8 燃やしちゃうぞ?
***
「めっちゃええ匂いや!」
蛇女ちゃんにお使い頼んだ次の日、俺らはリエルちゃんとこの店に足を運んだ。店前から漂う匂いに俺とステラはもう腹ペコや。リエパパが作ってんのかな? 小太りの料理人って全員腕いい気がする。
「いい? 話を聞きに来たんだから、まずはちゃんと話を聞くのよ? ご飯はそれからよ」
「分かってる分かってる! なぁステラ?」
「ええもちろんです! これ美味しそうですね」
ドア前に置かれたブラックボードには、本日のおすすめ生姜香る野菜リゾットって書かれてた。この寒空の下、こんなあったまりそうな響きのメニュー見たら必然的にこれ頼むしか無いなって使命感に駆られる。
ブラックボードを凝視する俺らを引きずってアリアちゃんが店のドアを開ける。怪力かな?
「いらっしゃいませ! あ、来てくれたんですね! ありがとうございます」
笑顔で迎え入れてくれるリエルちゃん。こりゃ変な男に絡まれるのも分かる気ぃするわ。でも今はそんなことより。
「「本日のおすすめください!」」
「ちょっと!?」
食欲には勝てんかった。どうやらステラも食欲に負けたみたいや。呆れながらも止めようとするアリアちゃんやけど、そんなんじゃ俺らは止まらへん。
「かしこまりました! こちらにどうぞ!」
「おおきに!」
席に案内された俺らは、アリアちゃんに説教受けながらも料理が運ばれるのを待ってた。
周りのおっさんらが飲んでんのあれなに!? 虹色に光ってんねんけど! 飲んでいけんのあれ。せやけど好奇心くすぐられるなあれ。
「ちょっと! 聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる! ちゃんと人数分頼んだから安心し!」
「聞いてないじゃない!」
なんでこんな怒ってんねやろ。ステラ助けて。
「まぁまぁアーちゃん落ち着いてください!」
「ステラにも言ってるのよ? 私たちは話を聞きに来たの。いつ騎士が来るか分からないからゆっくりしてる場合じゃ無いのよ?」
俺に助け舟を出した救世主はあっけなく敗れた。惨敗すぎて悔しいんかな? ぷくっと頬を膨らませてる。ハムスター……?
「へけっ……」
こいつテレパシーできんのか? へけっ。
「――お待たせしました」
なんやかんやで十分くらい経った頃、丸いお盆一つ持ったリエルちゃんとおんなじお盆を二つ持ったリエパパが俺らの座る席に配膳してくれた。
「わぁ美味しそうですね!」
「た、確かに……」
運ばれてきた料理に目を輝かせる二人。とろっとしたチーズの下に見え隠れする、色鮮やかな野菜が視覚を楽しませる。チーズの香りを邪魔せんように優しく漂う生姜の香りで、すでに胃袋はノックアウト状態。
やっぱ美味いもんに勝てるやつなんておらんのよ! ほんま美味っそうやな!
「リエルちゃんもリエパパもあんがと! これリエパパが作ったん!?」
「リエパパ……? んんっ! 料理は妻としております。お口に合えば幸いです」
あだ名に戸惑ったんか知らんけど、咳払いで誤魔化してる。てかリエママめっちゃリエルちゃん! 似てるなんてレベルちゃうやん、スッゲェ!
「リゾットが冷めないうちどうぞ!」
リエママとリエルちゃんを交互に見てたら、ちょい顔赤らめてキッチンに戻っていく。
「ほな! 冷めんうちにいただこか!」
「はい!」
「そうね……せっかく用意してくれたんだもんね、食べないと失礼よね」
このツンデレっ子め。素直になってもええのに。
ツンデレちゃん見ながら、リゾットにスプーンを沈めた瞬間――
「リエル・エヴァ! 大人しく降伏しろ!」
蹴破られた扉から、重そうな鎧着た奴らがぞろぞろ入ってくる。てかこいつら騎士やんな多分。なんでリエルちゃん?
「これは……予想外ですね」
「ちょいちょい! リエパパなんで無抵抗やねん! 自分の娘連れてかれとんぞ!?」
「私たちには予想外でも、本人たちは想定してたようね」
なんやこれ、おかしいやろ! リエルちゃんが悪魔憑きっちゅうことか? 絶対ちゃうやろ。
リエルちゃんの腕掴んで外に引き摺り出す騎士。なんで誰も止めへんねん、どないなっとんねんほんま!
