宿屋で落ち合うことにして、一旦エステルと別れる。


 エステルを見送った後、手続きを済ませてようやく門の中へ。

 首都というだけのことはあり、とにかく人が多い。店も住民もやかましいほど活気がある。はぐれないようスイレンと手をつないでおく。


 聖女様を町娘にするための服や装備を購入しつつ、さっそく情報収集にあたる。



 夕方。

 先に宿屋に着いていたエステルと合流し、買ってきた服を試着しながら互いに不在だった時間を共有する。


 王都については気になる話題は何もなかったが、この国の姫様については色々と面白い話を聞くことができた。


 まず一つ目が浪費散財癖。

 庶民の生活によっぽど関心があるのか、自ら下町に繰り出しては、ちょっとでも気になるものがあると根こそぎ購入していくらしい。

 警備の関係上、姫様のお出かけの際には王宮から目的地までの路が整備されることになる。

 そのようにして綺麗になった通りは『プリンセス・ロード』と呼ばれ、地域の住民にも親しまれているんだとか。そんな第一、第二、第三王女通りがいくつも存在するらしい。


 二つ目はいわゆるブラザー・コンプレックスであること。

 先代女王の夫である現在の王には、件の姫様の他にもう一人、彼女の三つ年上であるカールという息子がいる。

 数年前にカール王子が王族の実務を担うようになってから、国賓の出迎えや他国への訪問など、場所や時間を問わず常に王子に付いて回っては、会う人会う人に自分の兄がいかに出来た人物であるかを自慢しているらしい。相手が女性の場合は牽制しているらしい。

 姫様がまだ幼かった頃、先三年分の学問を修めて兄の留学先に飛び級しようと企んでいたが、実際に転入する段階になって警備上の理由で断念させられたという話もある。


 そして三つ目。

 現在、姫直属の騎士団を設立するべく、闘技場で選抜大会が行われているらしい。

 表向きは普通の人材募集に見えるがその実、かつて兄の留学に付いて行けなかったことに対する姫様なりの当てつけなのでは、という噂もある。


 町で聞いた話はこれくらいにして、今度はエプロン頭巾の看板娘に変身したエステルの話を聞く。

 と言っても、城では礼儀作法としての挨拶があったくらいで、しかも出迎えたのは王様ではなくカール王子だったそうだ。王様の居場所は実務が云々とはぐらかされたらしい。


 話が終わり夜も更けてきたので寝ることにする。……が、どの部屋で誰と寝るかで皆が揉め始めた。


 これまではツインを一部屋借りてベッド一つをマリーが、もう一つを身体が小さいスイレンと自分とで使っていた。

 今日泊まる宿には大部屋がなかったので、聖女様と一応護衛としてマリーを同室に、もう一部屋に自分とスイレンが、という部屋割りにしようとしたが……昼間は自分だけラリー様と別々だったのにとエステルが駄々をこね、ベッドに一人じゃ落ち着かないとスイレンが言い出し、部屋に一人では寂しいとマリーが便乗し始め……。

 最終的に「じゃあ僕は床で寝るね!」という一言が決め手になり、結局今夜は最初の部屋割りで、明日以降は一人ずつ組み合わせを変えて宿泊することになった。やっと寝られる……。



 翌日。

 人材募集をしている闘技場へ見学に行く。

 観客席が高い位置にある、いわゆるコロシアムのような施設だが……仮に昔からあるものだとして、当時は何に使っていたんだろうか? 再利用されたにしては真新しく見える。まさか今回のこれだけのために……?


