▽10.礫帝、強さの秘密を知る。
「あなたたち、大丈夫だったの!?」
俺たちが最下層から上がると、先ほどのエルフの女性が心配そうに駆け寄って来た。
彼女はこちらの無事を確認すると、すぐにホッとした表情となる。
「さっきはアドバイスありがとうございました。これ、お返しします」
そう言って無傷のロザリオを差し出すと、彼女は驚愕に目を見開いた。
「つ……使わなかったの? それにしてはずいぶんと長くダンジョンに入ってたみたいだけど……」
「ええ。敵の攻撃が来る前に倒せましたから。それとこれ、お礼というか、おすそ分けです。よければもらって下さい」
宝石以外はいらなかったので、俺はアメジストを除いたすべてのドロップアイテムを渡そうとする。
すると、周囲の探索者たちから大きなざわめきが起こった。
「あ、あいつら……本当に最下層のモンスターを倒したっていうのか……?」
「マジかよ……」
「しかも二人だけでって……ありえねえだろ……」
エルフの女性も困ったような顔になって、「え、えぇ……?」と声を漏らした。
「こんなの受け取れないわよ。私、そんな大したアドバイスしてないし」
「でも、ロザリオを貸してくれたじゃないですか」
「使わなかったら意味ないじゃない。ていうか、あなたたち……何者なの?」
(……あ、もしかして、あんまりしゃべると身バレしてしまうか……?)
ふとそんな考えがよぎり、俺は返答に詰まる。
一方、ロゼッタは俺の袖を引っ張ると、こっそりと俺に耳打ちした。
「クロノ。いっそのこと、この方にクロノの魔力が強まったわけを聞いてみたらどうでしょうか。エルフの方は長命ゆえに物知りだと聞きました。もしかしたら、何か知っているかも……」
……なるほど、それは名案かもしれない。
この人なら信用できそうだし、ちょうどいいタイミングだ。
俺はうなずき、こちらの素性を隠したうえで、そのエルフの女性に内情を打ち明けることにした。
▽
俺たち三人は山を下り、ふもとの町の小料理屋で、個室を取って席に着く。
そのエルフは、名をフィーネといった。
二十代くらいにしか見えないが、南東にあるエルフの集落で長を務めているという。
俺はフィーネに、ここに至るまでの経緯を説明する。
……といっても、大した話ではなく、『いつも以上の魔力があふれ出て、簡単にAランクモンスターを倒せてしまった』というだけなのだが。
「ええと……私も魔術師だから、多少は診てあげられると思うけど……。でも、それだけじゃ判断のしようがないわねぇ……」
俺の話を聞いた彼女は、少し困った様子で「魔力が高まったことについて、何か思い当たるふしはないの?」と尋ねた。
「いえ、特には……」
強いて挙げるとするなら、昨夜ロゼッタが行った契約魔法くらいだろうか。
けど、その契約もあくまでロゼッタが交わしたものなので、俺には関係ないように思える。
(まあ……『俺の痛みを取り除く』という契約内容だから、まったく無関係でもないんだけど、それでもなあ……)
ただ、実を言うとその契約について、一つだけ気になっていることがあった。
それは、『大地からロゼッタへの魔力のパスがつながっていない』ということ。
通常と異なり、契約魔法が成立した際にできるはずの魔力のパスが、昨夜の契約では生じなかったのだ。
たとえば、村長を核として結界を張った契約では、大地から村長への魔力のパスがつながり、それによって村長が結界を張れるようになった。
一方、ロゼッタの契約では彼女にまったく魔力が送られていない。
それは結局、『俺の痛みを取り除く』ための契約なので、痛みすら生じていない状態では、パスをつくる必要がないからだと思っていたのだが……。
しかし、フィーネはその話を聞くと、「それよ!」と、声をあげて俺を指差した。
「えっと……どういうことですか?」
「その契約魔法については、私も聞いたことがあるわ。制約を身に負わせることで、より大きな恩恵を手にする古代の秘術よね? 契約によって大地から魔力をもらい、望んだ願いを実現するっていう……。つまり、あなたからあふれた魔力は、大地から受け取った契約の効果なんじゃないかしら」
「え、でも、今説明したように、俺の痛みはそもそも生じてないんですよ?」
「
と、自信ありげにフィーネは断言した。
要するに、彼女の言いたいのはこういうことだ。
俺はまだ痛みを受けていないので、そもそもかなえるべき願いが存在していない状態にある。
それゆえ、
本来なら、大地からの魔力をロゼッタが受け取り、そこから俺の痛みを取り除くための効果が魔力によって実現される。
しかし今回、魔力が使われる用途がなく、最初からパスが開かなかったため、行き場を失ったエネルギーは受益者たる俺へとそのまま流れ込んでしまったのである。
「なるほど、それなら……一応理屈は通りますね」
「……でもね。だからって、そのバフだけでAランクモンスターを倒せちゃうなんてこと、普通だったら絶対にありえないのよ」
自分で結論付けたにもかかわらず、信じられないといった様子で彼女は眉を寄せた。
フィーネいわく、そこまでの力を手にするには、基盤となる契約者──つまりロゼッタの魔力がよほど大きくなければならないという。
要するにギャンブルと同じだ。
ベットするチップが高いほど、返ってくる報酬も跳ね上がる。
今回の場合、ロゼッタの魔力がそのチップにあたる。
魔王たる彼女が捧げた膨大な魔力が、契約を実現するための力として倍化され、俺へと流れ込んだのだ。
そして、ロゼッタの正体を知らないフィーネにとって、それを信じられないのは無理もない話といえた。
一応確認のため、彼女は鑑定魔法で俺たちの身体を診させて欲しいと頼んでくる。
俺がそれを承諾すると、予想した通り、ロゼッタではなく俺と大地の間に魔力のパスがつながっており、そこから膨大な魔力が俺へと流れ込んでいることがわかった。
「……やっぱりあなたたち、ただものじゃないのね」
それ以上こちらの素性を追求することはせず、けれどフィーネは俺たちに感嘆の言葉を贈ってくれた。
俺は彼女が距離感をわきまえてくれることに感謝しつつ、この現象が怪しいものでないとわかって安堵する。
「それじゃあ……私の魔力が、少しでもクロノの役に立ってるってことなんですね……」
ロゼッタは頬を染め、どこか恍惚とした表情でつぶやいた。
フィーネはそれに捕捉して言った。
「でも、すごいのはロゼッタちゃんだけじゃないのよ。いくらバフが大きくても、それをかけられた人がちゃんと強くないとAランクモンスターは倒せない。つまり、クロノ君もクロノ君で、かなりの素質を秘めてるってことなのよ」
ロゼッタはそんなフィーネの言葉を耳にすると、得意気になって言う。
「それは当然です。だってクロノは、魔王軍四天王、礫て──……むぐ」
(って、おい……何を言い出すかと思えば!)
いきなり正体をばらしかけたので、俺はびっくりしてロゼッタの口を手で押さえた。
「あ、あぁー、ありがとう、フィーネさん! 俺たちここから西にある森の屋敷に住んでるからさ。もしよかったら今度遊びに来てよ! ほんと、今日は診てくれて助かったなあ! それじゃ、暗くならないうちに帰りたいので、このへんでお暇させてもらいます!」
俺はロゼッタの言葉をかき消すように早口でまくしたてた。
そして、「え? あ、うん」と戸惑うフィーネを尻目に、ロゼッタを引っ張って部屋を出る。
苦笑いの表情のまま、俺たちは店を後にした。
(……危ないな! もう少しでバレるところだったぞ!)
(ご、ごめんなさい。フィーネさんって、クロノのすごさをわかってくれる人だったから、ちょっと気が緩んじゃって……)
帰路の途上で俺はロゼッタの肩に手を回し、小声でたしなめる。
俺が顔を近づけると、彼女は嬉しそうな声でこちらに謝るのだった。
▽
「……あれ? でも、ここから西にある森って、確か魔王軍の領土じゃなかったかしら……?」
一方、部屋に残されたフィーネは、クロノが最後に言った言葉に首をかしげていた。
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