009. Love Doll Master

 ギルド長と対話をした夜の翌日。


 今日も昼まで寝てしまう。しかし疲れは完全にとれた。


 受付に行くと、イレーヌ嬢からCランクのギルドカードを手渡される。Cランクという肩書が無用なトラブルから身を守ってくれることを願う。


 ――さて、Cランクという条件を満たしたので、『Cランク冒険者になって収容所から助けた亜人が恩義を感じて一人くらいは仲間になってくれないかなー作戦』を実行する時が来た。


 それでは早速収容所までカチコミに……といきたいところだが、さすがに国家相手に一発勝負は怖い。

 ので、一度現場を下見することに。



 ギルドがある港町からずっと西、そこにある小さな町から荒地を越えてさらに西へと進んだ場所に、その収容所はあるらしい。


 最近ずっと肝臓を酷使していたので、素面の徒歩で町から町へ、町から収容所の近くまでのんびり歩いて行く。


 話に聞いた場所にあったのは、石造りの砦だった。

 昔使われていたものを再利用しているのだろう。砦の周りは堀で囲まれており、陸の孤島のようになっている。


 広い敷地の割には建造物の数が少ない。

 屋外に無数に張られたテントから察するに、建物のほとんどは亜人を監禁するためのスペースとして使っているのだろう。そして労働はテントの下で……テントがあるだけマシなのか、テントがあるから休めないのか。