 レフト側の応援席に入る。ちょうど魔法使い同士の試合が始まるところだった。

 炎が舞い水が舞い……そんな位置に炎を発生させることができるのか――水がその場に留まっているのは風魔法との組み合わせなんだろうか――いずれ自分にもできるようになるんだろうか……などと考えながら観戦する。

 三人も「炎と留まる水にさえ注意すれば……」「あの程度の速さなら先に首を……」「きれいだねー」と楽しんでいる。


 試合は魔法使いの勝利に終わった。

 身体を伸ばすついでに辺りを見回す。

 ここよりも一段高い場所にある、VIPシートに人影が見える。年間パス所持者だろうか。


 次の試合が始まる。

 今度は剣と斧との白兵戦だった。

 三人は「剣の動きも悪くはないが……斧が崩れないな。良い動きだ」「あの程度の速さなら先に首を……」「見て見て! どっちもハゲてる! あっはっは!」と試合に熱中している。


「……もしもし?」


 ハゲの動きに疲れが見え始めた頃、後ろから不意に声をかけられる。


 振り返ると、先ほどVIPシートで見かけた女性が立っていた。


「初めまして。私はアルジーヌ王国第一王女、アルジーヌ・イル・グレイシスと申します」


「……初めまして。僕はラリーと言います。冒険者をしています」


 彼女が姫様だったのか。



 それにしても……日傘こそ差しているものの、豪華なドレスに散りばめられている装飾品が太陽光を乱反射しまくっていて眩しい。自爆直前みたいになっている。


「急に声をかけて驚かせてしまったらごめんなさい。……ただ、三人も、そちらの方たちを連れていらっしゃるのが珍しかったものですから」

「はい。Cランクではありますが冒険者としてはまだまだ駆け出しですので……皆に守ってもらってばかりです」

「あらまぁ、Cランクなのですね。この大会を開く際に調べたので私も知っています。その若さでもうCランクになられたなんて……お強いのですね」

「ありがとうございます」


 淑女に真っすぐ褒められるのは中々こそばゆい。


「ところで……そちらはサーリー教聖女、エステル様では?」

「はい。――お会いするのは感謝祭以来でしょうか。先日はお兄様のカール王子にご挨拶させていただきました」

「毎回手間を取らせてしまってごめんなさいね。会食の日程がもう少しずれていたら、こちらからお伺いしたのですが……」

「いえいえ、急に訪問したのは私の方ですから……」


 しばしの間、ママ友の世間話に待たされる子供の気分を味わう。


「……ラリー様はもう、この町を見て回られましたか?」


 不意に話を振られる。


「ああ、はい。お店にも人にも活気があって、良い町ですね」

「あらあら、ありがとうございます。何か不便がございましたら何時でも仰ってくださいね」

「ありがとうございます。……そうですね、不便と言いますか、この町には武器というか、鉄や革の製品が少ないように見えますが……生産に何かあったのですか?」


 一瞬だけ表情が読めなくなる姫様。


「……このところは大会に参加される方が増えてきていらっしゃいますから、そのせいかもしれませんね」


 すぐに笑顔の仮面になる。


「何かご入用でしたら……私物からではありますが、融通いたしましょうか?」


「いえいえ、お心遣い痛み入ります」


 姫様時間です、と従者。


「分かりました。……ああ、それと」

「それと、私のことは今後、グレイスとお呼びくださいませ。それではラリー様、ごきげんよう」

「はい、グレイス姫。ごきげんよう」


 その後、夕方まで適当に時間を潰して宿に戻る。



 一目惚れだった。


 前世の頃から薄桃色には弱かった。

 それが現実に、目の前に、見目麗しい女性として現れたのである。

 心が「彼女を手に入れろ!」と言っている。告白しなかったら嘘である。


 しかし、その前にすべきことがある。気持ちの整理というか、責任の果たし方を明確にするというか。


 同じ日の夜。

 三人に話があると言い集まってもらう。


「……大会に参加しようと思う」

「騎士を目指すのか? まぁ、冒険者よりは安定している職業だろうし、良いんじゃないか?」

