第31話 人を学ぶ魔王
心労が祟って体調を崩した為に問題解決よりも、先に国王が息子のデュオルに代わって5年。
ミュナがこの星から消滅して17年。
レンの圧倒的な力を前に多くの国は、関わらず息を潜める様に暮らしていた。
城の一室で地味な男が窓の外の夜景を朧げに見つめていた。
「レン様〜、お待たせ致しましたわぁ!ーーあら?そこの貴方、レン様はどこにいますの?」
扉を叩く事なく鼻につく脳を汚染させる様な香水の匂いを纏った、淫猥な薄着の女が部屋に入ってきた。恐らくこの女が今宵の伽の相手である事は察せられた。
女の家は野心家で魅了の成分を多量に含んだ香水を纏わせ、レンを籠絡しその力で国を牛耳ろうと送り込んだ。女は傲慢の上に自信家で自身の魅力と香水で必ず落とせると確信していた。
しかし、地味な男はミュナに会った時のレンの姿で女はそれを知らない。
レンが黙っていると、尚も女は薄着に恥じらう事なく勝手に話しかけてくる。
「貴方、どこの家の者でして?本来なら
『ーー五月蠅い羽虫であったな』
女は崩れ落ち物言わぬモノになり、レンはため息混じりに呟き冷めた目でそれを一瞥した。
『(あの時の姿になれば何か分かるかと思い変えてみれば、我のこの姿であると下等生物は勝手に蔑みまともな会話すら出来ぬとはな…。あれであれば、この姿の我でさえも親身になって手助けをしてくれたというに…)』
レンは悪臭の元であったモノを消し、再び静寂を取り戻した部屋のベッドで何事もなかったかの様に横になった。
ーーー翌日レンは1人城の図書館で日記を捲り、紙の乾いた音が誰もいない図書館に響く。
あの女を消してからどれくらいの月日が経ったのか。
もう何度かあの女が住んでいた家が白くなるのを見た故、数年は経っているのであろう。
あの女を消してから何か大きなものが、我の中から同時に消えた気がした。
あの女が我に呪いでも掛けたのか調べているが全く解析できぬ…。
ーー消しても我に歯向かうとは、実に忌々しい虫である。
ミュナの事を思い出すとレンは息がし辛くなり、多量に魔力を消費した様な苦しさが襲ってくる。レンは長い間生きて来てこの様な事態に今まで陥った事はなかった。
レンは何の呪いが掛けられたのか調べるために、ミュナの残した日記を何度も読み直す。その日記はずっと綺麗なままであった。レンは保存の魔法を掛けて劣化しない様にしたからだ。
レンは日記を手にして翌日には保存の魔法を掛けた。自身に感じた異常を調べる為の資料として魔法を掛けたのか、ミュナの遺した唯一の私物を風化させたくなくて魔法を掛けたのか
日記のページを進める。
年月が過ぎても昨日のことの様にあの女との日々を思い出せる…。
忘れさせぬ呪いかとも思ったが、その様な呪い我に掛かれば一瞬で消せるがそれも違った。
あの女の事を思うと何か大事な事を忘れている様な焦燥感に駆られる。
それを感じる度に何か分からぬ苛立ちが破壊衝動に走らせる。
その度に煩わしい害虫の住処を更地にしてみたが、一向に収まる気配がない。
元の星に戻った所で解決できないであろう。
故に戻ろうと思えば戻れるが、ここに留まって解決方法を探さざるを得ないのだ。
…断じてあの女との思い出の地に留まりたいなど、女々しい考えからでは無い。
何千回も読み込んだ為に、見ずとも一語一句間違えずに暗唱出来る様になってしまった日記を読み終わり閉じた。レンは目を閉じ、椅子の背もたれに体を預ける。
「………った!………でっ……」
「……だ……。……れ…」
図書館の窓の外から話し声が聞こえる。
レンは自身に害意を感じなかったのでそのまま椅子で休む。
「ーー…んでよっ!!…私の事は遊びだったの!?」
「彼女の事は仕方なかったんだ…。親が決めた縁談なんだ…分かってくれ」
「…そんなっ!!身分違いでも結婚しようって言ってくれたじゃない!」
