32 カナタくん、よく見たら女の子になってますよ?

「確かに、要請が入る可能性はあるな」

「せやろ? だからまずは目立たんように潜入して、様子見よかなって」


 サラちゃんは、俺が言いたいこと理解したみたい。グレイを仲間入りすることを許可してくれた。もちろんグレイ本人も。本人の許可なしに連れ回すなんて盗賊みたいな真似はせん。


 暇つぶしも兼ねて、北の国を調査。これが今の俺にできる最善やと思った。サラちゃんも納得してくれたし、グレイも承諾してくれたから近々北に行くことが決定した。魔都から連れてくメンバーも選出しとかなあかんな。


「ほな、俺は魔都戻るわな」

「ああ、気をつけて帰るんだぞ」


 言うてるサラちゃんやけど、空間歪めて飛び込むだけやから危険も、心配もないねんけどな。サラちゃんもそれに気づいたみたいで苦笑いしてる、気がする。

 苦笑いサラちゃんを背に空間に飛び込んで、騎士領から出る。

 

 ――騎士領出て、しばらく歩いた頃。


「迷ったなう」

 

 メッセージをひとつ、泣き顔のたこ焼きさんスタンプと共にステラへと送信する。

 騎士領からの帰り際に特大のフラグ立ててたみたいや、回収早いねん。空間に飛び込む瞬間に寄り道しよ、なんて思いついた瞬間の俺を殴りたい。ちゃんと魔都に戻れば良かった。


『空間歪めて移動できるのに、どうやったら迷えるんですか?』

「リエルちゃんの顔拝みにいこおもてな。距離そんなないから歩いて行ってんけど、森に迷い込んだ」


 鮮やかな緑が生い茂る木々と、静々と流れるちっちゃい川を見渡しながら、ステラに返信する。あ、小魚みっけ。


「――カナタくんほんと世話が焼けますね。あ、小魚」


 ステラからの返事は、画面上に映されることなく、直接俺の耳に届く。

 魔法陣から飛び出たステラは、テクテクと澄んだ川の方に向かって小魚の群れを眺める。あの魚なんかかわええよな、わかる。目をひく蛍光グリーンの鱗がいい感じ。あとビー玉っぽい目ん玉。


「よくよく考えたらさ、迷っても空間歪めたらすぐ戻れたよな。世話焼かせてごめんやで」

「ですよ。まぁ? カナタくんの知能が下がってたおかげで? こんな大自然の中デートできるわけだし? 全然気にしなくていいですよ、カナタくんのお世話は私の役目なので!」


 小魚に背を向け、そのまま俺の手をぐいっと引っ張るステラ。躊躇することなく、ズンズンと森の奥に進んでいく。なんかあるんか?


 ――森の奥に進むにつれ、木々の色は濃くなっていく。優雅に川を泳いでた小魚たちは、すでに見えんようになって、代わりに落ち葉がプカプカ浮いてる。嫌な予感する、こう、なんかゾワァっとする。背筋を筆でなぞられてる感じ。


「な、なぁステラ? 流石に奥に進みすぎじゃない?」

「遭難しちゃいました……てへ」


 舌をぺろっと出すステラ。ちょっとエロ可愛いのがムカつく。


「遭難してもうたんか、そうなんか……って言うとる場合じゃなさそやな」

「はい、すぐに戻った方が良さそうですね」


 ステラがシリアス顔する中、使い古されたポピュラーなダジャレを口ずさむ。でも、現状のやばさに内心びくついてる。

 鼻にカラシぶっ込んで、そのうえ百トンハンマーでどついたみたいな痛みを錯覚させるほどの、荒く、濃い、鉄分の匂い。転生したときに嗅覚も強化されたんかな……? 強烈な匂い嗅いで痛くなるような鼻ならいらんから、喜んで取り替える。


「気づかれへんようにこっそりと飛び込むで」

「わかりまし――」


 俺がしれっと歪めた空間に目を向けて、ステラが言いかけたその時。


「リバァァァァァ!!!」


 背に青の毛皮、腹にピンクの毛皮を携えた獣が襲撃してくる。なんやこいつ……! 猪か? 魔獣の類やな多分。でないとこんな派手な生物認めへん!