「治療が必要なときは任せてください」

「騎士になってどうするの?」


「騎士になって……グレイス姫に告白しようと思う」


 ソワソワし始めるマリー、感情が無になるエステル、へーという顔のスイレン。


「それで……その前に、三人とのことにも、けじめを付けようと思って」


 深呼吸する。


「スイレン、マリー、エステル。……みんなが嫌じゃなかったら、三人とも僕の妻になって欲しい」


 別の意味でソワソワし始めるマリー、再起動するエステル、「いいよ」と返事をするスイレン。


「明後日の夜に返事を聞くから。それまで考えておいてください」


 それまでは自由行動だから、と言い残して部屋を去る。

 恥ずかしくてこれ以上、みんなと同じ部屋に居られなかった。



 二日後の夜。同じ部屋に集まってもらう。


 言い出しっぺの自分が最初に口を開く。


「……僕は、小人や獣人の生活文化に詳しくないし、そもそも誰かと夫婦になったこともないし……そうでなくても、みんなと一緒に居た時間はそんなに長くなかったと思うし……」


 考えていたことが頭から抜けていく。


「それでも、グレイス姫と結婚したいから、じゃあ三人とは責任を果たした後は距離を置くのかというと……うん。これは僕のワガママだ」


 一度大きく深呼吸をして、後は勢いに任せる。


「グレイス姫が欲しい! でも三人とも一緒に居たい! 出会ったのは三人が先だから、先に三人とも僕の妻になって欲しい!」


「スイレン! マリアンヌ! エステル! 君たちを僕に下さい!」


 恥ずかしさで顔を上げられない。


 最初に口を開いたのはエステルだった。


「……私は、ラリー様のお傍に居られるのでしたら、喜んでこの身を差し上げます」


 こちらの両手を取り、潤んだ瞳で真っすぐ見つめてくる。


「今の私は一族を離れた、ただの一人のミノタウロスだ。だから、私を……欲しいと言うのなら……あなたのものになろう」


 そう言って顔を真っ赤にしながら俯くマリー。


「夫婦になるってことは子作りするんだよね? いいよ。夫婦になっても。いっぱい子作りしてくれるんでしょ?」


 子作りのことしか頭にないスイレン。



 胸のドキドキが収まらない。


 結婚とは勢いでするものと聞いていたが、まさにその通りだった。



 恥ずかしいのやら幸せなのやら。

 濃い桃色の時間が流れる。


「……それじゃあ、しよっか? ああそうか、みんな夫婦だから三人一緒にできるね」


 何かを言い出すスイレン。


「……ちゃんとするのは初めてですが、手筈は知っています。……たくさん気持ち良くしてさしあげますね」


 そう言って丁寧にこちらの服を脱がし始めるエステル。


「……」


 無言で腕を取り、胸を押し付けてくるマリー。



 翌朝。

 今言えることは、若い身体はやっぱり元気だった。



 浮ついた気分も落ち着き、次の日。

 選手登録を済ませるために闘技場へ向かう。


 試験だというモンスターを倒して参加資格をゲット。大会ルールの説明を聞く。


 大会の期間は約三か月間。試合は参加者総当たりの形で行われ、勝率が高い上位のグループが直属の部隊として採用される。それ以下であっても一定人数は予備戦力として採用されるらしい。

 試合は会場に空きがあり相手さえ居れば一日に何試合でもすることができる。

 が、今日は説明を聞くだけにして、一旦ギルドに戻る。


 用事を済ませた後、マリーと一緒に近くの森の中へ。



 この世界に来てから、モンスターとの戦いは専らマリーに任せてきた。

 そして強敵と戦うときはDrunk Monkeyを発動し適当に片付けていたので……実は武器の正しい使い方というものを知らずにここまで来ていた。


 そんなわけで、今日は剣士としての身体の使い方をマリーに習う。


「……相手の得物が剣だった場合、切られる可能性があるのは、こちらがミスをしたときだけだ」

「剣はリーチが短く、不意の一撃が飛んでくる可能性も低い。よって時間をかけて相手の疲労させた上で、相手のミスに合わせて攻撃すればいい。逆の場合はどうすればいいのか……分かるな?」