 孤島と陸をつなぐ橋には、触るとケガをしそうなバリケードと、向こう側とこちら側に見張りが二人ずつ。

 この僻地までの輸送の手間を考えると、中に居る兵士の数は多くても十人前後といったところか。


 砦から見えない位置まで移動し夜が来るのを待つ。

 人が少なくなったのを確認してから静かに乾杯。

 スキルを発動させて、行動開始。



 今回はスキルの水魔法を使って兵士を無力化していく。

 さすがに兵士皆殺しからの、国との全面抗争は避けたい。


 死角からこっそりと近づき、口に水を入れる。

 不意に肺に水が入りむせている間に手足を縛る。布で視界と声も奪っておく。注ぎ込む水の量に注意すれば後遺症もないだろう。


 橋に居た四人を転がしたところで……ふと、スキル発動中にゆっくり動く人の様子をじっくり見てみたい、という衝動に襲われる。


 砦に侵入。

 さっそく一人で立っている兵士を見つけたので、サッと水やりして観察することに。山賊の使用実績がある布で顔を隠しているので顔バレ対策はバッチリ。

 ゆっくりとむせ始める兵士。


 ……顔ブッサイクだなぁ。

 異世界の人間も人と変わらず、腹から胸、そして喉から口へと順番に込み上げるのだという知識が増える。


 次は二人同時にしてみよう。

 先に進むと運良く詰所に二人居たので、両方に素早く水魔法を使う。


 ……フフッ。

 最初に大きく一度えずくまでは同じで、そこから膝に手を付くのか、壁に手を付くのかで動きが分岐することが分かった。


 今度は四人ほどグラデーションでやってみよう。

 先に進むと運良く通路に四人並んでいたので、注ぐ水の量や時差などを考慮して、テキパキ動いて実行する。


 ……まず一人目がえずいて……二人目も腹から順に込み上げてきて……三人目がブサイクになり始めたら……来るぞ来るぞ四人目がイッヒッヒッヒ…………。



 本来の目的を思い出す。

 砦の兵士全員を無力化したことを確認。外に転がしておいたのを含め、全員を牢屋の中に入れておく。


 スキルが解けるのを待ち、あらかじめ見つけておいた鍵を使って亜人たちを開放していく。

 この砦に居たのは小人の亜人だけで、主に布や革の製品を作っていたそうだ。


 砦の入り口に小人たちを集め、これで全員だという言質を取る。

 逃亡生活に必要になるであろう食料や毛布などを持ってくるため、一度塔の中に戻る。



 亜人たちが囚われていた塔の一角。その一番奥には扉があった。

 最初は外に通じる勝手口かと思ったが、扉を開くとそこは、ベッドに机に椅子が置いてある簡素な居住スペースだった。


 狭いベッドをよく見ると、小人の女の子が寝ていた。

 肩に触れて起こす。


「ん……お早うございます」


 両目をこすってこちらを見る。


「……誰だお前は」


「ここに新しく配属された人間か? いや、その格好……さては侵入者だな! 侵入者を発見! 侵入者を発見!」


 大声で周りに知らせ始める少女。


 どうしたものかと考えていると……


「侵入者を確保する! うおおぉぉぉーーーーーっ!」


 突撃して来た。

 二つの拳を振り上げ、ポカポカと叩いてくる。

 両手を掴むと、今度は噛みついてこようとしたので、羽交い絞めにする。

 それでも四肢を振り回して暴れるので……一度ベッドに放り投げて距離を取り、向かってくるところに合わせて顎に一発入れる。ようやく静かになった。


 ベッドに置き直して様子を見る。

 少しすると目を覚ましたが……意識があるようなないような。話しかけてみる。


「こんにちは。僕はラリーと言います。君の名前は?」

「……ぅあ……しんにゅうしゃ……」

「外でみんなが待っています。一緒に出ましょう」

「しんにゅうしゃ……かくほでき……なかった……」


 寝ぼけているのか、反応しているようなしてないような。


「かくほ……できなかった……あるじーぬおーこくにえーこーあれ……」


 寝ぼけている割にはしっかりとした力で、文字通り自分の首を絞め始める少女。慌てて止める。


「あぁ……うぅぅ……」


 その後、顔を叩いても強めにつねっても大声を浴びせてみても全く反応しなくなってしまう。とりあえず死んではいないようだが……。

 このまま連れ出すわけにもいかず途方に暮れる。


 なんとなく少女の全身を観察する。

 聞いてはいたが、本当に子供にしか見えない。

 人間の子供と比べると、やや手足が短く頭身が低いというくらいか。


 ……こうして目を瞑っているのを見ると、まるで人形のように見えてくる。


 ふと、とんでもない予想が頭を過る。


 ギルドカードを取り出してみるが、スキルは発動していない。

 確かにこのままではただの『Doll』であって『Love』が抜けている。『Love』が付くとしたら、その条件は恐らく……。

 しかしそれが本当に条件であるとは限らない。そもそもスキルが発動したとして、その効果で意識を戻せるのかも定かではない。

 あとそれとは別に、致すのであればもっと衛生的にちゃんとした場所で致したいという気持ちがある。


 それに万が一、そこまでした上で少女の意識が戻らなかった場合、倫理的に非常にまずいことをしたという事実だけが残ることになる。……意識が無事戻ったとしてもまずいことではあるのだが。


 しかし一連の少女の様子から察するに、通常の手段で元に戻すことができるような、魔法や病気の類ではない気がする。


 ……遅かれ早かれ試すなら今ここで、か。


 この瞬間ほど、清潔な水を使える水魔法の有難みを感じたことはなかった。



 水魔法で少女の身体をきれいにし、身支度を済ませる。

 自分のをしている最中に少女が目覚めたので、慌ててパンツに自分を仕舞う。


「あれ……私……あなたは……?」


「初めまして。僕はラリーと言います。この砦に捕らわれている小人たちを開放するために来ました」


 身体を気にしている様子はない。後は……


「……アルジーヌ王国に?」


「? ……何ですか?」


 意識も正常になったようだ。


「いえ、何でもないです。……他の小人の方たちはすでに塔を出て外で待っています。あなたで最後です。行きましょう」


 少女は一瞬立ち上がろうとしたが、すぐにバツが悪そうな顔になり、ベッドに座り込んでしまう。


「……私は、行きません」


「どうしてですか?」



「私の居場所は、ここですから」



 仕方がない、という表情から言葉が零れる。


 この部屋を見つけた時から何となく察してはいたが……無理やり知らない場所に連れてこられ、頭の中を壊され、同胞には嫌われ、好きでもない人に初めてを奪われ、これからもずっと一人で働かされ続ける……というのはさすがに、やるせなさすぎる。

 せめて初めてを貰った分の責任くらいは取らなければ。


 落ち込む少女に「ちょっと待ってて」と言い残し、塔の入り口まで戻る。

 外で待っていた小人たちに集めた物資を渡すと、感謝の言葉を口にして早々に山へと消えていってしまった。

 後で知ったことだが、彼らは元々山や森などの自然の中で生活していたので、渡したものは半分余計なお世話だったようだ。


 少女を迎えに行く。

 途中、兵士たちが詰まった牢屋に水を差し入れておく。これで次の補給部隊が来るまでは死なないだろう。


 少女はベッドの上で俯いたまま、じっと一点を見つめている。


「他の小人の方たちは北の山へ向かいました。そのまま国境を越えていくつもりらしいです」


 そうですか、と一言。


「ところで、僕は冒険者なのですが、パーティーのメンバーを探しているところなんです」


「よかったら、僕の仲間になってもらえませんか?」


 こっちを向いた。


「こんなところに居ても暗い気持ちになるだけですよ。僕と一緒に美味しいものでも食べて、楽しくなりませんか?」

「でも……亜人だから、また捕まる……」

「大丈夫ですよ。Cランクの冒険者の仲間なら亜人でも捕まりません。そして私はCランクです」


 貰ったばかりのギルドカードを見せる。……あれ? ギルドカードって有効期限はあるんだっけ?


「……いいんですか?」


 突然向けられた好意に戸惑っている上目遣い。


「もちろん。それじゃあ一緒に行こう! よろしく、えーっと」

「スイレンです」

「よろしくね、スイレン」


 爽やかな笑顔で心の距離を縮めようと試みる。


「よろしく、ラリー」


 スイレンが仲間になった。

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