▽09.礫帝、ダンジョンに潜る。


 それから二日後、俺とロゼッタは村を離れ、東にあるロッシナ鉱山へとやって来ていた。


 そこは魔王軍領を越えたところにある山岳地帯。

 山中にはダンジョンが点在しており、気候の穏やかな今の時季は多くの探索者でにぎわっている。


 俺たちの目当てもそのダンジョンだ。

 もう少し詳しく言うと、欲しいのは戦闘における経験値と、そこでドロップする宝石類。


 すなわち、宝石魔法の素材を集めるのが第一の目的。

 そして、ロゼッタに少しでも実戦経験を積ませておこうというのがもう一つの目的である。


 後者の方はもともと予定していなかった。

 しかし、なんだかんだでロゼッタは俺の家から帰ろうとしないので、ならばと提案してみたところ、乗り気で応諾されたのである。


 ちなみに、その鉱山は人間たちの国家の領土内だが、俺もロゼッタも特に変装はしていない。

 ロゼッタの顔は知られていないし、俺も戦いに赴く時はいつも仮面を付けていたので、面が割れていないからだ。

 傍から見れば若い冒険者の男女にしか見えないはず。


 俺たちはダンジョンの入口に到着し、そのまま他の冒険者と同じように下層へ降りようとする。

 すると、一人の女性が声をかけてきた。


「ちょっと、お二人さん。そっちは上級ランカー向けの階層よ。わかって降りようとしているの?」


 振り向くと視界に飛び込んでくるのは、とがった長耳と美しい金髪。

 純白のローブをまとい、手には身の丈ほどの杖。

 エルフの女性だ。


「ええ。俺たちの目的はAランクモンスターあたりがドロップする宝石類なので。大丈夫です」


 俺が答えると、周囲からざわめきと失笑が漏れた。


「おいおい、正気かよ。その年でAランクモンスター討伐だって?」


「しかも大した装備もなく、二人だけでとか……。吹くにしても、程度ってもんがあらあな」


「初心者のお上りさん丸出しでイキってんじゃねーぞ。痛い目見ないうちにさっさと帰んな」


 ……散々な言われようである。


 まあ実際、俺はあまりダンジョンに潜ったことはないし、ロゼッタに至っては今回が初めてなので、間違った指摘ではない。


 ただ、痛い目を見るかどうかはやってみなければわからない。

 何せ俺たちは、魔王とその幹部なのだから。


 野次は無視して階下へと足を向ける。

 そこへ、先のエルフの女性が再度呼び止め、駆け寄ってくる。

 彼女は小さな十字架をこちらへと差し出した。


「ごめんなさいね、程度の低い人間ばかりで。でも、本当にそっちに行くのはおすすめしないわ。どうしてもっていうんなら、これを着けて行きなさい」


「……これは?」


「『身代わりのロザリオ』。敵の攻撃を一度だけ防いでくれる装飾品よ。けど、これだって気休めにしかならないわ。危ないと思ったらすぐに引き返して来ること。いいわね?」


「……わかりました。どうもありがとうございます」


 どうやらこの女性は俺たちのことを心配してくれているらしい。

 冷やかしと嘲りの視線の中、彼女だけがこちらを気遣う表情を見せていた。

 せっかくなので、その十字架をありがたく受け取り、俺たちは最下層へと潜行する。


 そして、運のいいことに、最初に遭遇したのはアメジストをドロップすると言われているBランクモンスター。スカルキマイラ。

 全身が骨のみの、三つ首のアンデッド。

 それが七匹、群体で俺たちの前に現れた。


「ロゼッタ、俺が防御と牽制を担当するから、君は隙を見てこいつらに攻撃魔法を叩き込んでくれ。タイミングは任せる」


「はいっ、わかりました!」


「それじゃあ行くぞ! 『硬き飛礫よ、降り注げフラグメントラッシュ』!」


 俺は自分と彼女にガードのバフをかけ、石つぶてによる露払いの先制攻撃をかけた。

 それにより、スカルキマイラたちに石の破片が突き刺さってゆく。


 その攻撃でアンデッドの核部分をあらわにさせ、ロゼッタがとどめの一撃を叩き込む。

 ──というのが、今回の戦法だったのだが……三つ首の骨モンスターたちは俺の初級魔法を受けると、そのままバラバラと崩れ落ちてしまった。


「あ、あれ? クロノ、敵が起き上がって来ませんけど……?」


「……おかしいな。普通ならここから再生するはずなんだが」


 通常、アンデッドモンスターは傷を受けても核をやられない限りはすぐに元通りになる。

 しかし、目の前のスカルキマイラたちは、粉々になったまま一向に動こうとしなかった。


 怪訝に思い、近寄って確認してみる。

 すると、驚くべきことに、どのモンスターも核部分がすべて粉々に砕かれていた。


「まさか……さっきの初級魔法だけで、核も破壊しちまったのか……?」


 ちょっと信じられなかった。

 こういうアンデッド系の核は、どいつも強固な魔力で覆われている。

 それにこいつらは、まがりなりにも最下層にいるモンスター。

 いくら俺が四天王でも、初級魔法で全滅できるほど弱くはないはずだ。


「どうなってるんだ……?」


 首をかしげていると、フロア奥からさらに巨大なスカルキマイラが現れる。


 三つの頭部すべてに王冠をつけたAランクモンスター。

 このフロアのボス、クラウンスカルキマイラである。


「クロノ、さっきのより大きくて強そうなのが!」


「わかってる。今度こそ同じフォーメーションで行くぞ! 『鋭き黒槍よ、刺し穿てオブシディアン・チャージ』!」


 念のため、威力を上げた中級魔法を牽制にして、ボスの全身に浴びせていく。

 今度はただの石ではなく、槍状にした黒曜石の連続投射だ。

 とはいえ、それもあくまでも牽制。

 天井まで届くかという巨体なので、攻撃というよりは目くらましに近い。


 ……が、クラウンスカルキマイラは、俺が放った石槍の雨を受け、まるでクッキーのようにボロボロとその身を崩れさせた。


「……おいおいおい」


 まさかと思い、まだ飛ばしていない残りの槍を、露出した核目がけてすべて解き放つ。

 いとも簡単に串刺しになるピンク色の核。

 そして、クラウンスカルキマイラは断末魔の叫びをあげ、生命の無い灰へと変わっていった。


「く、クロノ……」


「すまん。いけそうだったから……倒しちまった」


 ロゼッタがジト目で振り返り、俺は思わず謝罪する。


 灰の中から特大のアメジストが光を放っており、俺はロゼッタから逃げるようにそれを拾いに行った。


 ……それにしても、どうしてこんなにもあっさりと討伐できたのか。

 このダンジョンのモンスターが弱いわけじゃない。

 理由はわからないが、これはおそらく俺自身が強くなっているのだ。

 落ち着いて感知魔法で自身をスキャンしてみると、これまでにない強さの魔力が全身からあふれているのがわかった。


(どういうことだ……? 一晩寝ただけでレベルアップなんて都合のいい話もないだろうし、いつもと違うことといえば先日の契約魔法くらいだが……。でも、あれって俺に直接関係ないよな……?)


 俺は頭に疑問符を浮かべながら、モンスターがドロップした宝石を回収するのだった。


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