46 騎士団長さん女みたいやな

 その色々のところを聞きたいとこだが、詮索はやめた方がいいか? 王女アリアちゃんに接近しやなあかんし今は下手に動かれへんな。


「まあ僕の話なんて面白くないさ。そんなことより業務を覚えてもらうよ?」


 ――そこから数日は、怒涛の日々やった。


 鍛錬、鍛錬、鍛錬。ひたすら鍛錬。その合間にこの国について聞き込みをする。


 騎士の中には、王に対する不平不満を募らせる者も結構おった。


 王の、命を軽んじる命令が原因らしい。死亡率の高い任務も対策なし。挙句の果てには死亡した騎士の家族を、任務失敗の罰と称して死刑。


 ハラワタが煮えくりたぎるくらいムカつきまくる。お偉いさんってこんなんばっかか!?



 ***



「タロウ、風呂行こうぜ」

「もう少し鍛錬してから行くから先行っててくれ」


 午後九時、何も物が置かれてへんただの空間。そこで自重トレーニングを俺は続ける。同僚が風呂の誘いをしてくるけど、俺はそれっぽい理由をつけて断る。


「風呂は一人で入るのがええんよなぁ」


 カナタの姿に戻ってから腕をゆっくりと曲げていき、床に胸筋を近づけていく。

 ゆっくりと、じわじわと負荷をかけていくことが腕立てのポイント。筋繊維の悦びを噛み締めながら、腕に走る痛みを受け止める。


 効くぅ、最近筋トレが趣味になりつつあるな。誰のせいやろ。


 筋肉の痛みと共に時間が過ぎて、とっくに日が変わっていた。


「そろそろ風呂いこーっと」


 バキバキに割れる腹筋に、汗が滲んで艶めいてる。トレーニング用のウェアはびしょびしょで、上半身裸状態やけど、変態って訳やない、


 この時間は誰もおらんから、この状態でもうろつける。



 ***



 騎士専用の宿舎。というよりは豪華な屋敷。その中にある大浴場、男しかおらんのに無駄に煌びやかな作り。


「湯船にゆったり浸かって、筋肉の張りをほぐす。これが重要」


 手足の強張った筋肉を丁寧にほぐしていく。

 あとでサウナで整えよ。そう思いながら、サウナ室のドアを眺めてると……。


「……誰かいるのか?」


 げっ。誰かおったん?

 サウナ室のドアが開き、一人の人間が現れる。湯煙で顔は見えへんけど、ここにおるってことは騎士なんやろうな。


「すまん、一人風呂楽しんでた? 俺も一人風呂好きやからこの時間に入っててん、ごめんやで」


 あ……。


「その声は魔王か!?」

「あ、えっと……タロウだお?」

「……敵しゅ――」


 大声を出そうとするのはアリス。咄嗟に口を押さえ、背後から体を拘束するように抱き寄せる。

 なんで男を後ろからバックハグせなあかんねん! まぁ美形やしえっか。


 そんな思いは徐々に変わっていく。


 塞がれた口から漏れる吐息混じりの声、密着する肌は沈むほど柔らかい。


「騎士団長さん女みたいやな」


 拘束を振り払おうとするアイリの膨れ上がるほど鍛えられた胸筋に俺の手が触れる。


「きゃっ!」


 きゃ? というか胸筋? というかおっぱい?


「僕は女だぞ!」


 女? いやいやいや、ないないない! 俺はこの目で見たぞ。男っぽい見た目に男らしい言動。


 アリスの前に周り、視線を下へと落としていく。


「いやいやいや、ないないない!」

「女と聞いたにも関わらず前に回り込むか!?」


 ついてるはずのアレがない。そして硬くあるべきの胸筋は、まるで脂肪の塊の球体が二つ。


「すまんすまん、はいタオル」

「……ん」


 俺が頭に乗せてたタオルを、秘部を隠しながらテンパるアリスちゃんの腰に、目にも止まらぬ早業で巻く。


「この巻き方はおかしくないか?」

「大事なとこ隠さなあかんやん。え、まさか見られて濡れる人?」

「大事なところがひとつ隠れてないだろ! 腰だけでいいのは男性だけだろ」


 程よい膨らみの脂肪の塊を覆うように腕を前にやるアリス。


「男のフリしとるしええんかなおもたわ」

「揶揄っているな?」

「バレてもうた?」


 何事もなかったようにでっかい湯船に浸かるアリスにつられて、俺もなんの抵抗もなしに湯船に浸かってまう。


「「ふぅ……」」


 体の芯まで温めていくお湯が静々と表面を揺らし、穏やかな場を作り上げている。


「なぁアリアちゃんなんで王女やってるん。ついこないだまで騎士やったやん」

「騎士になり国を守ると聞かなくてな。というかなぜ生きている? そして何故東にいる?」

「あー、正義感が暴走したお嬢様てきな? アリスちゃんもそじゃね?」


 お互い横を向くことなく、並び合って湯に浸かる状況に疑問を持ちながら、アリスちゃんの質問を無視して質問返しする。


「僕はアリアが幼い頃に女を捨てたんだ。僕がいたらいずれアリアが騎士として、僕が王女として振る舞っていることになっていた。僕はアリアを危険な目に合わせたくなかった、それなのに二人とも騎士なんて……」

