11 ガッテン!

「魔王ちゃんは怖がりなので近づかれへんでちゅ。ってのは冗談で、なんで囚人服? 囚人が奴隷躾けてんの?」

「魔王ちゃん失礼だなぁ、これは可愛いから着てるだけだよぉ! あたしはちゃんと雇われてるもん! 撤回して! 囚人だって言ったこと! あ、でもそれなら魔王ちゃんと一緒かぁ。なら撤回しなくていいやぁ」


 かわいこぶってみたけど、自分でも引くほどキモかったからやめた。なんでこんなことしたん? でもちゃんと会話成立したな、ぶりっこのおかげってことにしとこ。貧乳姉ちゃんさっきより瞳孔開いてる気がする。


「なぁサラちゃん、あの子かわええから俺が相手していい? 鞭がいい味出してるよね」


 瞳孔開いて怖いし、絶対関わったらあかん人間やろうし怖いけど……かわええんよなぁ。怖いけど。

 

「何を言ってるんだお前は……そういう趣味は戦場に持ち込むな」

「ちょ、違う違う! 俺にそんな趣味ないから! 痛みを気持ちいなんて思わんから!」


 率直な感想と、やばい子に鞭持たせたらやばさに拍車がかかっていい味出るよねって話やってんけど、俺がマゾやと勘違いされたっぽい。


「なんだ理解できないか……んんっ! なんでもない忘れてくれ」


 趣味を持ち込むなって忠告してたけど、貧乳姉ちゃんが持ってる鞭をうっとりした目で見つめる恐らくマゾの副団長ちゃん。しまいには失言してる。これは忘れたろ、今んとこは。


「なぁにぃ? 副団長ちゃん躾けられたいのぉ? いいよ! たっぷり躾けてあげるねぇ!」


 マゾの可能性あるやつをその気にさせたらあかん! 俺がなんとかせな。どないしよ、あれしかないか……こんな時のために読みまくってて助かったぜ。


「躾けんの飽きたやろ? 今日は出血大サービスで俺があんた躾けたるわ」


 そう、俺がとった行動。それは、俺がサドを開花させること。案外ああいうイカれたサディスティックガールは、ころっとマゾ覚醒するもんや。俺がお世話になってる薄い教科書に出てくる子はみんなそう。


「あたし痛いのも好きだよぉ! 楽しませてねぇぇえ!?」

「あ、両刀使い?」


 鞭を大きく振りかぶって、全力で距離を詰めてくる貧乳姉ちゃん。振り下ろされた鞭を掴んだけど、隙ができた脇腹におもっきり蹴りが加えられる。

 はぁ、スカートならロマンがあったのになぁ……囚人服やもんなぁ、蹴られ損やわ。ついてへんなぁ。


「カナタ! 退け、ここは小官が引き受ける。お前はあの人を探せ!」

「ガッテン!」


 ばっと俺らの間に割り込んだサラちゃん。カッケェ。

 おっさん先行ってんのにここおらんのは不自然やしな。くたっばてんなよ? おっさん。


「行かせる訳ないよぉ! あたしのオモチャなんだからさあ!」

「追えると思うのか? 貴様はここで終いだ。なぜなら、小官が相手なのだからな」


 サラちゃんをかわし、先へと進む俺を追いかける貧乳姉ちゃん。それを皮切りに、熱い女の戦いが始まる……と思った。


「魔王ちゃ〜ん!」

「怖いからこんとって!」


 貧乳姉ちゃんが俺に向けて鞭を振る前に、サラちゃんが右足につけたホルスターからちっこい銃を取り出し、


「大したことなかったな、先に行かせる必要もなかった」


 一瞬のうちに眉間を撃ち抜いた。


「……いや瞬殺すぎん? 『あの人を探せ!』からの『ガッテン!』のやりとりなんやったん」


 サラちゃんは、くるくると銃を回してホルスターに収納する。あれゴム弾か? にしてもえぐい程の早撃ちやな。貧乳姉ちゃん、振り向いた瞬間に眉間ズバーンはビビったやろな。でも貧乳姉ちゃんの危機察知もすごかったな。まぁサラちゃんが一枚上手やったか。


 にしてもあれは銃を構える速度、照準を合わす速度、身体能力とか反射神経、何より撃つことへの躊躇いのなさゆえの早撃ちか? 俺もやりてぇ! カッケェ!


