25 また豊胸したん?

「カナタくん、食洗機に入れた食器は明日棚になおすとしてもう寝ましょうか」

「そやな、もうめっちゃ眠いわ……で? なんで俺のベッドに」


 俺のベッドに横たわるステラ。はよはよ、と言わんばかりにパンパンとベットを軽く叩く。なんやそこに行けと言うことなんだろうか。まぁ寝落ちしたら大体横で寝とるから慣れたけど、さすがに意図的に一緒に寝るのはドキドキする。


「なんだか自分の部屋に行くのすら億劫なので、もう慣れたでしょ?」

「また状況ちゃうやろ、もうええわ。いくら言うてもどかんやろうしな」


 諦めた俺はベッドに入って、ステラに背を向けて目を閉じる。心頭滅却して脳みそを空っぽにする。さっさと寝よ。



 ***



 夢を見る。ぼんやりとした景色、騒がしい声。


「手ぇ伸ばせ! はよ!」

「あとは頼むよ、今までありがとね」


 うっすらと見える光景。一人の男が、階段から落ちていく。まるで遺言かのように言葉を放った男は、諦めたように瞳を閉じる。そのまま体を何回も打ち付けながら、下まで落ちていく。

 落ちた男を見て、周りから響き渡る悲鳴、地面に広がる真っ赤な血溜まり。うっすらとしか見えへんのに、血溜まりと横たわる男は鮮明に見える。


 今すぐ目を逸らしたい、早く夢から覚めたい。せやけど、全然逸らされへんし夢から覚める気配もない。だんだん体が締め付けられるような感覚が俺を苦しめる。

 あかんこれは早よ目ぇ覚まさな夢見悪いやつや。「あとは頼む」その言葉が、俺の脳内をぐるぐると駆け回り体の締め付けはさらに強くなっていく――


「――勇也!」


 突然瞼が開く。夢から覚めたんか? しばらくこの夢みやんおもてたのに、急に再発しよんな。俺のトラウマ、それと俺が人助けを続けてた理由。あいつがしたかった人助けを、俺が引き継ぐ。頼まれた以上俺に出来ることは全部やるって決めた。

 過去の出来事や、って意志だけ継いであいつの死は忘れよおもたけど。


「やっぱ親友の死は心の奥底に残っとるわ」


 今でも覚えてる、階段から落ちそうになった女の子を庇って落ちてった。女の子が落ちかけたのをいち早く気付いた俺があの女の子を助けれてたら、あいつが女の子庇って死ぬことはなかった。完全に俺の失態や。

 あいつはえぐいほどいい運動神経で俺の失態をカバーした。せやけどお前死んだら元も子もないやろが……。


「過ぎたこと言うてもしゃぁないか……くよくよしてたら今救えるもんも救われへんかもしらんしな。さて、まずは自分の命でも救うか」

「も……う、離し、ません……」


 寝ぼけながら、俺の関節をキメるステラ。夢の中の体の締め付けはこいつが原因か。まじで痛い、これはやばい。ガチで逝ってまう。


「ステラ、起きてんか! 死ぬ! 魔王死んじゃう!」

「むにゃぁ」

「おいぃ! むにゃぁじゃないねん! 愛しの筋肉無くなんぞこら!」


 割とおっきめの声が理由か、それとも筋肉に反応したんか。ステラは一瞬にして、俺をホールドしてた腕と脚を解く。


「それは……だめ、ですぅ……」

「起きたんちゃうんかい」


 会話してるみたいやったけど、全然寝てた。筋肉すっきゃなぁほんま。目ぇ覚めてもうたし気分重いなぁ、まだ三時やん。


「散歩でも行くか」


 お目目ぱっちりの俺は、部屋の窓から真夜中の魔都に繰りだす。普段は収納してる羽をばさっと出して空を舞う。そういえば羽はやしても服破けへんのやな、どういう仕組みなんやろ。自分のことながら全然わかってへん。


 あ、部屋着のまま出てきてもうた。蛇女ちゃんに見つかったら、「魔族の王としてもう少し自覚を持ってくださいませ、だらしないですよ?」って怒られそう。まぁこんな夜中に起きてないやろうけど。


 真っ暗な道を、オレンジ色の街灯がぼんやりと照らす。あんまここ来やんから、キョロキョロしながら魔物ストリートをうろうろしてく。


「結構荒れてんなぁ、建物壊れまくりやん」


 壊れまくった建てもんの中、どっかからテンポいいリズムが聞こえてくる。なんやこのリズム、タタタタってなんかで木かなんかを叩く音に聞こえるけどこんな時間に? 木たたくやつなんておる? めっちゃ怖いねんけど。