「特に注意が必要なのは相手が槍だった場合。リーチが長く穂先も速い。距離があっても投擲で不意を突かれるかもしれない。投擲の後も素手になったように見えて二つ目の武器を隠し持っているかもしれない」


 そういうときはこう! というマリー先生の指導を受ける。



 自分の身体に合った長さの剣を選んだつもりだったが、しばらく振っていると腕が上がらなくなってくる。


「ちゃんとできてるじゃないか。……以前私に一撃を入れただけのことはある」


「あれはスキルを使ってたし、マリーだって洗脳されてたでしょ?」


 息を整えながら返事をする。


「ん? 覚えてるんだね、その時のこと。……そういえばスイレンも何となく覚えてるって言ってたけど」


 何故か顔を赤くしてそっぽ向いてしまうマリー。

 ……ああ、洗脳されている時を覚えているということはつまり、解いた時もそういうことで……。


「……そうそう、マリーに渡すものがあるんだった。これをどうぞ」


 ここへ来る前に受け取っていたギルドカードを渡す。


「鉱山を出てから作る機会が中々なかったから。遅くなったけどパーティーとして、これからもよろしくね」

「あ、ああ。よろしく」

「それとこれも」


 王都に来た初日に買っておいた腕輪をプレゼントする。


「夫婦としても、よろしくね」


「あ……うん」


 野生児のスイレンや、ラリー教の信者と化したエステルと比べて、三人の中では一番乙女なマリー。

 嫁にするからには特に可愛がらねば。


「……ところでマリー先生! 相手が槍と短剣を持っている場合、どうやって戦えばいいんでしょうか?」

「ああ、ええっと、ラリーの武器は剣だったな。……剣で槍を相手にする場合、まずは槍が届かないギリギリの間合いで相手の体勢を崩すことを狙う」

「早く終わらせようとして懐に飛び込むのはダメだ。常に一定の間合いを保って隙を見つつ、相手が仕掛けてくるのを待つべきだな」


 さすがは戦闘民族元族長。経験が服を着て講義している。


「それじゃあ相手が槍と剣を持っている場合はどうしたらいいんでしょうか?」

「槍と剣か? 見たことがない組み合わせだが……うーん」

「相手が剣くらい短い槍と、槍ほど長い剣を持っている場合はどうしたらいいんでしょうか?」

「短い槍と……長い剣?」

「右手は素手で、左手に短い剣と長い槍を一緒に持っていた場合は?」

「剣と……長い槍……」

「長い剣のような槍と、短い槍のような剣を、右手と左手で交互に持ち換えながら戦う相手にはどうしたらいいんでしょうか?」

「あー……えーっと」


 固まってしまった。


 ごめんごめんと平謝りして、その日はもう宿に戻る。



 翌日。

 今日から本格的に大会に参加していく。


 度数の低いお酒で試合と会話を両立し成立させていく。


 そんな酒浸りな日々がしばらく続いたある日、視察に来ていたグレイス姫に話しかけられる。


「ごきげんよう、ラリー様」


 以前会った時に着ていた重そうなドレスとは違い、今日はブレザータイプのフォーマルなものを身に纏っている。

 自分とそう変わらない年齢にしては高めの身長と、健康的に長い脚がタイトなスカートと合わさって百二十点満点である。


「……うふふ。本日の試合、観覧させていただきましたわ。最近負け知らずで勝ち続けている、若い冒険者の噂を聞いてやって来たのですが……やっぱり、お強い殿方は女性に目がないものなのですね」

