005. Drunk Monkey

 ギルドに併設された宿屋一階のスペースにある食堂。

 夕食時になると、受付服からエプロンと三角巾姿に変身したイレーヌ嬢がここで愛嬌を振りまいている。

 他に従業員は見えない。客もそんなに居ない。


 この世界ではビールをエールと呼ぶらしい。

 硬いパンをつまみに飲む。

 記憶にあるビールとは似ても似つかない、異世界の味がする。旨味アリ! 雑味アリ! でもこれはこれで。


 ギルドカードに書かれていたスキルは三つ。

 それぞれ『The Wizard』『Love Doll Master』そして『Drunk Monkey』。


 まずは『The Wizard』について。

 さっき裏庭で試してみたところ、飲み水、火種、常温乾燥には困らないことが分かった。特に水に困らないのは大きい。

 修行すればいずれ強力な攻撃魔法が撃てるようになったりするんだろうか。それともそういうのは巻物で覚えるタイプなんだろうか?


 次に『Love Doll Master』。

 ……この世界にはLove Dollという名前のモンスターが存在していて、それらを従えることができるスキルなんだろうか?

 それとも、この世界にも前世で言うダッチワイフ的なものがあって、自分の手で支えずとも自由自在な体位で致すことができるとかだろうか。

 今のところ試すこともできず、そもそも見当もつかないので詳細不明。


 最後に『Drunk Monkey』。

 ……悪口だろうか。はたまた異世界猿でも千鳥足にできるんだろうか。


 それとは別に気になることがもう一つ。

 ギルドカードに表示されているスキルの文字の色が違う。

 前者は明るく、後者二つは暗い。

 後者はパッシブスキルとかだろうか。あるいは称号のようなものだとか? それだと後の二つがただの悪口になるが……一番しっくりくる解釈ではある。



 エールを一口飲んで落ち着く。

 ……とにかく、光熱費が浮きそうでよかったじゃないか。

 カードを他人に見せなければ変な二つ名を見られることもないわけだし。今後は魔法使いとして頑張っていこう。うん。


 エールが進む。


 グラスを見る。

 外気との温度差で結露した水分が雫となり、ゆっくりと垂れていく。

 ゆっくりと流れる時間。

 ゆっくりと歩いているイレーヌ嬢。


 この身体になってから飲むのは初めてなので、酔う感覚も違うのだろう。

 頭の方は意識もはっきりとしているが、身体の方は……左右の手指も精密に動く。しかしゆっくりと流れている時間。


 まさかと思いギルドカードを取り出す。

 明るくなっているDrunk Monkeyの文字。

 耳を澄ますと、すごく太っている時のイレーヌ嬢の声が聞こえてくる。


 その日はなんとか自分も太っている体で会計を済ませ、関脇くらいの速度で自室まで戻る。

 酔いが醒めてくるのと同時にDrunk Monkeyの表示が元に戻ったのを見届けてから、ベッドに横になる。



 翌日。


 今度はエールよりもアルコール度数が高い日本酒、サーキと呼ばれているお酒を頂く。

 前世のものと比べると、より日本酒感が強いというか、濁っているというか。それでいてアルコール感が強い。あくまで前世と比較して、だが。


 飲み始めて小一時間ほどで酔いが回ってくる。

 辺りを見回してみると……案の定、イレーヌ嬢の体重が昨晩よりも増している。

 まだスリムだった頃に会計を済ませておいてよかった。


 食事が終わったので、五百七十キロくらいの感覚でイレーヌ嬢と十六言挨拶を交わし、ゆっっっっっっっっっっっっっっっったりとした動きで部屋に戻る。


 昨晩と同様にスキルが解けるのを待つ。

 あくまで感覚ではあるが、スキルが発動している時間が昨日よりも長い気がした。


 そういえば二日酔いになったらどうなるんだろう?


 ……かなり嫌な予感がするので、今世では飲みすぎないよう固く心に誓い、大人しく寝ることにする。

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