39 ゴミですね。潰しましょう

 ***



 屋敷の執事達が、領主の命令で営業させられてるレストラン。そこで今、作戦会議をしてる。


「あんなにもカッコつけてたのに……」

「しゃーないやん! だって怖かったんやもん! 見た!? 人みたいな感じから一瞬で牙生えたで!? ぶっといやつ! エルエルサイズのディルド並みの」


 ジト目で見るリエルくんが。


「例えが低俗」


 ゾクゾクする視線で言い放つ。

 低俗言われてもそれしか例えようがなかってんもんなぁ。まぁエルエルサイズなんてネットと、メアの部屋でしか見たことないけど。


「お客様も、お嬢様との婚約のために魔族に挑んでらっしゃるんですか?」


 なんか言うてきたんは、顎髭を蓄えたダンディーな紳士。ビシッと黒のタキシード着こなしてるっちゅうことはここの店員の執事さんやな。


「いや? 特に何のためにっちゅうのは考えてへんで」


 強いて言えば世界征服のためにやねんけど、これは言うたらリエルちゃんに怒られるやつやな。


「そう……なんですか? 聞こえてきたお話では、牙やらなんやらと……」

「あーウチら魔族ハンターやからほら、ただ狩りたい的な? 傭兵さんにも手伝ってもろて快適に進むかおもてんけどちょい怯んでもうたわ」


 自分で言う度、魔族ハンターってなんやねんって思うけど、気にせんと誤魔化し通す。


「なるほど、でしたら今回の報酬はお得ですな」


 紳士が渡してきたのは、一枚のチラシ。そのチラシには、一人の少女の写真と、「魔族を討伐した者に我が娘を進呈する」って書かれてた。


 リリを除く、魔都組はこれを見せられてちょい困惑する。


「おい、正気か? これ」

「リエル、落ち着いて……」


 先陣を切ったんは、俺に目立つなって言うてたリエルちゃん。

 店内におる客の視線を浴びながら、チラシを握りしめる。


「これ本人の許可得てるん?」

「本人……というのは領主様のでしょうか? それでしたらもちろんです。領主様が直々にご提案されました」


 と、紳士は悪びれもせずに答えた。


「そんなんはどうでもええねん、娘ちゃんの許可は? 魔族倒しただけの素性もしれんやつの元に行けって。そんなん言われて許可出すやつおらんやろ」


 俺に距離詰められた紳士は、困惑した表情を浮かべる。


「お嬢様の許可は必要ないでしょう? 領主様の命は絶対ですので――」


 紳士の声は、強く叩かれた机の振動音で途切れる。


「宿に戻ろうカナタ」

「はいよ、このままやとリエルくんが俺より先に暴れそうやしな」

「そうですね、戻りましょう」


 こめかみをひくつかせてるのは、まさかのグレイ。

 ステラもだいぶご立腹のご様子で、机の上に金貨を一枚叩きつけるように置く。紅茶しか頼んでへんから数千ベルで済むんやけどな。お釣りはとっとけ的な漢気なんやな。ステラさんぱねぇっす。


「みんなどうして怒ってるんだ? 俺にはわかんねぇ」

「この国ではあんなん結構あんの? なんかの報酬として人が渡されるって」

「あぁ、よくあることだ」


 よくあるんかい。これが普通なんかしら。貴族やから? とかは関係ないんかな。


「俺らはそれが気に食わんねん。人を、それも自分の娘を物扱いなんてな。潰すか?」

「ゴミですね。潰しましょう」

「潰すしかないな」

「潰そう」


 満場一致で、目的が変わった。


「ま、待て。それはダメだろ!? 反逆罪になるぞ! 流石に傭兵の俺は賛成できないし、止めないとダメだ!」

「なら反逆罪でええや。俺らが罪人なったら、リリが捕まえてな」

「ついでに情状酌量もお願いしますね」


 ちゃっかり罪を軽くしようとするステラたちを連れて、俺らは向かう。いざ! 新たな目的地へ。



 ***



 煌びやかに飾られた部屋に、ごっついベッド。いかにもお嬢様って感じのどでかいオシャ部屋。

 

 そこに現在、異質な存在が潜り込もうとしている。


「見てや窓もバカでかいで、やばくね? こんなでかいのにカーテンしてへんねんで? お着替え覗き放題やん」

「極限のアホですね」


 そう、異質な存在。それはステラ、きっとステラだけ。俺は保護者。

 俺たちは、二手に分かれて作戦を決行してる。

 

 俺をアホ呼ばわりするステラをよそに、窓をコンコンコンと三回ノックする。


「だ……だれ、ですか……?」


 机でなんか書いてたお嬢様が、訝しげに声を振るわせる。だが、こんな時のための切り返しテンプレがある。


「た、宅配便で〜す……」

(イカれてるんですか!? ここ五階ですよ!?)