 ……あれ? でもめっちゃええ匂いもする、食欲そそるだしの香り。誰かが朝飯かなんかの用意してんのかな。


「にしてもええ匂いやな、どんな調理法してんのか聞きにいこーっと」


 どっから漂う匂いにつられるかのように、勝手に足が進む。歩いていくうち匂いが強くなっていく、もうそろそろ匂いの元に着くか? おもてたら曲がり角付近から、明かりが見えてくる。


「屋台……?」


 タタタタって音は調理してる音やったんか。にしてもこんな時間にこんなことしてるやつおってんな。俺が今日真夜中に起きたんはこれを知るためやったんやろうな、そうと分かれば実食あるのみ!


「ん? お客さん? って魔王様じゃん! ウケる」


 俺に気づいた店主、えらいチャラいな。金髪の巻き髪に、料理するやつとは思われへんほどに映えてるネイル。目がクリンとしてて整ってる容姿。あ、俺こいつ知ってる。でも前とはちょいちゃうところが……。


「また豊胸したん?」

「だから! そんなんしたことねぇっつーの! 成長期だって言ってんじゃん!」


 エプロンしてるからか、胸がよりおっきく見える。布地がボコってなってるから。


「で? なんで戻ってきたん? あ、ラーメン一丁」


 屋台に貼られてるお品書きみて注文する。にしても出て行った幹部が戻ってくるなんて、穏やかじゃないな。オオカミくんも目撃されとる現状でこっちにも幹部出てくるってことはなんか企んどんな?


「魔王様の幹部が一人、吸血族メアリ・ブラッド。ウチの作るラーメンはストリートで人気だかんね! 休めないんだよね〜! それに、出て行きたくて出て行った訳じゃないし! あ、毎度!」


 明るく言うメア。


「え? 自発的にでてったんちゃうの?」

「なわけないっしょ! 出てく理由ないし。あのくそ犬、無理やりうちらのこと連れてってさ〜! メディちゃんとリラっちには自分だけ出てくフリしてさぁ。ウチらが魔王様のとこ戻れないようにしたんだよ、マジ陰湿でサイテー!」


 なるほどね、理解理解。他の幹部らは、あくまで俺を孤立させるために誘拐。俺の娘とその世話してる蛇女ちゃんはそのままにすることで、出て行った奴らへの敵意と因縁作って容易に戻られへんようにしたってことやな。蛇女ちゃん裏切りとか嫌いやし、考えたな。オオカミくん策士かよ! っちゅうかメアの大雑把な説明で理解できる俺も策士か!?


「てか戻られへんとか言うてんと、普通に戻ってきたらええやん。状況は把握したし俺が蛇女ちゃんに話しとくわ」

「それマ!? でもウチが騙してる可能性あるくね?」

「そんな演技できるほど器用ちゃうやろ? まぁもしそうやったとしたら俺が直々に叩き潰したるわ」


 ラーメン作りながら会話してる。ん、え? なんで客の俺手伝わされてるん? 「ちょっち手伝って〜」って言われて、流れるように狭い屋台の中入ってったけど。こわ、これがコミュ強の洗脳術か!?


「やっぱ魔王様ハイスペすぎっしょ! 寛大だし料理もできるとかやばたん!」

「せやろせやろ。てかなんでこんな時間にラーメン売ってんの?」

「あーそれ聞いちゃう? 前にね、ステちゃんに聞いたんよ。美味しい料理ない〜? って! したらね? ラーメンまじやばいよって作ってくれたってわけ」


 そーいえばステラ、大のラーメン愛好家やったな。まさか布教してたとは。たまに昼飯作ってくれる時ラーメン率高いのも布教やったんかな、元からラーメン好きやから嬉しいけど。

 ステラのラーメンはほんまプロ級やからな。


「ステラにレシピ教えてもろたん?」

「そそ! ステちゃんがね、レシピ教えるから布教して〜って! だからこうして出て行った後でもこっそりストリートで売ってるってわけ! リスクはあるけど布教するって約束したし、人気だし? ウチってほんと義理堅い」

「なるほどな、夜中に売ってる理由は蛇女ちゃんたちに見つからんようにってことか」


 湯切りしながら、「そゆこと!」って共感するメア。あっつ! 湯が飛びまくっとる! 雑い雑い! 優しくして!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る