47 傷……深く残ったわね

 アリスちゃんが言うた瞬間、ガシッと掴まれた首元がジワジワ痛んでくる。


「サイテーね」

「勘弁してくだせぇ」

「カナタ、僕は王の下へ行くよ。ここでまっててくれ」

「え、今この状況で俺を置いていく!?」


 激おこのアリアちゃんと強制的に二人きりにされた俺の運命は如何に!


 ジト目で俺を睨むアリアちゃん。首元から手は離れたものの、俺はいつか殺されるとしたらアリアちゃんにやろうなぁなんて思う。


「カナタ……お兄様、いえ……お姉様の件は後でしっかり説明してもらうけど、まずは、その……ごめんなさい」


 俺の体を申し訳なさそうに眺める。

 ぺろっと服を捲ってみたりする。


「いやぁ斬るの上手いな、めっちゃかっこよなったわ」

「傷……深く残ったわね」

「男は傷多い方がええんやで? 歴戦の勇者てきな!」

「魔王が言うセリフ?」


 優しく傷を撫でるように、傷跡に指を這わす。

 細くしなやかな指が、傷の端から端を移動する。動くたびに、表面だけがゾゾゾとこそばゆくなってくる。


「やーんアリアちゃんのえっちぃ〜!」

「ちがっ! つい……」

「つまり潜在的にえっちぃと。ふむふむ」

「もうなんとでも言いなさいよ! そろそろお姉様帰ってくるんじゃない?」


 話を逸らすように、アリスちゃんが進んだ方を眺める。

 でも、足音は後ろから聞こえる。


「二人とも、どうしたんだ? 遠くを見て」

「おかえりー! アリスちゃんがあっちから戻ってくるかなぁおもててん」

「ただいま、回り道してきたからね」


 アリスちゃんの手には、細い剣が一振り。防具店でも寄ってたんか?