「こんなんぶら下げて何言ってんの」


 妹にはない、ぶら下がった立派なものを鷲掴みにする。見やんのが最低限の気遣い。


「ひゃんっ! ……普通揉むか!?」

「えらいかわええ声でるやん、立派な女性じゃない? その顔の傷で女捨てたとかテンプレみたいなこというとんの?」

「……」


 図星なんかい。黙り込むアリスちゃんのおっぱいをモニュモニュとこねくり回してみる。


「やっ……やめ! ひゃうぅ」

「なんやろう、すごいステラに怒られそう」


 手を払われへんから好き放題やってみたけど、ステラとかサラちゃんにバレたらマジで殺されそう。


 あ、せや。東に来たことやし、あれ聞いとこ。


「なぁ洗脳魔法使っとるやつだれ?」

「なるほど……これが魔族流の尋問か」


 なんか勘違いしてくれてるしそういうことにしとくか。


 揉みしだいてる胸に現れる突起。見てはないけど感覚で分かった。敏感な突起、それを軽く指で弾いてみる。


「……ッ! そこはっ!」

「言ってくれたらやめるで」

「僕の父親さ」

「さんきゅー」


 尋問に屈するアリスちゃんに、イマジネーターで出した手鏡を渡す。


「見てみ? これでも女捨てたって言えるん?」


 手鏡に映るアリスちゃんの頬は赤く染まり、妖艶さを演出するかのように瞳がとろけている。


「僕もこんな顔出来たのか……」

「せやで、エロいな」

「ありがとう」

「え……?」


 胸に置かれたままの俺の手を両手で握り、そのまま顔の傷を当てるように、握られた俺の手に頬を寄せるアリスちゃん。


 ……どないしよ、俺のせいでアリアちゃんの姉貴が痴女覚醒してもうた。やばいバレたらアリアちゃんに殺される。


「僕が女を捨てたことを後悔していると思って励ましてくれたんだろ? 嬉しいよ、これが恋心なんだな」

「お、おう。せやで? ちょっと触りたくなったとかやないで決して。恋心かどうかは知らんけど」


 顔の火照りを誤魔化すためか、手で湯をすくい、自分の顔にバシャバシャとかける。


「アリアが認めるのもわかる。お前は面白い男だ」

「おおきに!」


 徐に風呂から立ち上がるアリス。


「さあ行こうか」

「……どこに?」

「王の下へ」

「何しに?」


 前を隠すつもりがないんか、タオルを肩にかけるようにしながら進んでいく。それはさながら投石器をもつダビデ像のように、神秘的な筋肉美を放っていた。


「退団届と、アリアの救出だ」

「え、騎士団長やめんの?」

「ああ、お前ならアリアを任せれる。となれば僕は騎士を続ける理由がないからね? 姉妹ともども、魔王にお世話になるよ」


 ニヤリと口角をあげ、「僕を女にした責任を取ってもらわないとだしね」と付け足した。



 ***



 東の国、王の住処。王城。今この瞬間、そこが盛大に爆発する。辺りが火に包まれ、煙が立ち昇る。


「だ、大丈夫なのか?」

「安心し、怪我人一人も居らへんで。爆発の瞬間に城におる全員を外に逃したし、爆発の規模も街に及ばんようにしとる」


 見た目的には絶望レベルの爆発やけど、あくまで演出。


「で、アリアちゃんはここでーす」

「……! カナタ!? それにお兄様も!」


 急に場所が移動したことより、目の前におる人物に驚くアリアちゃん。


「どうしてお兄様がカナタと……? というよりなぜそんな格好を!?」

「自分らしく生きようと思ってな」


 裾の長いワンピースにカーディガン。大人女子風の服装に反応する。


「いや、その……自分らしく生きるのはいいと思うんですが、さすがに女装は……妹としていきなり受け止めることは……」

「……?」


 女装も時間が経てば受け入れるつもりなんやな。てか。


「なぁ男やと思ってるん?」

「ん? 何言ってるの、お兄様は男だからお兄様なんじゃ?」

「えっとこれは……どういう?」


 何かを思い返すように、ふと上を見上げるアリスちゃんは、ぐいっと俺の腕に身を寄せる。


「すまんなアリア、お前を守るため性別を偽ってたんだ。女を捨てたと思っていたが、先ほどカナタに思い出さされてな」

「…………」


 明かされた事実に対する驚きや、身内のデレを目の当たりにした気まずさ、色々感じたような表情。けど、その表情は次第に無に変わる。

 

「え、えっとな? あれやで? 貫通式やったとかやないからな!?」

「じゃあ何をしたの?」

「いやぁその……」

「胸を揉みしだかれたくらい」

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