011. 族長マリアンヌ
Drunk Monkeyの検証で新たに以下の条件が判明した。
・名前を知らない酒は、その酒で酔ってもスキルは発動しない
・名前を知らない酒で酔っている状態で、その酒の名前を知ると、その瞬間からスキルが発動する
それと特に検証はしていないが、スキル発動時に蓄積した疲労は、スキルが解けた後で一気に来る気がする。スイレンを背負って港町まで帰った時がこれまでで一番こたえた。
今は身体も若いので、ちゃんとスキルが解けてからすぐに筋肉痛が来ているが……念のためにポーションを常備しておくことにする。
ということで、あったらいいなの一つだった『任意のタイミングでスキルを発動できる条件』が判明した。
……のは良いが、それには名前も知らないお酒が必要になるわけで。でも自分で直接買いに行くのは難しいわけで。亜人とはいえ見た目小学生のスイレンに買ってきてもらうのも当然難しいわけで……。
冒険者稼業中の身の安全を確保するためにも、見た目も中身も強そうな、色んな意味で経験豊富な大人を仲間にする必要があった。
現在、港町から北西の位置にある王都に向けて、その中継地点である鉱山の麓まで来ている。
小耳に挟んだ話によると、ここでは特に身体が大きい亜人が、汗とか水とか垂らして働かされているらしい。
鉱山の町に到着する。
隊商にお礼と別れを告げて、さっそく情報収集に励む。
鉱業を中心に発展したと思われる町は、そこで働く労働者に向けた店が数多く立ち並んでいた。……がしかし、どういうことなのか、現在は目に見えて廃れている。
唯一見かけた、真昼間から飲んだくれているお爺ちゃんかお婆ちゃんに話を聞く。
亜人が鉱山で働かされるようになってからというもの、元々働いていた鉱夫たちは追い出され、周辺の店も客足が途絶え、今では年寄りだけを残してほとんどの人間が他の町に出稼ぎに行ってしまったそうだ。
一年前といえば大きな地震があり、この鉱山にも多少の影響があったらしい。王都の方角は特に揺れたんだとか。そもそも鉱夫という仕事自体が危険で怪我だけでなく病気も云々……などと話が長くなりそうだったので、偶然隣に居た架空の友人に話し相手を代わってもらい、そっと立ち去る。
鉱山前まで下見に行く。
遠目に見た限りでは、入り口付近にある詰所以外に建物らしい建物は無い。兵士たちの寝床は別の場所にあるのだろう。
まだ真新しい巨大な鉄の門を見るに、鉱山そのものを亜人を閉じ込めておく檻として使っているようだ。
深夜。
見張りの兵士が交代しているのを肴に一杯。
スキルが発動したのを確認し、行動開始。
猿ぐつわというのは本来、先に口の中に布か何かを詰め込んでおいて、その上からするものであるらしい。
そうすることでコミュニケーションが取れなくなり、声も小さくなる。
そのようにして見張り二人の様々な自由を奪っておく。
詰所を調べる。
壁一面に貼られた坑道内部の見取り図、雑に綴じられた採掘記録、そして年季の入った金庫。
やはり現場と呼ばれる場所はどこも同じなのだろう。金庫の上に裸で『保管』されていた鍵を使ってひらけ胡麻。
中にあったのは王都からの伝令書。それともう一つ、『ミノタウロス』『出荷』『累計人数』などの文字がある書類。
書類を一通り読み終わった後、やっぱり裸で机上に置かれていた門の鍵を使って鉱山の中へ。
坑道を少し進むと広いスペースがあり、そこでミノタウロスたちが雑魚寝をしていた。
全部で二、三十人くらいだろうか。空気は埃っぽく、衛生的にもあまり良い場所だとは言えない。
酔いが醒めスキルが解けたので、ミノタウロスたちを起こして順次開放していく。
門の外で待機しているスイレンの先導で、全員を人目がつかない場所に連れて行ってもらう。
自分はミノタウロスたちから聞いた、一族の長が作業をしているという通路を目指し坑道の奥へと入っていく。
砕いたままの岩でできた穴を進む。
かすかにツルハシの音が聞こえてくる。
進んだ分だけ音も大きくなってくる。
しばらくして目をよく凝らすと、ひと際大きい女性のミノタウロスが見えた。
手にしている酒瓶を強く握りしめる。
「こんばんは! 僕はラリーと言います! ミノタウロスの方たちに頼まれて迎えに来ました! あなたが族長のマリアンヌさんですか!?」
「……て……して……」
口が動いているのが見える。
しかし何を言っているのかは分からない。
この狭い空間でこちらの声が届いていないはずがない。
「こんばんは! マリアンヌさんですか!?」
腹から声を出す。
……ようやくこっちに気が付いたようだ。
ゆらりと振り返り、ふらふらと近づいて来てツルハシをウェリウェリ! ウェリウェリ!!
