38 もう少し我慢してくれ

「分かってるなら自由をくだせぇ」

「もう少し我慢してくれ」


 女は、何かに気づいたような表情で立ち上がる。


「名乗り遅れてしまったな。俺は北の国傭兵団のリリだ。女だからって舐められてはいるが、腕っ節は誰にも負けないと自負している!」


 これあれや。ちょっと煽ったら仲間なって一緒にオオカミくん倒してくれるパターンのやつや。そうに違いない。


「ウチはベル! よろしくな」

「あぁ、よろしく頼むベル。会ったばかりで図々しいがお願いがあるのだが……」


 再び椅子に座るリリは、そのまま俺の耳に顔を近づけて……。


「現在北の国で目撃されている魔族を、俺と一緒に討伐してくれないか?」

「はい……?」


 ニヤッと笑うリリは、「隠さなくていい」と言ってから言葉を続けた。


「ベル、あんたは相当の強さを持つ戦士だろ? そこらの雑魚は誤魔化せても、俺の目は誤魔化せないぞ」


 これは想定してなかった、煽らんでも既にやる気満々やったわ。後は上手いこと俺ら魔都メンバーに会わせて、そっから世界征服したいこととかも納得させて完全にこっち側に引き込むだけやな。


 多分リリは、自分の力が正当に評価される場所を求めてるんやと思う。口ぶりからして多分そうや。てことはやで? ちゃんと理解してるで! ってことを言葉やのうて間接的に態度で示せば伝わりそうやんな? あれ? 伝わるんかな。わからんようなってきた。


「バレてもうた? ウチ結構強いで!」

「身振り手振りで強者のオーラが出てたぞ? それで、どうだ? 一緒に討伐し」


 リリの話を遮り、俺は言う。


「ウチな? もともとこの国に魔族を狩りにきてん。なんせウチは魔族ハンターやからな!」

「つまり……?」

「一緒に討伐しよ! でもな? ウチ仲間おんねん、その子らも一緒でええ?」


 言葉の意味を聞き返すリリに、仲間が別におるってことを伝える。すると、リリは。


「もちろんだ、心強いな! 正直二人では不安だったんだ!」

「ならよかった。傭兵団どもにリリの強さ認めされるとええな!」


 なんで魔族倒したいって理由知ってんねん的な反応を見せるリリ。そこらへんの雑魚は誤魔化せても、俺の目は誤魔化されへんで?


「ではまず仲間と合流しないとダメだな。すぐここから出よう」

「出してええん!? サラッと言うたけど」

「大丈夫だ、あいつらは荒事しか興味ないからな。こんなのも形式だけで話なんて聞きゃしないさ」


 形式だけのやつであんな上からもの言うてきよったんかい。腹立つな、あいつらには些細な不幸が怒るよう祈っとこ。


『聞こえる? 今から傭兵団のリリって子を連れ出すから、宿で合流しよ』

『了解!』

『今から記憶流し込むから状況把握しといてなぁ』


 事前に知らせといたら楽でええ。ステラががうまいことあわせてくれるやろうし。


「宿で合流することになってたから、そこいこか」

「ベルがどこを通ってあの路地に行ったか、という適当な理由で抜けるから辻褄合わせといてくれ」


 そんなんで誤魔化せる傭兵団の存在意義って……?


「――なぁなぁ? 傭兵団て必要あんの? トランプしてたで?」

「基本うちの傭兵団は武力以外では役立たずだから気にしなくていい」


 何気に自分のことも役立たずいうてるようなもんやけどええんか? 


 傭兵団基地から、ステラたちの待つ宿へと歩いていく。場所よう覚えてへんから、見覚えのある景色の方へと進む。


「目撃されてる魔族についてなんかわかってることあんの?」

「ああ、ヤサは割れてる。だが、人数が多くてな。奇襲をかける必要があるかも知れない」


 ヤサ? 拠点のことか? ようわからんけど、とりまその場所乗り込んで暴れればええっぽいな。詳しいことはステラ達と合流してからでええか。



 ***



「お勤めご苦労様です!」

「その言い方やめて出所後みたいやん」

「事実じゃん」


 宿に入ったとこすぐのロビー。そこで待ち受けてたのはステラとリエル。グレイは部屋を掃除してるらしい。なんでも、掃除が行き届いてないのが気に食わんらしい。


「この子は?」


 説明してたものの、知らんふりをしてくれるステラ。軽く自己紹介を済ませるリリは、ガシッとリエルちゃんに抱きつく。


「結婚しよう」


 一筋の涙を流し、抱きついたまま懇願するリリ。何言ってんの?