「お綺麗なドレスでしたので、つい見とれてしまいました」

「あらあら、綺麗なのはドレスだけですか?」


 三人が居ないときでよかった。

 ……プロポーズするならこのタイミングしかないだろう。


「……グレイス姫。一つお願いがあるのですが、聞いていただけないでしょうか」


 構える従者と、それを制止する姫。


「私のできる範囲のことでしたら。……何でしょう?」


「僕がこの大会で一番になって、姫様直属の親衛隊に選ばれたら……僕と結婚していただけませんか?」


 あらまぁうふふと王族の鉄仮面に手を添える姫様。


「ラリー様。あなたはまだお若いですわ。その若さと強さで、いつの日か偉業を成し遂げられることを、私は心より信じていますわ」


 丁寧にお祈りされる。


「……任命式でもう一度言います。そのときに返事を聞かせてください」


 軽く会釈をして去っていく姫様。


 今日からは勝ち続けることだけに集中する。



 それからさらに数日後。

 連勝に連勝を重ね、とうとう上位集団にまで食い込む。


 この上位集団、そのほとんどが家督を継がない継げない次男以下である貴族の坊ちゃんで構成されており、金で兵を雇っているぼんぼんと、就職活動として参加している武芸を修めた苦労人の二種類が存在する。自分のような無所属新人は一人も居ない。

 どうして無所属の新人が誰ひとりとして擁立されていないのかというと――現在の自分のように『取り入れられないなら、殺してしまえ、なんとやら』なパーティー、いわゆる宴会に招待されてしまうからだろう。


 パーティー会場が闘技場から離れた場所にあるのは、翌日にある自分との試合を不戦敗にしてやろうという魂胆なのか。

 不戦敗は順位が大きく下がるルールも、彼らが金の力でねじ込んだのだろう。


 パーティー、いわゆる仲間である三人に危害が及ぶと困るので、四人一緒で出席することに。


 食事への毒物混入はエステルの魔法で、寝込みを狙った夜襲はスキルで待ち伏せして、それぞれ対処する。

 まだ酔いが残っている内に三人を担いで王都まで戻り、安全な宿屋のベッドで明日を迎える。

 一応、招かれた者の礼儀として「楽しかったです。また呼んでくださいね」と書き置いておく。


 後日。

 坊ちゃん連合構成員との初試合。


 相手は三人の私兵を前衛に置いた四人のパーティー。

 こちらは大会に参加した時から一人なので、数で有利だからといって舐めてかかってきたりはしないだろうが……五倍の早さで動く人間に対して何ができるのかという話ではある。

 前衛を全て寝かせた後、坊ちゃんが自慢げに持っていた大きな斧を借り、周囲の地形と派手な鎧と無駄に高いプライドをボコボコにし、仲間の亜人に手を出すなと念入りに言い聞かせてから白旗を上げさせる。


 さらに後日。

 同じく四人組との試合だが……広く人材を募集していると言っても、モンスターに姫様の護衛は務まるのだろうか。一人と二匹と一羽のパーティー? である。

 モンスターはそれぞれ巨大な檻に入ったままで会場入りし、当のお貴族様はリングの隅の方でフルアーマーと化している。何でもありか。


 檻を開く係になってしまった人が食べられてしまう前に、というか観客が襲われ始める前に、二匹と一羽にとどめを刺す。虫が混ざっている個体は節の部分を念入りに潰しておく。

 周囲の安全を確保した後、無関係な人間を危険な目に合わせた報いを受けさせるために、坊ちゃんのフルアーマーを全てパージし下着も脱がして素っ裸にする。人が止めに入るまで坊ちゃんの可愛いモンスターをリング中央で晒上げる。


