9 拷問かそういうお店しかないからな

「なんか汚なない?」

「おめぇさんここをどこだと思ってんだい? 牢屋なんてこんなもんでい」


 無数の悲鳴が響く空間の中、蜘蛛の巣が無数に張り巡ってる牢屋を眺めて、ついこぼれた独り言に向かいの牢屋であぐらかいてるおっさんが反応する。まぁそりゃそうか牢屋は汚くて普通なんか。

 ここの囚人服である黒のつなぎから、無駄に出された傷だらけの上半身を壁に預け、気だるそうにおっさんは言葉を続ける。


「で? えらく拘束されてるが何しでかしたんでい? その若さで大したもんだ」

「イケメン罪や、嫉妬した騎士に捕まった。そういうおっさんは? 拘束されてへんけどなんでなん」


 見るからに善人って感じやねんけどな。でも人は見かけによらんって言うしなぁ。


「おっさんはなぁ、ダンディー罪でい」

「お互い大変やなぁほんま」

「全くでい」


 このおっさんなんか隠しとんな、俺も人のこと言えんけど。

 っちゅうかここにきて見かけた看守は騎士やし男しかおらんやん。いやまぁ看守って男のイメージあるけど、ここファンタジーやん! 幻想であれよ!


「五十三番、出ろ! 尋問の時間だ」


 おもむろにやってきた騎士は、語気強めにおっさんに言い放ったあと、牢屋の鍵を開ける。


「おっさん、脅されてもやってないことは認めんなよ〜」

「無茶言うねぇ、ここの尋問はほぼ拷問でい。おっさん耐えれるかねぇ」


 口ではこう言うとるけど、傷だらけなん見たら何回も拷問されてるのくらい分かるっちゅうねん。そんな鞭で打たれた跡なんて、拷問かそういうお店しかないからな。何しでかしたんやこのおっさん。


「おい六十六番! 静かにしないか!」

「え〜暇やん、なんかおもろい話してや。あ、そのおっさんの罪状教えてや」

「おいおい坊主、罪状に面白いもんなんてねぇよ?」


 静かにせぇ言うてもここ退屈やし、そもそも二秒で飽きるようなこの場所が悪い。


「この男は反逆罪だ。娘のために俺たちに楯突こうなんざ馬鹿げてやがる。おいもういいだろ大人しくしてろよ」

「なんやそのおもんなそうなん。詳しくきかせてや、おっさん」


 イマジネーターで外した拘束具を、鉄格子の隙間から騎士に投げつけ悠々と牢屋からでる。こんな鉄の塊みたいな手錠、武器にしてください言うてるようなもんやん。

 横たわる騎士を見ながらおっさんは、


「こんなことしていいのかい? 罪状が増えちまう」


 困惑した表情を浮かべ、ヘラヘラと笑う。


「おっさんが困ってるって言うたら俺は人助けしただけやし、どうせ長居するつもりなかったしな」

「すごく困ってたんでい、助かったよ坊主」


 そう言うたおっさんは、俺に詳しいことを教えてくれた。


 このおっさんはここの騎士団長候補やったらしいけど、おっさんが邪魔やった当時の騎士団仲間で現騎士団長の男が嵌めたみたいや。娘誘拐した挙句、俺らが今おるこの地下牢獄に奴隷として監禁。助けに来たおっさんを反逆罪や言うておんなじように監禁。舐めてんのかよここの連中。


 この悲鳴は多くの奴隷達が調教されてるかららしい。娘の悲鳴も聞こえてるこの状況でよう耐えてんなおっさん。騎士団がこんなことしたり村焼いたりし始めたんは、ちょうどおっさんが捕まって騎士団長が変わってからみたいや。


 おるな、ここに洗脳魔法使うやつ。でないとこんな所業、まかり通らんやろ。さっき倒したやつも洗脳されとるし確実やな。


「はぁ、かわええ看守探しに来ただけやねんけどなぁ。おっさん、このまま牢屋生活か魔族に手ぇ貸すか。どっち選ぶ?」


 困惑した表情で固まるおっさん。そりゃ突然、目の前に魔王おる言われたらこうなるか。


「簡単な二択でい……」


 決意を固めたんか、おっさんは鋭い目つきで俺を見据える。


 ――俺に付けられてた拘束具を騎士に付け直した後、牢屋にほりこんで何事もなかったように地下牢を進む。だんだん悲鳴が鮮明に聞こえてきた。見張りほぼおらんから楽でええわ。