 口をパクパクさせて、明らかに困惑するリエルちゃん。俺も困惑してる。ステラはキュンキュンしてるっぽい。


「は、え、はぁ!?」

「整った顔、欲を刺激する肉体。ツンケンとした男らしい態度に隠れる乙女感漂う不思議なオーラ、ドストライクだ。俺と結婚してくれ」


 堂々と言い切るリリは、しっかりとリエルちゃんを見据えるように頬に触れる。


「ちょい待て待て待て! 何言うとんねん、見てみい! テンパってまだ口パクパクしとるがな!」

「……舌入れていいかな?」


 ええわけあるかい。


「はいとりあえず離れよなー。そういうのは事が済んでからにせい」

「へーい。ならパパッとやろ? 部屋どこ?」


 ステラに案内され、そそくさと進んでいくリリ。まだ口パクパクさせてるリエルちゃん引きずって俺もついてく。


「おーいグレイ、そんな掃除しまくってもすぐ出ていくことなると思うでー」

「……ん? どういうこと?」


 ぴっかぴかに磨かれた床にビシッと整えられた二台のベッド。待って、一部屋しか借りてなくてベッドは二台!? これは淫乱展開の予感!


「魔族の拠点わかったから、今からこの子と一緒にどつきにいくで」

「がってん!」


 ビシッと敬礼するグレイは、俺の奥に視線を向けて……。


「あれ……なにしてるの?」

「求婚されてテンパってる」

「わーお」


 驚きすぎてか、リアクションが適当なグレイ。まぁ絵面的には俺様系のお姉さんがクーデレイケメン口説いてるみたいな感じやけど、実際はただの百合やもんな。ご馳走様です!


「領主殿の屋敷のすぐ裏手に魔族はいるぞ、火でも放とう! さぁさぁレッツゴー!」

「あかんあかんあかん! 領主の屋敷付近の場所燃やそうとすな! 大惨事やわ!」


 ズバッと部屋を出て行こうとするリリを止めるけど……。


「魔族の拠点に火責めはあまり意味ないと思うよ? 伝記では、大抵の魔族は奇襲対策を万全にする。と」


 不思議そうに言うグレイ。奇襲対策とかしてたっけ? そういえば城改築した時なんか変な魔法陣あったけどあれが奇襲対策とかやったんかな? やとしたら所詮猿知恵やな。すぐ消せたもん。


「派手にやったら領主に見つかってややこしくなりそうやしシンプルにのりこもか?」

「だな、奇襲はあまり好きじゃない。卑怯な気がして」


 テンパりから解放されたリエルちゃん。

 見た目も性格もイケメン! なにこの子本気で尊い。


「でも人数が……」

「人数がおっても、余裕やで? 全員強いし」

「自意識が過剰……とも言えないんですよねぇ」


 何事? という表情で、こっち見てくる。


「ま、とりまさっさと行こ」


 飯食い損ねてるから、その鬱憤をオオカミくんにぶつけたる。



 ***



 高貴な佇まいの、白い建物。の、裏にまわる。


「この魔法陣だ」


 リリが指差すのは、紫に光る真四角の魔法陣。なんで真四角? まぁええや。


「お掃除おなしゃーす」

「任された!」


 ズザザ! と足を滑らせ、魔法陣を消していく。

 本来なら、魔法陣は作ったやつにしか消されへんけど、俺は例外。グレイの足に特殊な魔法を付与して、消せるようにした。


「入り口が出てきましたね」

「よし入ろ! かますで」

「本当に大丈夫なのか? 不安要素しかないん――」


 ――入ろうとした瞬間に、こっちに向かう人影を察知する。魔族か? ぱっと見人間やけど……尻尾生えてんな。


「えーっと……一旦立てなおそか?」

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