 試合の後で知ったことだが、どうやらそのフルチンにした坊ちゃんが貴族連合のボスだったようだ。

 今回そいつに勝利したことで……晴れて大会一位の男になった。



 その後も一位の人間として、挑戦者たちとの試合が続く。

 坊ちゃん連合のうち、ぼんぼん共は大将がやられて大人しくなったが、腕っぷしに自信がある就活組は怯むことなく、むしろ積極的に勝負を挑んできた。

 将来に不安がない小金持ちたちとは違って、彼らはこの選考にとても真面目に取り組んでいた。

 スキルの力で適当にあしらうのは流石に気が引けたので、ほろ酔い気分のマリー仕込みの剣で丁寧に応える。


 そうして就活生たちとの交流を深め、親衛隊ではなくこちらの冒険者パーティーに入ろうとする縁故採用狙いが現れ始めた頃、ついにグレイス姫直々に王宮まで招待される日が来た。




「冒険者ラリー。あなたをグレイシス第一王女親衛隊、一の剣に任命します」


 王宮にある式典会場で任を承る。

 会場には自分とグレイス姫、そして側近のメイドが二人。どちらも亜人である。ちなみに一緒に連れて来た三人娘は前室で待機している。


 大きなステンドグラスから陽の光が差し込んでいる。

 明るい場所で見る、白桃色の長い髪はとても綺麗で、鼓動が早く、強くなるのは当然だった。



「この剣と誇りにかけて、王女をお守りすることをここに誓います」


 式の流れに身を任せ、最後にそれっぽいことを言う。


「……これで任命式はおしまいです。ラリー、これからのあなたの働きに期待しています」


「……姫様。式は終わりましたが、私の宣言はまだ終わっていません」


 案の定、うやむやにされそうになったので、待ったをかける。


「グレイス姫、もう一度言います。僕と結婚して、僕の妻になっていただけませんか?」


 短い沈黙。


 やがて観念したように王族の仮面を取り、素顔の少女となって、ぽつりぽつりと語り始める姫様。


「……この国には大きな勢力が二つあります。一つは大地を支配する陸軍、一つは海を支配する海軍。それぞれに細かな軍閥は存在しますが、その大部分が私の兄……王子であるカールを支持しています」

「王位は兄が継ぐことになるでしょう。……私は国家安泰の礎となるべく、そう遠くない未来に、我が国と友好関係であるいずれかの国にこの身を差し出し、婚姻を結ぶことになると思います」

「……申し訳ありませんが、あなたの願いを叶えることはできません。ですが」

「ですが、あなたが仰って下さった言葉は、これから我が国の一部となる私の、一生の支えとなるでしょう」

「ありがとうございます。そして、ごめんなさい」


 深く頭を下げる王女。


「……分かりました。僕の願いを叶えることは諦めます」


 グレイス姫の誠実な言葉は受け取った。しかし――


「ですが……あなた自身の願いを叶えることは、まだ諦めなくてもいいんじゃないですか?」

「……どういうことでしょうか?」

「……あなたは自分の兄が王位に就くのではなく、あなた自身がそうなることを望んでいるのではないですか?」


 姫が初めて見せる表情をする。


「今代の王は男性、現在は姫の父君が君臨していますが……本来この国の王位は女系であると聞いています」

「男である父が王であり、同じく男であり能力も申し分ない自分の兄を次期国王にという、周りの声や状況をただただ受け入れて……諦めてしまってはいませんか?」

「私財を投げうって町の経済を潤し、地震で被害を受けた地域復興のために交通網を整備し、少しでも国内外に影響力を持とうと兄の外交に付いて回り……」

「本当は、そんな回りくどい方法ではなく……自分自身の手で自ら、アルジーヌ王国に住む人々の暮らしを良くしたいと思っているのではないですか?」


 この町に来た時から考えていたことを話す。


 事情も知らない人間が簡単に言っているだけなのかもしれない。

 しかしグレイス姫自身が自分と向き合い、決断し、行動しなければ始まらないことでもある。


「……あの亜人の方たちとの出会いをお伺いしても……?」


「……恐らく、彼女たちと同じだと思います」


 メイドの方に視線をやる。

 この部屋に来るまで亜人のメイドと何人もすれ違ったのは……つまりそういうことなのだろう。もちろん自分の場合とは違い、もっと平和的な方法でだろうが。


 長い沈黙。


「……ラリー様。あなたにお伝えしたいことがあります。後ほど私の自室まで来ていただけますか?」


 隣に控えているメイドに「リタ、後はお願い」と言い残し、式典会場を後にする姫様。


 自分も一度前室まで戻り、三人にもう少し待っててと伝える。



 しばらくして、リタと呼ばれていたメイドさんに王宮の一番高い場所にある部屋まで案内される。


 扉を開く。


 最初に目に入って来たのは豪華絢爛なシャンデリア。

 床には大きなカーペットが敷かれ、一角には姿見やドレッサー、化粧鏡などが整理整頓されている。


 部屋の奥には天蓋付きの大きなベッドがあり……その傍らで、恥ずかしそうに立っているグレイス姫を見つける。



 グレイス姫は必要最低限の、大事な部分だけを布で隠した姿で佇んでいた。


 真っ白な素肌と――腰の付け根から生えた一対の黒い羽。その少し下から伸びている、先っぽが手のひらほどのハートマークになっているしっぽ。

 根本は腕と同じくらい太く、全長は一度地面に着いてなお有り余るほどに長い。


「……曾祖母がインキュバスとの間にできた子供だったそうです。母の代までその形質は現れなかったのですが、私は……」


 光沢のあるしっぽがぬらりと波打つ。


「普段は魔力やドレスで隠していますが……これが、私の、本当の姿です」


 亜人というよりも、そういう種族の血が隔世遺伝しているというのが正しいのだろうか。


「これでも……私と結婚したいと、……必要だと、言っていただけますか……?」


 無言で歩み寄り、全身で温めるように抱きしめる。

 素肌に触れる興奮と、お腹の冷えに対する心配が拮抗してせめぎ合っている。


 両手で顔を捕まえて、じっと見つめる。

 髪と同じ色をしている瞳が潤む。

 意図を察知したグレイス姫がそっと目を瞑る。自分の方が背が低いので、見上げる形になる。


 互いの味が一つになった頃、次は感情を一つにするために、ベッドに倒れる。


 事後。

 グレイス姫のことはリタさんに任せて、三人を待たせている前室に戻る。

 無事親衛隊隊長になったこと、グレイスが結婚に同意してくれたことを伝える。三人から素直な祝福をもらえたのは嬉しかった。


 一世一代の告白が無事終わって肩の荷が下りたせいか、その日はベッドで横になるなり一瞬で眠りに就いた。



 翌日。

 朝一番でカール王子に――つまりグレイス姫の兄から呼び出しを喰らう。


 昨日の今日で同じ会場に入ると、姫と王子の二人がすでに揃っていた。


「お待たせしてしまいすみません。冒険者……親衛隊ラリー、只今到着いたしました」


「呼びつけたのは僕ですから。わざわざ来てくれてありがとうございます」


 グレイス姫が一歩前へ出る。


「……ご紹介いたします。彼がアルジーヌ王国の第一王子、私の兄のカールです」


 しっかりと目を合わせながら「よろしく、ラリー君」と握手を交わす。

 人当たりが良く、顔立ちも整っている。……確かにこれは支持したくなるのも分かる気がする。


「今日は君に聞きたいことがあって来てもらったんだけど、その前に」


 くるりと振り返る。


「グレイス。君も僕に言いたいことがあるんだってね。何かな?」


 グレイス姫と目が合い、頷き返す。


「……率直に言います。兄様、私に王位を継がせてはいただけないでしょうか?」

「うん。いいよ」

「私に兄様ほどの求心力がないことは重々承知しております。ですが……え?」

「うん。分かった。グレイスが継ぐといい。……って、僕が許可を出すようなことじゃないのかもしれないけど」

「……よろしいのですか?」

「よろしいも何も」


 肩をすくめるように言う王子。


「元々僕が王位に積極的だったのは、グレイスには何にも縛られることなく、自由に生きて欲しかったからだから。グレイスが自分の意思で女王として生きたいと言うのなら、それを止める理由はないよ」

