44 だから! 妾をシカトするでない!
「愛玩動物が愛玩動物って言うのなんかシュールですね?」
「やんな」
「おい、まさかステ嬢も妾に気付いとらんかったのか?」
「「ん?」」
周りの景色が揺れる、陽炎ってやつやな。周囲は熱が滾り、あっちゅうまにあたり一面、太陽の出てへん真夏の昼間みたいな気温になる。
「ちょ、なにこのラーメン食う気失せるレベルの暑さ!」
「つけ麺をメニューに追加してもらいますか」
「ナイスアイディーア!」
一瞬にしてラーメン食べたい欲が、つけ麺食べたい欲にシフトする。
食欲が減退する夏のあっつい時でも、キンキンに冷やしたタレにザルに上げられた麺見たら食欲が戻る。
タレとかザルに氷入ってるやつやと、なおよし。
「だから! 妾をシカトするでない!」
陽炎を裂くように、大量の蒸気が視界を妨げる。機関車顔負けやなこれは。
「人影……でしょうか?」
「人影やな、誰や」
「まさか妾を忘れたとは言わんじゃろ? カナ坊にステ嬢」
蒸気が引いていき、人影の姿が鮮明になる。
ツインテールにした桜色の髪。タレた瞳は髪と同じ桜色。ほぼ全裸のそいつは、大事な部分を龍の鱗で覆っている。
「マギーか! マギー・フォーゼ!」
「キャンディーを食べちゃったんですか!? マギちゃん!」
あ、そういえばキャンディーおらんな。どこいったん。
「違うわい! キャンディーの正体は妾じゃ」
「へー」
「なるほど、つまり……え、どうして犬に!?」
把握するのを諦めるなステラ……。俺にもわからん。
「そ、それはあれじゃ……メアとはぐれた後にカナ坊を見かけてのう? どんな顔して会えばわからなくてのう……」
「マギちゃんそんなこと気にするタイプでしたっけ?」
「まぁ細かい話はええや。メアんとこ行くで、その姿やと問題ないやろ。メア、心配してたしはよ顔見せたり」
「カナ坊……」
今までの重荷が外れ落ちたみたいに、安堵の表情を浮かべる。
「俺の部屋荒らしてた件はあとでじっくりきくけどな?」
「うっ……!」
***
「マギちゃん! それなりに心配してたんだよ? どこ行ってたの!」
「それなり……いや、それでもありがたいか。迷惑をかけたな、メア」
「いいよ! ほら食べな、伸びちゃうよ」
三人の前に置かれたラーメン。これでもかって言うくらい、脂の乗った分厚いチャーシューが乗ってた。
「メア? これタレでしっかり煮込んだ濃いぃやつやない? さすがに深夜にこれは……」
「え、カナタくん食べないんですか? 美味しいですよ」
「カナ坊、出された物を残すのは感心せんのう。曲がりなりにも王を名乗るなら、皆の手本になるように行動せんか」
「魔王様! たーんとおあがりよ!」
これたいらげたら確実に胃もたれで苦しむ。でもこんなええ香りに抗えるやつなんておらんと思う。
麺の露出を拒むような、見るからにコッテリとした白いスープ。俺から見て奥の縁にもたれさせるように盛られた大量のチャーシュー。
真ん中には気持ち程度のもやしと、メンマが添えられてる。その上にパラリとネギをひとつまみ。
「マジええ匂いや」
俺の両サイドでは、ステラとマギーは笑みを浮かべながら麺を啜る。
厚切りのチャーシューを大胆にかじって、もやしとメンマと共に麺を勢いよく口に運ぶ。
レンゲでスープを掬って流し込む。その度満足げに、『ふぅ』と息を漏らす。
「――美味っ!」
気付けば、俺は必死に麺を啜ってた。
真っ直ぐな細麺に、しっかりと絡んだ超濃厚な豚骨スープ。サッと湯通しされたもやしは、シャキッといい音を奏で、少し硬めの麺と共鳴する。
この僅かな食感の違いが、箸を止めることを拒む。
「自信作! カロリーお化けメーン! まだ試作だけどね」
「これは絶対人気出る! 特に名前が!」
「カナタくんとメアちゃんは本当に感性が似てますね」
せやな、なんて同調しながら、ラーメンをたいらげる。案外胃もたれせんかった。なんか特殊製法とかかな。
***
「お……おは、おは……よう…………」
「…………はようござい……」
当然のように俺のベッドから起き上がるステラ。真横におったからわかってたけど、やっぱステラも寝られへんかったか。
「ステラもか?」