「簡単な二択とか言うとったけど、めっちゃ時間かかったな」

「無茶言うなよ坊主、歳をとると判断が鈍るんでい」


 まぁどっちの選択肢も茨の道感あるしな。てかおっさん魔王やって打ち明けたのにビビる気配ないな、ビビられるかなおもてんけどな。さすが団長候補や。


「にしても良かったのかい? 騎士から剥いだ剣を俺に持たせて。今はこんなでも心は騎士のつもりでい」

「おっさんの方がそれ活用できるやろ?」

「そういうことじゃねぇんだけどなぁ、会って間もないやつを信じすぎるなって話でい」


 おっさんはなんか心配してるみたいな雰囲気で淡々と、悲鳴が聞こえる方へ進む。


「おっさんはなんか大丈夫そうやし、もし俺の首とろおもても俺強いから無理やろ」

「違いねぇがストレートに言われるとおっさん涙がちょちょぎれちまうよ?」


 両手を目にあてて、泣くそぶりを見せるおっさん。結構ちょけとんのよおっさん。

 そうこうしてる内に、俺はあることに気づいた。


「効率悪いやん! おっさん、俺騎士団長どついてくるからそっちなんとかしとって」

「なんの話でい? 坊主」

「いやほら、奴隷助けても騎士団長おったら根本的解決にはならんやろ? だから潰しとかな」


 脈絡ない俺の言葉に、一瞬の困惑を見せるおっさんやけどすぐに理解したみたいで、「なるほどな」って相槌を挟む。


「だが坊主、奴のいる場所分かるのかい?」

「いや、全くわからんけどここ地下やねんから上登ればたどり着くやろ」

「行き当たりばったりだねぇ、おっさんそういうの嫌いじゃねぇ」


 そう言うたおっさんは、手に持ってた剣の先を床につけてつぶやいた。


「タクタイル」


 おっさんの周りの空気が震えて、心なしか周囲の壁をなんかが這いずり回るような音がする。何事!?


「坊主、どうやら騎士団長は留守のようでい。だが副団長はこの上の騎士団本部四階にいるようでい」

「おっさんの固有魔法か?」

「ああ、タクタイルっていってな。魔力を周囲に巡らせ、周りの様子を把握する魔法でい。一見地味だが相手の次の行動を予測することもできる優れものなんでい。」


 おっさんの固有魔法も俺と一緒で地味やけど有能なんやな。派手にババっと目立てる能力って未だお目にかかれてない気がする。ステラもアリアちゃんも派手なんじゃないし。


「おっさんが披露してくれたことやし、俺も披露しよか! 副団長は四階のどこら辺におんの?」

「ちょうど真上の部屋にいる、坊主何するんでい?」

「まぁ見ときって」


 真上の部屋か。天井ぶち抜くんがいっちゃん早いけど、もしぶち抜いたとこに人おったら大惨事やしな。ステラのテレポートを応用してもええけど結局地味やしな。思考を巡らせて、俺のハイスペックな脳みそちゃんは、最高のパフォーマンスを思いつく。


 トランポリンを思い浮かべて、地面に魔法陣を構築していく。構築する言うても、思い浮かべるだけで勝手に出てくるだけやけど。あとはこの魔法陣に乗って飛び上がるだけ、物体に体が干渉しやんようにしとかな天井ぶち抜いてまうから、透過するようにしくんどこ。


「これで準備完了や、副団長どついたらすぐ合流するわ」

「その魔法陣は一体なんでい?」

「ほなさっさと片付けましょか!」

「おい人の話を――」


 一方的に俺が話して、おっさんの質問に答えることなく、四階まで飛べる魔法陣トランポリンで跳ね上がる。口で説明するより見た方が早いしな。あ、待って! これおっさん俺の固有魔法はトランポリンや思うんちゃん!? 口で説明したら良かったぁぁぁあああ!


 俺の後悔はお構いなしで、体は天井を一枚越えてた。めっちゃ綺麗で広い廊下が視界に映って、同時に美人な女騎士を見つける。


「へい美人さん! 俺と一緒に上までぇぇえええええ」


 俺の意思はお構いなしで、体は天井をもう一枚越えた。あと二枚越えたらご対面やなんて考えてるうちに三枚目の天井も越えた。

 さっきの美人さん後でお迎えに行こ。アリアちゃんとは違うタイプの美人さんやったな、デレ感を一切感じさせへん冷え切ったみたいな真顔。唆るぜ。


「な、なんだ貴様は!」


 頭に強い衝撃を受け、幻聴が聞こえる。深く腹に響くような心地のいいハスキーボイス。目の前では、ぴっちりした軍人みたいな服装の女の子が警戒態勢で銃口を俺に向けてる。あかん幻覚まで見えてもうた。


「答えろ! 何者なんだ!」


 また幻聴、にしても声と顔のギャップがすごい。お人形さんみたいな顔してんのにこのセクシーな声。顔を近づけられて思わず頬に手ぇ伸ばしてもうた。もちっとした頬の触り心地がいいのは言うまでもない。


「この世界の幻覚って触れるんや。さすファン」

「な……何を言ってるんだ? 貴様」

「さすがファンタジー、略してさすファン。てか会話もできんのか! 俺、この子手放したくない!」


 頬触れられて、赤面する幻覚ちゃん。その幻覚ちゃんは銃を構え直し徐に発砲した。

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