30 これは……? 板ですか?

「ま、まぁまぁ! 動作確認は本格使用してからでも全然ええし量産していくわ」


 言うた俺は、部屋中央にあるテーブルにスマホを置いて、手をリズミカルに二回叩く。まるで命令された軍隊みたいに、ビシッと横一列にスマホが並ぶ。こんな単純な動作でスマホ量産できる世界最高。


「ほいこれステラのやつ。俺の連絡先はもう入れとるで。他のみんなのも、もう設定してそれぞれの端末に入れてる」

「ありがとうございます! 名前入力するだけで使えるチャットアプリのメリットですね」


 ステラが言うた通り、電話番号とかメアドがいるアプリなら第三者がアカウント作るとか無理やからな。これぞフィクション特有のご都合主義。


 スマホが完成して、一仕事終えた俺はステラを無理やり調理場に連れていく。



 ***



「カナタくん、こんどは何をするんですか?」


 カシャカシャと鳴るシャッター音と共に聞こえるステラの声。

 こいつずっと俺の写真撮っとるな。正確には俺の筋肉やけど。移動してる間ずっと撮ってた、空間歪めて調理場まできたらよかった。リラとメディにスマホ渡したかったから歩いてきたけど、後悔してる。写真恐怖症なりそう。


「今日の晩飯串カツ食おおもてな? せっかくやから従業員ちゃんたちも招いてパーっとやりたくてさ! だから〜」

「わかりました、仕込みのお手伝いですね! 任せてください」


 俺がお願いしよとおもた瞬間、ステラは俺の言葉を遮ってエプロンに着替える。でたステラの指パッチン早着替え。俺はイマジネーターでできるけどステラはどうやってんのやろ。


「話早くて助かるわ!」

「筋肉写真いっぱい撮れたので! 満足感がすごいです!」

「そ……そうか、そりゃよかった。あ、そういえばメアとアリアちゃんどこいったん?」


 俺は、二人の行方不明者についてステラに尋ねる。あの二人にもスマホ渡さなあかんのやけど部屋におらんかったんよな、メアなんて部屋のドア開けっぱやったのに不在やった。戸締りはしっかりせぇ。

 ステラはメアとおったはずやからなんか知ってると思うんやけどな、アリアちゃんは全く分からんなぁどこいったんやろ。


「メアちゃんは山へ芝刈り、アーちゃんは川に洗濯に行きましたよ」

「昔話か! どこの桃人間やねん」


 クスッと笑うステラ。たまにボケんのよ、ボケは俺の専売特許やろ!?


「メアちゃんはストリートに下見行ってます。アーちゃんはトレーニング行ってますよ」

「あ、そうなん? 場所わかってるならまぁええや。そのうち戻ってくるやろうし」


 安心した俺は、スペシャル調合で串カツソースを作っていく。ボールに材料をどばーっと入れて、一気に混ぜる。これで完成。

 出来上がったソースを、深めのアルミバットに分けていく。バットの八分目よりちょっと多めに注いだソースを守るように蓋して、側面にシールを貼っていく。シールに書かれた文字は、串カツを楽しむために必須の言葉。


 ――二度漬け禁止!


 これは串カツ愛好家のなかでは常識。正直大阪の悪ふざけから広まったやろ感あるけど、食べてる途中でソースをつけるのは衛生上の観点から禁止されてる。なかには、二度漬けして処罰されるケースもあるらしい。


「ステラみてや! このシール! 店にあるような感じじゃない? 自信作!」

「本当ですね! ソースの出来も良さそうですね!」


 言うて、ステラはボールに残った数滴程度のソースを人差し指で掬って、みょうに色っぽく唇につける。指が離れた唇は、ぷるんと震えて柔らかさをアピールしてた。


「美味しいですね! まるであの名店の味です!」


 新世界ぶらついたら四店舗お目にかかる元祖のお味。


「意識して作れるものなんですか?」

「あっちおる時さ、家庭科部の神下さんっていう舌が肥えた子おってんけどその子と研究してん。まぁほぼその子が完成させたんけどな」

「あーいたみたいですねそんな子。結局あの子って男の子なんですか? 女の子? 私が目を通した資料には性別不明って書いてたんですよ」


 え? なんでも知ってる死者職員でもあいつの性別は分からんのか。謎だらけやったもんなぁ……。上は学ランで下はスカート。短髪で、長いまつ毛で俺も性別を判断できへんかった。