「退団届を叩きつけたら武器や防具を全部取り上げられちゃってね。防具は後日買うとして、とりあえず剣をね」

「後で魔都着いたら用意させるわ。アリアちゃんも新調せなあかんやろ? 王女なったとき剣とか全部没収やろ?」

「ええ、助かるわ」


『ステラ、なんとか纏まったからそっち戻るわ』

『どんな感じでした?』


 脳内でいつも通りステラに話す。


 王が全国を纏めるために洗脳魔法使ってること、アリアちゃんが王族やったこと。東の国爆発させてお尋ね者になったこと。


『まぁザッとこんなもんや。詳しくはまた話すわ』

『西、北、ときて残すは東と南と中央。順調かと思ったんですが……東はきつそうですね』


 確かに、俺とイースト姉妹は出禁なってもうたしなぁ。どうすっかなぁ。



 ***



 姉妹が魔都にやってきて一ヶ月程度経った頃、南の国が中央に吸収された。ついでに国を護る騎士が崩壊した東も。


「イーストズ大丈夫か?」

「ええ……お父様の安否は気になるけど、もう関係ないから……」

「そっか」


 明らかに大丈夫そうじゃないアリアちゃんに寄り添うアリスちゃん。これはそろそろ俺も腹括るっきゃないかなぁ……


「二人とも、ついといで。ステラも」


 そう言うた俺は、一台のスマホを握って部屋を後にする。



 ***



 魔王城、地下。錆びついたドアの周りに、錆びついた鎖が床に散らばってる。


 ここは、ラボ。そう、あのニアスがおるところ。


「地下にこんな所あったのね」

「魔都は本当におもしろいね、カナタが面白いからかな?」

「え? 俺おもろい? いやぁ初めて言われたわぁ! 自分自身では最高におもろいおもてんのに、なかなか言ってもらわれへんからなぁ、みんなシャイで困るわ」


 最近アリスちゃんがめっちゃ褒めてくれる。シンプルに嬉しい。


 と、そんなことを思っていると――


『目標物発見。直ちに捕獲』

「なんや!?」


 透き通る声を拡声器で擦れさせた音が聞こえたと同時にドアが吹き飛び、巨大なアームが俺の胴体を激しく掴む。


「「カナタ!?」」

「大丈夫ですよ姉妹ちゃんズ。これは報いなのです」

「くっそこのマッドサイエンティストがぁぁあああああ!!」


 アームが停止した。と思ったら硬い鉄製の台に固定される。


「ほほう。これが噂のスマホだね? 僕を一ヶ月以上待たせるなんて、どうかしてるのかい?」

「……おい、どうかしてるのはあんたや。俺、魔王様よ!? 普通拘束しますか!?」

「なんか……そんなキャラじゃないだろ?」

「確かに」


 全力で立場を主張するが、スッと肯定してしまう。


 俺の横で目を輝かせながらスマホを確認するのは、ニアス。

 ボサボサの髪に、鼻のとこまでずれた丸メガネ。裾が膝下まであるヨレヨレのTシャツに、油やらなんやらで汚れた長い白衣。


 お世辞でも清潔感があるとは言わへん見た目してる。けどこれはあくまで科学者風のファッションらしい。


 ボサボサの髪は毎日アイロンで無造作に。


 Tシャツはあえてシワになりやすい生地をいい香りの柔軟剤で洗濯して、シワ伸ばしせずに乾燥。


 汚れた白衣は、特注の汚れ風デザイン。


 こう見えても意外とオシャレや周りの人に気を遣ってる。


「どうだいカナタ少年」

「なにが」

「……! 気付いてないのかい!?」


 まさか!? みたいな迫真な感じで俺に詰め寄るニアス。


「そうか……嗅覚を改造する必要があるか? 感度を五倍ほど上げてみるか」

「待てやめろ! 人体実験禁止!」

「ならカナタ少年、ミーが言いたいことをあてて見せるんだな」


 言いたいこと? なんや? 考えろ。これ間違えたら人体実験されんぞ。


 なんかヒントないか? 嗅覚……? これが引っかかるな。あえて嗅覚だけに絞った理由は? 俺が匂いに気付かんかったから!?


「匂いが変わった!」

「どこの匂いが変わったか分かるかい?」


 分からん。


「シャンプー変えたんよな! 分かる分かる!」


 苦しいか? 力技で乗り切れてくれ……!


「正解だよ! 流石だね。会っていない期間の間にシャンプーを変えたのだよ! いい香りだろう?」


 当たったぁ……!


「っちゅうか、女って大変なんやな」

「カナタくんどう言う意味ですかそれ……」


 いっつもそう思うもん。細かいことにこだわってめっちゃ努力しても、気付いてもらわれへん。そん時は気付いてもらえるようにアピールしたり脅迫せなあかん。ほんま大変やと思うわ。


「てかそんなんどうでもええんや! 俺は今日頼みがあってここ来とんねん!」

「ユーがミーに? 珍しいね」

「渋々な」

「お説教が必要かい?」


 苦々しい表情で言う俺に、サッと出した鞭で威嚇するニアス。


「まぁいい、頼みとはなんだい? 言ってごらん」

「武器作って」

「おや、これはまたまた珍しい。大体いつもはステラが家電を頼んでくるのに」


 目を丸くし、声を漏らしながらステラを見て微笑む。ステラもその笑みを返すようにニコッと口角を上げた。


「もう行くとこまで行ってもうたからな。多分魔王が国を支配しつつあることがバレとる。俺の正体も」

「中央国の動きから見て、そうなんだろうね。それで、ユーは手っ取り早く中央を落としに行くんだね?」

「「正気!?」」


 ニアスの言葉に頷く俺に向かって、めちゃデカボイスで絡んでくるイーストズ。


「いぇす! ぶっ潰すで」

「それはこっちの被害もちゃんと考えてるの……? 最悪の場合、首とられるのよ?」

「被害は無しで抑える」


 ぐっと親指を突き立てる。


「カナタが強いのは理解している、だが、今やろうとしていることは、魔族全体を危険に晒す行為だ。トップとしてもう少し慎重であるべきだ」

「アリスちゃんの言うことは分かる。けどな? 慎重に考えた結果が、今この状況やねん」

「……?」

「ミーに頼る。これが最適解だ」


 壁につけられた、不自然なボタン。黒と黄色のシマシマで囲われた赤いボタンには、ニンマリと笑うドクロマーク。


 明らかに押したらあかんやろってやつを、躊躇いなく叩くようにして押したニアス。


 ラボ内をけたたましいブザーが駆け回る。同時に回転する、隅に置かれた赤いランプが、なんかやばいことを知らせる。


「詳しい話はお茶を飲みながらでもどうだい?」

「茶やったんかい!」


 ドクロマークのボタンが付けられてた面の壁が開き、その中から淹れたての日本茶と、一口サイズに切られた羊羹が出てくる。


「ボタンを見れば分かるだろ? ニッコリ笑ってる絵じゃないか」

「いやいや、ドクロやん! なんか企んでるドクロやん!」

「僕、この絵すごく好きだな。ニアスが書いたのかい?」

「その通りだよ! もっと褒めたまえ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る