「はい……後から胃もたれが」
「昔は平気やってんけどなぁ……」
「カナタくんお年寄りみたいな発言やめてください?」
***
「朝から何よカナタ」
「えーっと、夜這い?」
「もう太陽が昇ってるので夜の定義は粉々ですよカナタくん」
朝六時。起きてるかなんてお構いなしで、俺らはアリアちゃんの部屋を訪れた。
出てくるまでドア叩き続けたからやろか、すっげぇ機嫌悪いのが見るだけで分かる。
「で? 本題は?」
「これ」
ずいっと、モフモフのキャンディーを体の前に差し出す。
そして……。
「元気じゃったか? 人間」
瞬時に姿を元に戻し、俺に両脇を捕まれた状態の全裸もどきが言った。
「…………」
目を擦ったり、頬をつねったりしてみるアリアちゃん。何度も目をパチクリパチクリして、終いには自分の頬を両手でキツく打つ。
「幹部のマギーちゃんでーす」
「キャンディーは!?」
「ここおるやん」
順を追って説明すべきか。
「――そう……いうことね……」
「すまんのう人間よ。じゃがこちらも愛くるしいじゃろ?」
「まずそのデカイの取ってから言ってくれる? 憎くて仕方ないわよ」
マギーにぶら下がる、一部を赤い鱗で覆われたどでかい双丘。目を見開いて唖然とするアリアちゃんは、確実にこの乳をねたんでるな。
「なんじゃ胸に嫉妬しておるのか?」
「マギちゃん、そんなこと言ったらダメですよ?」
「せやぞマギー。貧乳代表を務めるほど自信持って生きてるねん、ただの脂肪の塊に嫉妬するわけないやろ! なぁアリアちゃん?」
「私がいつ代表に――」
俺のボディーに拳を入れ込もうと踏み込んだアリアちゃんやけど。
「そうね! 貧乳代表として脂肪に嫉妬するなんてありえないわよ!!」
ここで殴ったら揶揄われるとおもったんか、一筋の涙を浮かべながら、マギーのグラマラスな体躯と自分を見比べる。
「なんか……ごめん」
「ほんっとだめですよカナタくん! 女の子はデリケートなんだから! こんな小さい胸でも生きてるんです! カナタくんだって粗ちんでもどうどうと生きてるじゃないですか!」
「誰が粗チンや」
場におるみんなの視線が俺の息子に向けられ、ちょい恥ずかしなった。っちゅうかステラ俺のちんちん見たことないやろが、今度粗チン言うたら臨戦体勢のソン・カナタ見せつけたるからな。トレンチコートをパッと開いて。ザッツ! バーバリーマン行為。
「ま、ええわ。アリアちゃんにマギー紹介できたし、俺はちょっと散歩してくるわ」
「了解です」
さ、騎士領までお散歩や。
***
村を見渡しながらゆっくり数分歩いたところで、疲れたから空間を歪めた。
「ようおっさん!」
「うぉっ! 坊主、その登場の仕方は心臓に悪いぞ勘弁してくれい」
「っちゅうても余裕そうやけどな? サラちゃんどこおる?」
騎士領の大広間で掃除してるおっさん。これが団長だと……?
「サラ嬢なら訓練所で銃をぶっ放してる最中でい。見てて痛快だから行ってみな」
「そりゃおもろそうや、行ってくる!」
「――サラちゃぁん! 頼んでたことなんか動きあった?」
「ん、カナタか。少し面倒なことになりそうだぞ」
次々と現れる的を一瞬にして撃ち抜いていくサラちゃん。
「面倒なこと? なにがあったん」
「東の騎士団長がアリアと接触していた。会話は聞こえなかったが、アリアは東から来た騎士だ。魔都の情報を探るために潜入している可能性があるんじゃないか?」
内通者っちゅうやつか? まじで内通者なら、魔都だけじゃなくて西の国や北の国にも危険があるかもしれん。
「こりゃあ早急に対処すべき案件やなぁ……また今度アリアちゃんに聞いてみよ」
「カナタ……早急の意味知ってるか? 今すぐ確認しに行くぞ」
えぇ……また今度で良くない?
『ステラ、なんか面倒なことなりそうらしくて今からアリアちゃんに話聞きに行くから捕まえといて』
『よく分かりませんが分かりました』
脈絡のない文で今から魔都に戻ることを伝えたら、空間を歪める。
「さ、めんどいけど行こか」
「ああ。尋問なら小官に任せてくれ」
「穏便にいこうぜ」
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