 意識が飛んだんか、白目むいて地面に崩れ落ちる貧乳姉ちゃん。


「手応えが無さすぎた、だがおかしい。この程度のやつなら、あの人の敵ではないのだがな。なぜ倒していなかった?」

「そうか? サラちゃんが規格外なだけやろ。何あの早撃ち、反射神経とかえぐすぎん?」


 なんか驚いたみたいにな表情を見せる。


「人間が反射神経だけであんなことできる訳ないだろ。あれは小官の固有魔法、ヒットだ。標的をを決めるだけで必ず命中する」


 サラちゃんは簡潔に説明する。【ヒット】なかなか強いな。っちゅうか固有魔法を魔王に教えてええもんなん? 一応敵やん? 普通は切り札的な感じで使うんやないん?


 そんな戸惑いの中サラちゃんは、地面から小石を拾い上げて後ろに軽く投げる。


「あ……はぁっ! なんでぇ? 気づくのぉ」


 軽く投げたはずの小石は、体を引きずりながら近づく貧乳姉ちゃんの眉間を強く打つ。眉間になんか恨みでもあるんか? 

 貧乳姉ちゃんは体力を全部使ったんか、体を支えてた腕は崩れ、必然的に地面にキスするような形で倒れた。


「このように、軽く投げたものでも威力と命中箇所を調整してダメージを与えることができる。正直無敵だと思っている」

「めっちゃええやんそれ!」


 脳内でイメージして可能にしてるってことか? 詳細はよう分からんけど似たようなんはできそうやな。使えるもんは全部吸収していく、これが俺のスタイル。ぶっちゃけ新しい発想がそんな浮かばんから応用するしかないんやけどな。下手にやりたい放題したら世界制服する前に滅ぼしてまうかもしれん。誰か僕に危険すぎへん程度の発想力をください。


「そういうカナタの固有魔法はどんなものなんだ?」

「俺のはなんでもできる魔法やで」


 俺は正直に答えた。


「……それは、教えないということか? それとも魔王はそんな馬鹿げた魔法は当たり前だということか? いや、もしくは……」


 正直に答えたんや。深読みされとるけど。


「ま、まぁまぁ。今はおっさん探そ?」

「ふむ、それもそうだ」


 俺らがおっさんを探しに、奥に進もうとしたその時――


 ――甲高い奇声と、野太い悲鳴が地下に響いた。


「なんや? おっさんか?」

「その可能性は高い、急ぐぞ」


 奥へと駆けるサラちゃん。おっさん大丈夫か?

 俺らの足音に加えて、水が地面を弾く音がする。目の前にはうずくまる男と、血で染まる一人の女の姿。あれ返り血か? いや、今はそんなことより。


「おいおっさん! 大丈夫か!?」


 左腕を押さえて、顔を歪ませるおっさん。そんなおっさんにジリジリと近づく血まみれの女。女はなんか呟いてる、聞き取られへんけど。


「坊主、『副団長どついたらすぐ合流するわ』なんて言ってたのにまさか連れてくるとはなぁ。何があったんでい?」

「言うとる場合か! 腕どないしてん! 見とるだけでも痛いわ!」


 余裕そうに笑みを浮かべるおっさんやけど、押さえてる左腕は斬られたとかやのうて斬り落とされてた。おっさん痛覚鈍いんか? よう意識保ってられんな。俺なら意識飛ぶ自信ある、魔王になった今は知らんけど人間やった時は確実に。


 にしてもこのおっさんがここまでやられるって何もんやあの子。みた感じ狂ってるだけでそんな強そうじゃないねんけどな。


「腕なら飛ばされちまってな……娘を守ることも、楽にしてやることも出来ないなんて、父親失格でい……」


 おっさんは、切り離された自分の左腕を眺めながら悲しそうに言葉を放った。娘? あの子が? なんや反抗期か?


「おっさん娘に嫌われてんの? 俺でもあんなレベルの反抗したことないで」

「馬鹿者、よく見ろ。完全に自我がない、だが恐らく自分が何をしているかは理解しているようだ。涙がその証拠、先程の破綻者の固有魔法やもしれん。早く気絶させ楽にしてやらねば……」


 破綻者ってのは多分、貧乳姉ちゃんのことか? 自我失わせるくせに記憶にはしっかり残るってタチ悪すぎやろ。せやから気絶させて行動止めるって訳やな、これ以上辛い思いせんように。でもおっさんがここまで苦戦したんやから結構強いってことやろ? 時間かけてられへんねんけどな、はよ村戻りたいから。


「でも相手強いんやろ? おっさんやられとるし」

「これは親心というものではないか? この人は小官より遥かに強い」


 まぁ騎士団長候補やったらしいもんな。でもサラちゃんより強いて相当やん。


「情けねぇ話だが、サラ嬢の言う通りでい。止めなきゃいけねぇのに戸惑っちまう……こんなことを頼むのはもっと情けねぇがおっさんの代わりにあいつを楽にしてやってくれねぇか? 坊主」

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