「こいつで間違いないか?」
騎士が、確認するように話しかけた相手は――
「ああ! こいつだ! 急に豹変して俺に襲いかかってきやがった、前から噂はあったが遂に正体あらわしやがった」
こいつ! リエルちゃんにぶっ飛ばされてたやつやんけ! なめとんかこいつ、お前がしつこいからやろうがボケ。
「ちょ――」
群がる人々をかき分けて近づく俺に気ぃついたんか、それを拒むように首をゆっくり横に振る。その表情は、全てを受け入れて悟り切ったような笑顔で、
「なっに! 諦めとんねん、ドアホが!」
その光景は、俺には耐えられへんかった。
俺の罵声に、騎士や村民は視線をこっちに向ける。ステラとアリアちゃんは席に着いたまんま飯食ってる。あいつら俺に丸投げかい! まぁしゃーないか、俺ら三人ともしょっぴかれたらめんどいしな。
「おい騎士連中にキモ野郎、確証も無い悪魔憑きか目の前におる魔王。どっち優先すべきか分かるよな?」
深く黒い羽をおもっきり広げて距離を詰めてみる。羽あった方がカッケェやんおもて羽生やしたけど邪魔やから普段は消してるんよね。
いわばキメたいときに付ける勝負パンツみたいなもん。
騎士は警戒するように剣に手を掛ける。
「お、大人しく身柄を拘束されろ! 魔族風情が!」
「あんちゃん声裏返っとんで? リエルちゃん離してくれたら大人しく捕まったるわ、魔王相手に勝てるなんて思ってへんやろ?」
なんか反論しよおもてんのか、口を開いた騎士やけどなんも言わんと開いた口を閉じた。
「はよしてや〜、俺短気やねん」
「くっ……聞きたいことは山ほどある。だが、これだけは聞いておく。貴様、一人か?」
剣から手ぇ離した騎士はリエルちゃんを前に突き出す。解放の準備は出来てるって意思表示か? てかこの質問意味あんの? あ、仲間おったら一網打尽にするってことか。賢いな。させへんけどな。
「おらんで? 一人寂しくぼっち旅行ですわ」
「嘘をつくな! そこの女二人は仲間だろ!」
「おいおい、ハーレムに嫉妬か? キモ野郎」
バレてるやん。これ絶対三人とも投降せなリエルちゃん解放しやんとか言い出すやろ。
「ステラ! アリアちゃん連れて撤退!」
俺の言葉を聞いて、ステラはアリアちゃんの手ぇ引いて席から離れる。
「了解! 死なないでくださいね? 相棒」
「任せとけ! 相棒!」
いつもなら抵抗しそうなアリアちゃんが大人しく従ったのは予想外やったけど、おかげでスムーズに奪還できそうや。
騎士たちの視線は、テレポートするステラとアリアちゃんに集まってる。その隙に、姿勢を低くして前におもっきり飛びこむ。唯一俺に気づいたリエルちゃんの腕を掴んで、羽を利用して天高く飛び上がる。リエルちゃんめっちゃ軽い、ちゃんと飯食ってるか心配なるわ。
「このまま誘拐してもいいんやけどさぁ! あんたらなんか村ごと焼くとか平気でするらしいやん? それやとなんか嫌やから取引しよや」
「黙れ! 我々を謀った挙句、仲間を逃した分際で何を言う! 大人しく我々の正義の前に降伏しろ!」
あらら、めっちゃ怒ってるやんウケる。
「すまんすまん! 言い方悪かったな」
最初からこうしたらよかった。俺は今、人やのうて魔族。一般的には正義やのうて悪の方や。だから、俺の正義の前にひれ伏せよ、別の正義を掲げたヒーローさん。
「これは提案やない、命令や。勘違いすんなよ? 調子乗ってたら俺があんたらのこと……燃やしちゃうぞ?」
「…………」
俺が可愛く警告してんのにその場に固まる騎士とキモ野郎。
「理解してくれたみたいで嬉しいわ! 取引っちゅうても簡単なもんや、俺の身柄と引き換えにこの村の安全を保障してくれるだけでええ」
威嚇のために出した炎の固有魔法に、俺のイマジネーターで黒になるようにしたけど普通に考えたら黒の炎っておかしない? そもそも手から炎出るのもおかしいよな。いやそれ言い出したらこの世界そのものがおかしいんやけど……やめとこ、頭パンクする。
っちゅうか、空に浮かびながら炎出すの危ないな。風に揺られた炎に髪先焦がされた、地上におってもそうなる可能性あるけど。
ほんまリエルちゃん反対側に抱えててよかったぁ。
取引成立を現すように、小さく頷く騎士を見て俺は空から降りる。
「今すぐ逃げてください! 私のことはいいので! このままでは殺されてしまいますよ!?」
「魔王の心配なんて優しい子やな。安心し、死ぬつもりないしかわええ看守さんおるか見にいくだけやで。すぐ逃げてくるわ、これ騎士には内緒な?」
裏切りがアクセサリーなんは女だけやないってな? あ、でもずっと拘束されるとは言ってないから、脱獄しても裏切りにはならんか。
「でも……私のせいで!」
「リエルちゃん悪魔憑きちゃうやろ? 免罪でなんで黙ってんの? イケイケなリエルちゃんは悪魔憑きやない、ほんもんのリエルちゃんやろ? なんで自分偽ってんの?」
質問しすぎた、本人が隠したいならこれ以上聞くのはあかんな。俯くリエルちゃん置いて、俺は騎士の前に立つ。視界の横に映るキモ野郎に向けて、
「あんた絶対ろくな死に方せんで?」
って言い残した俺は騎士領に連行された。
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