 恐らく魔獣の猪は、鋭い目つきで俺とステラを交互に見る。

 ゴツゴツした足の筋肉を活かしきれてないんか、フラフラとした状態で、一直線にステラへと突っ込んでいく。選ばれたのは、ステラでした。


「カナタくんより魅力的だったってことでしょうか? ちょっと優越感」

「勝ち誇っとる場合か! たまたまやろ!」


 なんかよう分からんこと言うとるステラに猪は、進行を止めて鼻から謎の気体を繰り出す。その気体は、空気中に分散することなく直線を描くようにステラを襲う。


 ステラを引き寄せ、口と鼻を手で覆う。あ、自分の口と鼻覆うの忘れてた。なぁ、これ絶対麻痺系の毒ガスやろ? わかってんねん、遭遇した敵が謎の気体ぶちまけたら大体毒。こんなとこで麻痺したらステラにやられたい放題されるって。勘弁してくれよ。


「……ん? なんで俺やのうて猪が倒れとんの」


 麻痺系の毒ガスで倒れるはずの俺はピンピンしとるのに、毒ガスを噴射した張本猪が、どさっと倒れる。砂埃をたてて。


「カナタくん、よく見たらこの子ぼろぼろですよ?」

「ほんまやな」


 猪の体は、切り裂かれたような傷や、噛みつかれた跡が無数にあった。仲間割れでもしたんか?


「大丈夫か? ちょっと待っとき、今楽にしたるから」


 綺麗な重低音を奏でるハスキーボイス。俺が言おうと思ってたことを言う。


「何があったか知らんけど、お前も苦労してんねんな」


 再び奏でられるハスキーボイス。また俺が言おうとしてたことと一緒。待ってなんか変じゃない?

 そんな俺を、目ぇパチクリさせながらステラが、衝撃的な言葉を放つ。


「カナタくん、よく見たら女の子になってますよ?」

「ほんまやな!?」


 待ってなんで!? 何が!? どゆこと!!??

 ステラの言葉を聞いて自分の体に目を落とす。狭くなった肩幅からずり落ちる服が、俺の胸筋……いや、元胸筋を晒してる。

 さらには。キュッとなったくびれのせいで落ちたズボンとパンツが、俺の鮑も晒す。松茸から鮑にジョブチェーンジ! あかん言うてる場合やない。


「良かったですね、サブ垢が出来て」

「ええわけあるか! いや、そりゃ女の子なりたいな。おもたことあるけど! こんなことになるなら言わんかったら良かった! やりやがったな猪さんめ」


 俺の前で苦しそうに横たわる猪さんに、拳を軽く上から落とす。


 ――瞬間、猪さんと共に地面が沈む。


「わ〜お……サブ垢はパワーに極振りみたい。ははっ」

「メイン垢は万能でもパワーは平均より少し上程度でしたし、良かったですね!」

「楽にしたるとは言うたけど……回復させて使い魔にするつもりで、逝かすつもりはなかったのに……」


 言いながら、俺はイマジネーターでこの体に合う服を作り出す。まぁ元の服をリメイクしただけやけど。裸は寒いからな。

 ステラは、俺の腹斜筋をぼーっと眺めてる。涎垂らしながら。女バージョンでも発情すんのか。


「とりあえず、地面を元に戻しますね。環境保護なんとかに怒られちゃいます」

「その前に涎拭こっか」


 ステラの治癒の魔法は人も物もなんでも癒せる。お前もできるやんって思った人たちへ。


 俺は基本省エネで生きたい。


「カナタくん、今日は女性モードで過ごすんですか?」

「過ごしたくはないけどしゃーないよなぁ。戻り方分からんし、まず戻れるかすら分からん」

「え? イマジネーターでも無理だったんですか?」

「あ」


 俺にはなんでも出来る、天才的な能力があった。なんで忘れてたんやろ、時々頭悪いんかなって思う時ある。

 ま、まぁ? 教えてもらったらすぐに実行できる行動力はあるけどな? 世の中フッ軽な方が重宝されるし? ちょいアホくらいが可愛げあるやん。な?


「――カナタくん、元のサイズとの差を考えなかったんですか? ぷっ……ぱつぱつじゃないですか」


 ちょいアホで済まんのとちゃうかな。

 いつも通りの筋肉質な肉体に、レディース用に変更した服が締め付ける。


「ちんちん痛い」

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