012. 蒸留酒

 鉱山を出発した後、人目を避けるように森や山の中を進み、教団の総本山があるという町を目指す。


 教団とは、唯一神サーリーを崇拝する宗教団体のことで、その通称である。

 信者の数も多く権威ある団体ではあるが、アルジーヌ王国の国教には定められておらず、逆に王国とは一定の距離を置いているらしい。


 教団はその博愛主義という教えの下、王国の亜人強制収容政策には反対する立場を取っており、各地に存在する教会では現在も亜人の保護活動が行われているそうだ。


 要するに、今の自分たちが身を隠すのにうってつけの場所なのである。



 道なき道を進む。


 新たに仲間になったマリーの戦闘力は期待以上だった。

 鉱山の兵士から借りた安価な槍一つで、突然襲い掛かってくるモンスターを次々と真っ二つにしてゆく。

 モンスターも本能で理解しているのか、自分たちが野営をしているところにわざわざ寄り付いて来たりはしなかった。

 マリー曰く匂いで追い払っているらしいが、何の匂いなのかは教えてくれなかった。



 道のりは長く、特にすることもなかったので……スイレンとマリーに英語の読み書きと十進法、それとアラビア数字を覚えてもらう。Drunk Monkey発動中のコミュニケーションに使うためだ。


 自分は転生時にラリーの知識を得ていたので、この世界の語彙や独自の表現方法に苦労することはなかった。

 ただ……より便利なものを知っているせいなのか、できればそちらの方を使いたいという気持ちが強い。

 例えるなら、百二十三万四千五百六十七よりも1,234,567と、7+(-1/2+5)*20よりも9*10+7と、読みたいし聞きたいし表現したいのである。ラリーの知識がなかったら今世のコミュニケーションを諦めていた自信がある。


 二人に英語と十進法を教え始めて早三日。

 亜人の学習能力が高いのか、それともこの二人が特別なのか。異世界語と英語のバイリンガルが二人出来上がった。

 十進法に至ってはよっぽど便利だったのか、アラビア数字の平易さも合わさって、四則演算の桁数がインド人もビックリなレベルに。



 まだまだ道のりは長く、ただ自然を満喫するだけでは暇だったので……手先が器用だというスイレンに頼んで、コマで挟むとひっくり返って自分のものにできる例のアレを作ってもらう。

 基本的なルールと「角を取ると有利だよ」程度のことを教えて早速遊ぶ。


 最初こそ一方的な展開が続いたが……三回目ほどで白と黒の量がほぼ同じになり、二日も経たないうちに途中で打つ手がなくなるほど一色に染められて負けるように。まぁ、元々得意な方ではなかったし別に悔しくは……。


 遊んでいる最中、「そこでいいの?」「ほらほらここも取られちゃうよ?」「今度は真っ白になっちゃったね」と楽しそうに煽ってくるスイレン。悪気はなさそうなので気にしないことにする。

 マリーはマリーで一度コツを掴んでからは、必ず一点差をつけて自ら負けるようになった。

 そのことを指摘すると、次からは一、二、三点差とローテーションしてこちらを勝たせるように。いや、そういうことではなく……。



 大自然の中、ふと、スキルの検証に持って来いな環境であることに気が付いたので、以前から考えていた蒸留酒を作ってみる。


 転生してから様々な種類のお酒を飲んできたが、この世界には蒸留酒、あるいは蒸留してアルコール度数を高めるという発想はまだ存在していないようだった。

 幸いにも、この世界で飲んだくれが失明した話は聞いたことがないので、メタノールやその他の毒についてそんなに心配する必要はないのだろう。……そう思いたい。


 当然、蒸留専用の器具など持っていないので、鍋とコップを使ったサバイバル方式で水とエタノールを分離してみる。

 うろ覚えの知識でピカピカに磨いた銅らしき金属片を鍋に入れ、沸騰直前を意識し火にかける。


 最初に出てくるヘッドを捨て、ハートとテールを分けて取っておく。

 その二つからまたハートとテールを取り、それぞれのハートとハート、テールとテールを合わせたものを再び蒸留して……というのを二、三度繰り返す。

 最後に清潔な布でろ過して完成。


 エールの蒸留酒なのでウイスキーになるんだろうか? いや、単純に蒸留するお酒の原料で区分してるんだっけ?

 夜の見張りのついでにできたばかりのお酒を味わう。

 異世界特有の雑味やエグ味が減り、うま味も減っている。飲みやすくはなったが、美味しいかと言われるとうーん。度数は四十度前後だろうか。


 静かな自然の中、三日ほどの時間を一人でのんびり過ごす。



 別の日。

 視界も無事良好だったので、今度はスイレンにサーキの蒸留酒を作ってもらう。

 焼酎の区分は、ウイスキーでもブランデーでもその他のお酒でもないのが焼酎、みたいなのだったっけ? かなりうろ覚えである。


 もみじのような手で器用に作業をこなしていくスイレン。

 小人らしい見かけによらず、やっぱりとっくに成人済みだったようで、一度でいいからお酒を飲んでみたかったらしい。


 完成したお酒をできる限り小さな器で乾杯する。

 蒸留によって余分なものが消え、クセのないマイルドな味になった。度数は同じく四十度ほどだろうか。……そして想定していた通り、スキルは発動しなかった。



 一口目で眠っていたスイレンが目を覚ます。


「おはよう。スイレン」

「……おはよう。それじゃあお酒作ろうか」

「もう飲んだよ」

「え? まだ飲んでないよ?」

「飲んで寝てたんだよ」

「……ずっと起きてたよ? ラリーが戻ってくるの待ってたんだよ」


 思わず笑ってしまう。

 まだ酔いが残っているようで、時々首が寝転んでいる。


 スイレンが目の前にある鍋を見つける。


「いつ作ったの?」

「一時間くらい前かな」

「一時間ずっと寝てたの?」


 信じられないという顔をするスイレン。


「……いや、そんなことはない。マリーに聞いてみる」


「マリーはもう寝てるから今起こしたらかわいそうだよ」


 念願だったお酒を口にして再び夢の中へ。


 自分も寝ることにする。



 翌朝。

 昨晩の検証結果を踏まえて、新たに分かったことを整理してみる。


 ・蒸留酒は、その元になった酒とはスキル的には別物扱いになる

 ・この世界に存在しない酒の場合、その酒の第一製造者が名前を付けた時点で、スキルの発動に必要な要素である『名前』が決まる


 そしてスキルで『早くなる』速度は、やはりアルコールの度数に比例している様子。

 体感三日間かそれ以上世界が遅いままだったことから逆算しても、ウイスキーと焼酎の四十度という度数は妥当な数字だと考えられる。



 さらに翌日。

 スイレンではなく自分で作った『焼酎』を飲んでもスキルが発動しないことを確認。


 純粋に嗜好品として楽しめるお酒の誕生を喜びつつ、森を抜けて町に入る準備を始める。

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