 苦し紛れの言い分に、ステラが小声でツッコむ。


「ここ五階ですよ!?」

「玄関アレルギーなんで、窓から来ました〜! ハンコお願いしまーす」


 まだ苦しいか? なんとか誤魔化せてくれ――


「アレルギーなら仕方ないですね。今開けまーす」


 おっとりとした口ぶりで放たれた直後、でかい窓が開かれる。

 瞬間、俺はお嬢様の腕と口の自由を封じる。ごめんな、見た目女やから犯罪臭は薄まってるはず。いや犯罪なんやけどな?


「ステラ、なんかこの子全然抵抗しやんくて怖いねんけど」

「楽でいいですね。とりあえず窓閉めますね」


 こいつに人の心はないんか。こんな状況で抵抗しやんとかだいぶやばいで? 急に知らんやつ入ってきて、そいつに拘束されてんのに無抵抗。


「……えっと、初めまして…………」

「初めまして。私、北の国領主の娘エレナ・ノースと申します。それで本日はどのような要件で?」


 拘束から解放した瞬間エレナと名乗るこの子は、首を傾げながらも言葉を付け足す。


「恐らく、討伐のチラシを見られてここにきたんですよね? 私を材料にして、魔族が有益になる交渉で討伐を偽装。そして、討伐報酬として私……もとい国を手中に収めようとするものが現れると思っていました」


 つらつらと小難しいこと言うてる。多分言いたいことは、トップの娘と結婚したら実質棚ぼたでトップなれるから、都合よく国を動かせるっちゅう感じで交渉するんやろな。

 そんな頭まわるやつなんておるんか? 女目当てのやつなんて大抵鳥頭やろ。


「エレナちゃん……ウチはそんな頭良くない!!」

「え!?」

「カナタくん、それ堂々と言うことじゃないですね。それにエレナちゃんは少し思い込みが強いタイプですか? 報酬目当てで魔族に挑む人間なんてそんな頭回りませんよ。クズばっかりですし」


 拍子抜けしとるエレナちゃんに、俺は追い討ちをかけるように事実を明かしていく。


「エレナちゃん、目ぇ見開いてよう記憶に叩きつけときや!」

「ショックで気を失うかも知れないのでベッドに座ってみててくださいね?」


 言うて、エレナちゃんはベッドに座らされる。

 座ったことを確認した俺らは、目配せして瞬時に姿を変える。ステラは、ウィッグとった後の髪を手櫛で整えてる。


「カナタくん、なんですかその格好は?」

「魔王っぽくアレンジしてみた」


 革のズボンに、上半身は半裸。その状態で革のジャケットきて、なんらかの鳥の羽を使用した長めのマフラーをたなびかせる。いつもより大きめの翼も生やしてるし、頭には黒い冠も被ってみた。これぞ魔王。


「ただの変態じゃないですか」

「薄々俺も気づいてたけどもうこれで良くね? あ、写真は五枚までやぞ!」


 俺の服装にツッコミながらも、スマホを構える体勢はプロそのもの。

 アホみたいなやりとりしてる間に、エレナちゃんの意識はすでに失われかけてる。その証拠に、片腕はベッドについてる。


「あの……魔王って? それにお二人とも性別が」

「これが本来の性別。んで、俺が魔都の王! つまり、今狙われてる魔族の親玉やな――」


 と、唇に柔らかい感触がやってくる。

 

 俺の頬に添えられた小さな手は震えているものの、俺の顔から離れる気配がない。しっとりとした感触から伝わる温もりは、びっくりするほど心が安らぐ。

 三秒ほど時間が経った。のにまだ離れる気配がない。どころか、少し熱を帯びた物体が俺の口内に不法侵入してくる。こ、これが……大人のキスってやつか! そうなのか!

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