「父上に君の事を話したら、『妾としてなら許す』と仰ってくれたんだ。彼女も構わないと言ってくれたんだ…君に生活の苦労はさせない。」
「わっ…私に2番目の女に…なれって言っているの…?」
「君だって金の無い僕と駆け落ちして貧しい暮らしをするより、家を継いでお金がある僕と一緒に暮らして不自由の無い方が良いだろう?第一、君を一番愛している事には変わりないんだから。妾でも君が一番目の女なんだ!それで全員幸せになれるんだよ?良い話だと思わないか?」
男の言葉の後何かを叩いた音がした。
「…駆け落ちしても一緒に暮らせる様に料理や洗濯もたくさん練習したのにっ…お金も少しづつ家族に隠れて貯めて…。ーーーもぅ…いい、私の気持ちと貴方の気持ちは…一緒じゃなかったって事よく分かったから…うぅっ…。ーーー別れましょう……」
「ーーーそんなっ!……………すまない…」
足跡が遠ざかる音が聞こえ、足跡が消えた後女の咽び泣く声が聞こえる。
『おい、女。貴様は何故泣いている?』
シンプルなドレスを着た女はしゃがみ込み咽び泣き続けている。
誰もいないと思い感情をむき出しにして泣いていた女は、突如声をかけられ驚き肩を大きく揺らした。
「…い゛今の見てだのなら分かるでしょっ!!!ーーう゛ぅっ」
『理解できぬから聞いておるのだ。好いた男の側に居られる上に安定した生活が約束されておるのだろう?他の女がいた所で貴様を一番愛していると言っているのだから良いでは無いか』
泣き腫らした目で女はレンを睨みつけてきた。
「…王族なら妾がいる事も問題視されないけど、彼は子爵令息よ!?私の家は騎士爵だし…。そんなに裕福で無い爵位の人間が妾を作るなんてこの国じゃ良い笑いものよ!!…私は彼のパートナーとして出かける事も出来ないでしょうね。お金のことは、駆け落ちしたら私も一緒に働くつもりでしたから贅沢しなければ問題なく暮らす事だって出来たのに…。
それと、貴方が言った彼が一番愛していると私に告げていた事だけど、私を置いて去って行った時点で
女は少し経つと泣き疲れ図書館の壁にしゃがんだまま凭れかかり、涙や鼻水で既にぐちゃぐちゃのハンカチを握りしめている。
『ふむ…、そう言うものなのか。では女、将来誓い合って好きあい体を重ねた男が複数の女を抱いていたら嫌いになったりするのか?』
「はぁっ!?そんなクズ死ねば良くてよっ……!!!」
女は家の爵位が低い為か言葉遣いが荒い。
先程の男に捨てられた悲しみが怒りに変換されてきたのか荒れ始めている。
『むっ、特別な相手は1人だけであってだな…』
「なぁーにが特別ですっ!?結局その他大勢の内の1人じゃ無いの!!女を性欲処理の為の道具とでも思ってんの!?馬鹿じゃない!?ーー他の女とも関係を持っている男の事を信用する女なんかいないんじゃないかしら?よっぽどの世間知らずのお馬鹿さんか、相手も身体だけの割り切った関係望んでいる以外居ないわよ!!私だったら切り落としてやるわっ!!!」
泣いていた女は涙も止まり憤怒に顔色を変え、地面に生えた芝生を鷲掴みでブチブチと力を込めて引き千切っていく。
『ーーー参考になったぞ、女。礼にこれをやる』
レンは何を切り落とすのかに触れる事なく、女の側に袋を投げた。
女が袋の中を確認すると、金貨や宝石が入っていた。
恐らくこれだけあれば王都の一等地に店を構えられるであろう。
女が返そうと顔を上げるとそこに誰の姿も無かった。
「…こんなお金くれて、ん?…あれ?もしかして……噂の城に住んでいるっていう魔王だったんじゃ…。え?もしかして、私の命危なかったんじゃ無い??……………うん、帰ろう。」
女は袋を持ち立ち上がると
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます