013. 聖女エステル

 鉱山の町を出発し、野宿生活にも慣れ始めた頃。

 ようやく教団のお膝元である町に到着する。


 ここに来たのは、亜人が堂々と通りを歩けるからという理由の他にもう一つ、聖属性の魔法について知りたいからだった。

 要するにヒール使いたい。ポーション高い。


 ギルドでお金を多めに下ろし、まずは装備の店へ。

 大自然の中を行く旅路で、スイレンが自作した服を着てアマゾネスになっていたマリーの職業を戦士に戻す。

 ……道中が森ではなく海辺だったら、また別の職業になっていたんだろうか。――貝殻の胸当てに、水着の上にパレオを巻いて、三又の銛を持って……やっぱり似たようなもんか。

 ほのおのロッドのような魔法使いの装備が売ってないか期待したが、めぼしいものと言ったらお土産のサーリーまんじゅうくらいだった。残念。

 こしあん入りのが特においしかった。



 町で一番大きな教団本部の神殿へ。

 静かに中に入ると、ちょうど洗礼の儀式の最中だった。


 聖女様が壇上で何か言っているのが見える。

 声からしてかなり若い。自分と同じくらいの年齢に見えるが、一つ一つの所作が洗練されていて身長以上に大人びて見える。

 しかし……何というか……『不自然に自然』と表現するのが一番近いのだろうか。

 何故か身に覚えのある強烈な違和感に襲われる。最近感じたものではない。果たしてどこで感じたものだったか……。


 聖女様の祝福が終わった後、話を聞くために受付で教団への寄付をちらつかせる。

 すぐにニッコニコの信者に客室まで案内され、恰幅の良い神父様からありがたい話を聞く。


 教団の成り立ちや料金体系の話を除いて要約すると、聖属性魔法は火水風と同じく素質と技術さえあれば誰でも使用可能であること、技術については教団が独占秘匿していること、この先を知りたければさらなる寄付と修行が待っている、ということが分かった。


 仕方ないのでタダで聞ける別の話をしてもらう。


 聖属性の魔法を扱える人間、通称『神官』は、教団の枠を超えて活動することはめったにないそうで、あったとしても修行という一時的な名目上か、差し迫った状況下で国やギルドの出動要請を受けた場合程度だという。

 つまりは仲間にすることはできない。教団独自の戦力をあまり外に出したくないのは理解できるが。


 最後に寄付をヒジの高さまで積み上げ、聖女様と直での面会を申し込む。

 とても立体的である帽子で気が付かなかったが……ネコの亜人だったのか。


 ネコ耳の中に手を突っ込みたいのをグッと堪えて、目の前で祝福をもらう。

 ……ああ、なるほど。


 その日はもう宿に戻り、早めに休むことに。

 久々のベッドだったので、秒で眠りに落ちる。



 翌日。

 聖女様が幼少時代を過ごした孤児院、もとい教会へ行く。


 噂で聞いていた評判の通り、亜人や子供の保護活動には力を入れているようで、走り回っている子供たちの表情は元気で明るく、栄養状態も良さそうだった。


 シワッシワのシスターに話を聞く。


 ここにやって来る子供たちは、まず初めに健康診断を受ける。

 その際に聖属性の素質の有無についても調べられ、素質のある子供は残らず教団に召し上げられているそうだ。


「エステルちゃんの時は教団の人もすごく驚いてねぇ。何かの間違いじゃないかって。……でも、本当に聖女様になっちゃうとはねぇ」

「エステル……聖女様は、ここに居た時はどんな子供だったんですか?」

「そうねぇ……あんまり長くここに居たわけじゃなかったけど、普通の子供だったと思うわよ。他の子と一緒に外で遊んだりしてたわねぇ。それが今では、ここにやって来る度に涙を流すほど慈悲深い子に育って……」


 その日は町を見るために少し遠回りをして、宿まで帰る。



 夕食後。

 この日の夜、神殿に忍び込んでエステルに会いに行くことをスイレンとマリーに告げる。


「明るいうちじゃだめなのか?」

「聖女様が一人のときに確認したいことがあるから」

「確認したいことって?」

「……二人はどれだけ両目を開き続けられる?」


 そう言われ、パッと目を開いてこちらを見つめ始める二人。別にこっちを見なくても。


「目を閉じないって、普通は無理なんだ。そういう訓練もあるにはあるけど、この世界では意味のないことだろうし。でも、それを……」


 両目を手で押さえ「……ああぁぁっ!」と呻くマリー。

 スイレンも辛そうだが、まだ粘っている。


 話を続ける。


「それを、あの聖女様はやっていた。この町の人も教団の人も誰もそんなことはしていなかったから、あの聖女様だけが、何か理由があって目を開いていたということになる」


 聖女様を見た時の違和感の正体は、自分が前世で映画を見た時の記憶だった。スクリーン上の人間はまばたきをしない。


「うぅっ……」とギブアップするスイレン。


「理由があるなら別にいいんだ。でも、もしもそうじゃなかったら……聖女様の意思ではないとしたら……」


 まばたき云々自体はどうでもいい。

 聖女様が役者魂に目覚めただけならそれでもいい。

 しかし、収容所のスイレンや、鉱山のマリーのように、誰かに洗脳されているのだとしたら……その技術が何故教団に? それとも教団の方が王国に洗脳の技術を提供しているのだろうか?


「……今日は二人にも協力して欲しい」


 涙目の二人に段取りを伝え、町が暗く静かになるのを待つ。



 深夜。

 いつものようにDrunk Monkeyを発動させ神殿に侵入。カチコミではないので隠密第一で行く。

 久々に顔に巻いた布の匂いが気になる。……集中する。


 まずは聖女様の居場所を突き止めることにする。

 人っ子一人見当たらない中、片っ端から扉を開けていく。


 二階の奥まった場所に、小さな部屋を見つける。

 祈りを捧げるための部屋だろうか、軽く体を動かせる程度の広さがあり、隅の方にはベッドがある。そして――そこに聖女様が寝ていた。


 一旦宿まで戻り、気を付けの姿勢で体をビンッ! としたまま待機しているスイレンとマリーを抱えて、再び聖女様の寝室へ。


 場所が変わったことに気が付いた二人は……打ち合わせの通り、教団関係者を装って聖女様に話しかけ始めた。


 人の存在に気が付いた聖女様は――起き上がり、スレインと二言三言交わした後、スイレンの首に掴みかかり、もう片方の手にいつの間にか持っていた刃物を……突き刺す寸前にスイレンから引きはがし、顎に一発入れて動きを止める。



 スキルが解けるのを待ち、その後二人に話を聞く。


 特に動じていない様子のスイレン曰く、何者か聞かれたので自分の名を名乗った後、王国の使いの者かどうかを確認されて、否定するや否や物凄い速さで飛び掛かって来たそうだ。

 マリーが反応できなかったことを考えると、この聖女様は何か特別な訓練を受けているのかもしれない。



 聖女様が目を覚ます。


「……アルジーヌおうこ」


 慌てて羽交い絞めにする。

 すかさずマリーも両足を押さえる。


 しばらくするとまた大人しくなった。

 ……が、再び目を覚ますと、これまでに二回ほど見た覚えがあるうつろな表情が。やはり洗脳されているようだった。


 三度目にもなると準備に抜かりはない。

 とはいえ今回は室内、それもベッドの上なので、必要なものといったら身体を拭く清潔な布くらいか。


 部屋の外で待ってもらうよう、二人に見張りをお願いする。

 そそくさと部屋を出ていくマリーと、聖女様の隣に陣取るスイレン。


「えーっと……なんで?」


「外はマリーが見ればいいでしょ? 私はこっちを見てるから」


 予想外の出来事に思考が止まる。


「今からこの子にも同じことするんでしょ? 私にも見せてよ」

「えっと……見られてると、その、恥ずかしいんだけど」

「できないわけじゃないんでしょ? マリーの分は私が見ておくから。さ、ほら、早くしないと誰か来ちゃうかもよ?」


 見たくて見たくて仕方ないらしい。

 ……そういえば部屋を出ていくときのマリーの耳も赤かったような。


 観念してパンツを下ろす。

 聖女様の準備をし始めると、スイレンが顔を近づけてきた。


「そうやって触るんだ……」

「あっ……指が……」

「すごい……びしょびしょになってきた……」

「うわ…………入る?」

「ぐちゅぐちゅいってる……」

「ラリーの顔、気持ち良さそう……」

「早くなってきた……」

「でる? もうでる?」

「でる……でる…………でちゃった」


 顔が赤くなっているのが自分でも分かる。


「ねぇねぇ私とどっちが気持ち良かった?」とさえずるスイレンを無視して後処理を済ませる。


 マリーを呼び戻して少しすると、エステルが目覚めた。


「……私……? あなたは……? ……えっ? ……えっ?」


 二人の時とは違い、自分の状況が全く把握できていないように見える。

 洗脳の種類が違うのか、それとも洗脳の期間が長すぎて自分のことすら忘れてしまったのか。


 落ち着くまでしばらく待つことに。


「……すみません、びっくりしちゃって……もう大丈夫です」


 流れている涙は、先ほど散った純潔に対するものではないようだ。……危うく肝が凍り付きそうになる。



 正気に戻ったエステルに話を聞く。


 断片的な記憶を時系列にまとめると、教団に連れて来られてからは、似たような境遇の子供たちと一緒に地下の施設に集められ、最後の一人になるまでずっと『訓練』を続けさせられていたそうだ。

 最後に残っている記憶は、『聖水』を飲まされた瞬間であるらしい。それからのことはぼんやりとしか覚えておらず、とにかく不安で怖くて、心が押し潰されそうだったという。


 意識の混濁、記憶の欠如、慢性的な焦燥感……エステルが飲まされたものは何となく想像がつくが……。


「私、今とてもあなたと一緒に居たいんです。あなたから離れたくない気持ちなんです」


 彼女が教団に召し上げられたのは今から十年ほど前。

 聖女から普通の少女に戻ってしまった彼女を、このまま教団の中で一人にしておくのは……。


 しばらく考えた後、思いついた策をエステルに伝え、今日のところはこの場所で寝てもらうことにする。

 スイレンとマリーには宿に戻ってもらい、自分はもう一つの目的だった神殿のガサ入れを始める。


 狭い書庫の裏にあった隠し部屋まで隈なく探し回ってようやく、というか案の定というか、『孤児院』『子供』『出荷』の文字がある書類を見つけてしまう。


 明日のために一つ残らず回収し、痕跡を残さないよう神殿を後にして宿に戻る。



 翌朝。

 教団から名指しで呼び出しがあり、三人で神殿に向かう。


 前に案内された部屋よりも、ずっと簡素な客室に通される。

 中に入ると、そこにはエステルともう一人、偉そうな裾の長い服を着た、太くて大きい中年男性が居た。あの時の神父様だった。


 挨拶をして椅子に座る。

 神父様の長話が始まるが……要約すると「『彼らと共に旅に出なさい』というお告げがあったと聖女様が言い出したが、お前らは丁重に断ってこの町から早く立ち去れ」と言いたいらしい。


「エステル、この人が?」


 こくりと頷くエステル。

 確認が取れたので本題に入る。


「ええっと、エステルのお目付け役だというあなた。これからする話はあなただけの耳に入れたいのですが、大丈夫ですか?」


 いきなり何だという顔をされる。


 昨日宿に戻ってから一晩でやったものを見せる。


「これは写しです。原本は別のところにあります。……もう一度言いますが、人払いは大丈夫ですか?」


 書類を見るや目の色を変える神父様。

 しかし人払いをする気配はない。


 話を続ける。


「単刀直入に言います。これを公にされたくなかったら、エステルが旅に出ることを認めてください。名目は修行でも巡礼でも何でも構いません」


「……目的は何ですか? こんなものを世間に晒したところで、誰が信じると?」


 流石は偉そうな服を着ているだけのことはある。

 もう余裕たっぷりの態度である。


「はい。たとえ聖女様の威光を持ってしても、教団をひっくり返すのは難しいと思います。ですが」

「ですが、あなた一人だけならどうですか? エステルの管理責任者であるあなたが原因で『弱者の受け皿』であるはずの孤児院が、実は『弱者の墓場』だということが民衆にばれてしまったら?」

「確かに騒ぎが起こったとしても、すぐに教団が鎮めるでしょう。ですがその責任は? 『こんな騒ぎを起こした原因』であるあなたを、教団がそのままにしておくでしょうか? ……少なくともこの国には居られなくなるでしょうね」


 神父様は……何も言い返せない様子。


「もう一度言います。秘密をばらされたくなければエステルの出立を認め、他の教団関係者が僕たちに手を出してこないよう教団側をうまく丸め込んでください。そちらに少しでも変な動きがあれば、こちらにはギルドを通じて悪事を告発する用意があります」

「ま、待ってくれ、他の連中がすることなど……私がどうこうできることではない……!」

「ええ、ですから」

「ですから、頑張って丸め込んでくださいね。……大丈夫です。こんなに大きな教団で、そんなに偉くなれた貴方なら、きっと大丈夫」


 すがるような目でこちらを見てくる中年男性。

 女性ならまだしも、男のそんなものは視界に入れたくない。


「ああそれから、聖女様が旅に出るのですから馬車くらいは用意していただけますよね? 四人乗りで、あまり目立たないものをお願いします。今から一時間ほどで町を出るつもりなので、それまでに門の前に準備しておいてください。ああそれと、聖女様の着替えや食料も忘れずにお願いしますね」


 話は済んだ。もうここに用はない。


「エステル、忘れ物はない? 聞いておきたいことは聞けた?」


「はい!」


 跳ねるような返事。


 心が晴れたみたいでよかった。


「それじゃあ行こうか」


 エステルが仲間になった。

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