「それと……軍や貴族たちは長いものに巻かれてるだけだから、グレイスが正式に女王の座に就くことになったら普通に擦り寄ってくるんじゃないかな」

「どうしても彼らが動いてくれない、今すぐに動かしたい場合は、各所に紛れ込ませている僕の息がかかった者を使うといい」


 今まで悩んでいたのが嘘のようにトントン拍子で話が進む。


 どうやら担ぎ上げられているだけの、お飾りの王子様ではないらしい。



「さて――ラリー君」


「君は先日グレイスと婚約の契りを交わしたそうだが……今聞いてもらった通り、国政はグレイスと僕の二人がいれば何の問題もない」

「グレイスが女王になるのであれば、軍から正式に護衛を呼ぶことになる。つまり――ただの冒険者上がりでしかない君は不要になる。一国の主の伴侶となる人間も、君よりも相応しい相手を探して見つけることもできるだろう」

「さて、ラリー君」


「君は今、何故ここに居る?」

「君は、グレイスに、何ができる?」


「僕は……」

「僕は、彼女のことを愛し、彼女から愛されること、その努力をすることができます」

「それは配偶者でなくとも、グレイスの家族として僕が補うこともできる。人を愛することに血縁は関係ない。君である必要がないことだ」

「血縁については僕もそう思いますが……では王子。グレイス姫を妹として大変愛していらっしゃるという王子にお聞きします」


「『人を愛すること』とは何なのでしょうか。一体何をどうすれば、その人を愛していることになるのでしょうか?」

「……相手を愛しみ大切にすること、大事に思うこと、だろうか。それが何だと?」

「では『愛しむ』とは? 『大切にする』とは? 『大事に思う』とは? 王子の御答えは『食事とは何か』と聞かれ『食べ物を口に入れること』と答えているに過ぎません」

「だったら何だと言うのか」

「人を愛することとは……」


「『人を愛すること』とは、『相手の感情を認めること』です」


「認めた感情を肯定すること、否定することは関係ありません。――相手の感情を信じること。その人の表情や発する言葉から、感情を想像すること。それだけのことです」

「君は読心のスキルでも身に付けるつもりなのかい?」

「そんな大層なことをするつもりはありません。僕は彼女の……」

「グレイス姫の楽しい時間、悲しい時間、嬉しい時間、苦しい時間……それぞれの時間を一番長く一緒に過ごした相手が、僕だったらいいなと。そう思っているだけです」

「……」


 しばらく沈黙が続いた後、王子の溜息をきっかけに場の空気が弛緩する。


「……ごめんねラリー君。君を試すようなことをして」


 軽く頭を下げる王子。


「グレイスが出会って間もない男をいきなり部屋に連れ込んだものだから、どんな奴かと心配してたんだけど……妹の目は確かだったみたいでよかった」


 少し恥ずかしそうな様子で頬に手を当てているグレイス姫。


「それと礼を言わないと。グレイスが本心を語るきっかけを作ってくれたみたいだしね」


 先ほどまでの威厳は何処へ行ったのか。「それじゃあ頑張ってねー」と一言応援を残して退散していく王子。

 直後にグレイス姫から、王子が未来視のスキル持ちであることを明かされる。


 ……もしかして、初めからこうなることが分かった上であの問答をしていたのだろうか。憎めない人である。



 前室で待っていた三人を連れて来る。


 改めてグレイス姫と互いに自己紹介を済ませる。


 雑談の最中、王都にやって来るまでのいきさつを話している流れで、港町のギルドからグレイスに宛てて直接、資金援助の嘆願が来ていることを知る。

 さらに詳しく聞いてみると、新たに出現した山賊に対して賞金首の申請が出ているということも判明した。


 直接事情を聴くために、港町に向かうことに。

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