……咄嗟に正しい判断ができた自分を褒めてあげたい。
それとこのお酒に読みやすい名前を付けた人にも感謝。とりあえず、刺さる寸前だったツルハシを避ける。
濃い白色の立派な角を持つミノタウロス――聞いていた特徴の通り、この人が族長のマリアンヌで間違いないだろう。
慎重に顎から気絶させて横にならせる。
洗脳によって働き続けていたせいか、身体が生傷と埃まみれだった。
少しすると目が覚めたようだが……意識がはっきりしない。――ああ、またか。
……分かっている。時間もなければ選択肢もない。
せめてちょっとでも清潔な場所で致すために、族長を抱えて鉱山の入口付近まで運ぶ。
スイレンの時とは逆である体格差に苦労しつつも、なんとかスキルを発動し終える。
「……ここは? ……君は誰だ?」
「こんばんは。僕はラリーと言います。ここに居るミノタウロスの方たちを助けに来ました」
「ラリー? うっ……」
相当体力を消耗していたのだろう。
ポーションをゆっくりと飲ませる。
「他の方たちは別の場所に避難しています。マリアンヌさんもゆっくりでいいんで行きましょう」
「……仲間を助けてくれてありがとう。しかし――私はここで為さねばならないことがある」
どうやら、ここで命を落とした一族の魂を鎮めるまでは、この場所を離れるつもりはないらしい。
純然たる人間にはできない、野生の瞳――。
弔いに捧げられるのは、ここに居る兵士たちの魂だろう。
「分かりました。……ですがもし、お仲間の方たちが亡くなったのが、この場所ではなかったとしたら?」
「……どういうことだ?」
詰所で見つけた書類について話す。
「……記録にある人数と、ミノタウロスの皆さんに確認した人数とが大体一致しています。そもそも既存の雇用を破壊してまでここで亜人を働かせていたのには、それなりの理由があるはずです」
「……事故死に見せかけた上で、本当はどこか別の場所に連れて行っていると? わざわざそんなことをせずとも、捕まえた時点で直接その場所に行けばいいだけの話だと思うが」
「何故そのような手間をかけるのかは分かりませんが……ただ、お話を聞いた限りでは、亡くなった方の具体的な最後や、その後の姿を見た人は誰も居ませんでした」
亜人の数が減ったのは労働中の事故で死んだから、ということにしておきたいのだろうか。だとしたら何のために?
族長は少し考えた後、「それならば」と、どこかに連れ去られた一族を探しに行くと言い始めた。
すかさずパーティーに勧誘する。
「……分かった。そういうことなら君のパーティーに入ろう。そうと決まれば長居は無用だ。行くぞ」
「そうしましょう」
肩、というか頭を貸しながらスイレンとの合流地点まで歩く。
一族の皆と再会し、族長としての最後の言葉を若いミノタウロスに告げる元族長のマリアンヌ。
新たに長となった若者を先頭に、手を振り、別れを惜しみながら去って行くミノタウロスたち。
離別が終わり、始まる沈黙。
間が持てない。
「……改めて、よろしくね、マリアンヌ」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。ええっと、こちらは?」
「スイレン。よろしく」
「マリアンヌだ。マリーと呼んでくれ」
マリーが仲間になった。
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