「それがわからんのよなぁ、あの謎はまじ迷宮入りやわ」

「気になりますね、すごく」


 ガチで気になるやん、今まで忘れてたけど。

 気になり出したことはとことん気になる。俺はスマホを颯爽とケツポケから取り出して、ある人物にメッセを飛ばす。


「神下さんの性別について気になるんで調べといてください……っと! 送信!」

「まさかとは思いますが……死者職員と繋がってるんですか? 魔ット」

「せやで、せっかくやから繋げてみた」


 豚肉とか茄子を串に刺しながら、ステラが呆れ気味に、「あの人たちほんとカナタくんに甘いですね。本来ならこんなことしませんよ死者職員」って、呟く。しゃあない俺はほっとかれへんタイプなんやろ、何やらかすかわからんし。


 ――と、そんな時。


 呼び出し機が、けたたましい音とともにブルブル震える。


「トラブルか? ちょっと行ってくるわ」

「わかりました、あとは任せてください!」

「助かるわ! あんがと!」



 ***



 西の国拠点。従業員ちゃんが集まるキッチン。


「カナタさん! 完成しました!」

「おお! ちゃんとパッと冷蔵機能の使いこなせた?」


 効率よくプリンを量産するために、蒸し器に内蔵した、『パッと冷蔵機能』この機能はめっちゃ画期的。本来なら蒸し終わったプリンは、蒸し器から取り出され冷蔵庫に数時間監禁される。


 その時間を短縮するのが、パッと冷蔵機能。蒸し終わった瞬間に冷却を開始、わずか三分で冷却が完了する。カラメルも、時短できるように新しい機械をつくった。卵液混ぜたり、容器に入れたりすんのは何があっても絶対機械には頼らん。機械でやったらプッチンにせざるを得んかもしれんから。


「はい! ボタンの切り替えだけだったのでとてもスムーズにできました! カラメルの製造機も問題なく動作しました」

「そかそかよかった! 見た感じカラメルの色とかも問題なさそうやし、今んとこは改良いらなそうやな」


 冷蔵庫に入れられたカラメルの小瓶。それをひとつ持ち上げて、色合いをチェックする。砂糖の焦がし具合も水の配分も設定通りにいけてるっぽい。俺が作る時とおんなじ色合い。


「よし! 何もかもが順調そうやし、今日は解散。あ、今日みんなでご飯食べよおもてるから六時に迎えいくわ。んじゃ、お疲れさん!」

「ありがとうございます! お疲れ様でした!」


 みんなが声揃えて、頭を下げる。

 運動部の顧問になった気分。みんなほんま元気やなぁ。俺にもその活気が欲しい。あ、スマホ渡しとかな。なんもない空間に手をぶすっとさして、スマホを入れた紙袋を取り出す。


「忘れる前にこれ配っとくわ」


 なんやろあれって感じで見てる従業員ちゃんたちに、順番に配っていく。横一列に並んでるから、配る時楽やな。右側から一人ずつ手渡していく。


「これは……? 板ですか?」

「ちゃうちゃう、これはスマフォじゃなくてスマホって略されるスマートフォンってやつやで」


 キョトンとしながら訪ねてきたローラちゃんは、俺の回答でさらにキョトン。周りの子もキョトン。

 そんなキョトンちゃんに、「とりま電源つけてみ」って促す。自分のスマホの電源ボタンを押しながら。


「こう……かな」

「右横だと思うよ」


 って会話してた従業員ちゃんたちは次第に、スマホを使いこなしていく。たった数十秒で。

 理由は至って簡単。電源ボタン押したら、画面がつくのと同時に、操作マニュアルが脳内に入るようにしくんだのだ。待って、勝手に脳内にマニュアル入れて自然と使えるようにするって、やってることなんか悪の組織みたいじゃない? 大丈夫? まぁいっか。


「初めてみるのに、なぜか使えちゃう。不思議」

「つ、使いやすいしようやからかな〜?」

 

 しれっととぼけとく。

 そんな俺のスマホに、ポポポンと通知が届く。

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