第30話 元の世界に戻った通訳官







「う……っ」




 レンに胸を抉られた痛みで薄れていた意識が戻ると、痛みは嘘の様に引いていた。

倒れた視線の先の地面に見えるのは見慣れたドクダミだ。

異世界では見た事のなかった多年草である。

もしやと思い顔を上げると連休で登ろうと思い来ていた山であった。

そして地面を見ると大きめの石の上に倒れていた様で、痛かったのはこれが原因だと気付いた。

ゆなは慌ててレンに胸を貫かれた筈の胸を見下ろし、傷口が無いか触ってみる。石の上に倒れていた為の痛みは残るものの血の後も傷口も服が破れた形跡もない。



「(あれ?もしかして夢オチ??そう言えば…こっちで死んだ記憶も一切無かったわ!!!異世界転移と言えば大抵元の世界で亡くなっているもんね…良く良く考えればわかる事だったわ…マジで恥ずかしすぎる!!なんかの原因で山で倒れて異世界転移の夢見るとかヤバすぎでしょ…自分…。」



 本来なら山で気を失って倒れているのに誰も通りかからなかったら絶望するけれど、異世界転移の夢を見ていたゆなが万が一病院で厨二臭い事とか叫んでしまったらと考えると誰にも見つからずに目が覚めて良かったなと安堵した。



「(それにしても中々リアリティのある夢だったなぁ。あの人は殺すほど私の何がそんなに気に食わなかったんだろう・・・?まぁ夢だから私が何かしら深層心理で思っている事が現れたんだろうけどね。それにしても何回も肉体関係を持つ夢を見るなんてよっぽど私は欲求不満なのかっ!?)」



 夢の中の出来事だったが、やたら鮮明に覚えていて色々と思い出すと恥ずかしくなる。

時間は来た時から1時間程度しか立っていなかったが今日はこのまま山に登るのもどうかと思い、早々に帰宅する事にした。










 ーーーそしてゆなは山で倒れた日から7年が経った。







「ゆな先輩って美魔女なんですかぁ?」



ランチが一緒になった仕事の後輩が突如そんな事を聞いて来た。



「え?初めて言われたんだけど」



後輩はずいっと顔をゆなの顔に近付けてから、うんうんと1人納得している。



「ほらね、先輩肌私よりめちゃくちゃきめ細かくて綺麗だし、化粧でシミとか隠して無いじゃないですかぁ!!シワも全くないし・・・先輩、もしかしてお給料全額美容に注ぎ込んでたりします・・・?」



 そう、ゆなは面倒くさがりで大したお手入れもしていないのにずっと若々しく綺麗なのだ。

最初は食べ物に美容にいい物が入っているのかな?と気にもしていなかったが、最近では朝支度で鏡の前に行く度に「お肌の曲がり角っていつ来るんだろ??」と思う様になって来ていた。

しかし実際面と向かって言われると疑問が大きくなってくる。

後輩にはそういう体質だろうと返してたいそう羨ましがられた。




「(流石に体質じゃない気もするんだよね・・・あの山に登って胸を強打したから細胞に変化があって不老不死にでもなったとか?びっくり人間になったとか??んーもし本当に不老不死になったら働かずにお金稼げる様になるかも?動画を撮ってネットに上げて稼ぐにしても、メディアにお金貰って出演するにしても今の年齢じゃ微妙なんだよね・・・50歳位になるまで変わらなかったら荒稼ぎできそうなんだけどね〜それは流石に無理だわ)」




 しかし、ゆなの思考とは異なり周囲には一体何をやったら若さを保てるのかと行動を真似る者まで出始めていた。






♢♢♢♢♢






「(まさか10歳歳下に告白されるとは…)」




 帰り道のコンビニでビールとおつまみを買い帰り道をたらたら歩きながら進む。

近頃取引先の人や職場の後輩に告白される事が増えたのだが、ゆなにはその原因はさっぱり分からない。それに歳下から歳上まで幅広く告白されているのだ。

流石に余りにも歳下だと引いてしまって実年齢を言って諦めて貰おうとするのだが、中には諦めきれずストーカーまがいの行動を起こす者まで現れゆなは疲れていた。




 なんで急に男を引き寄せる体質になったのかなぁ…。

今年だけでもぅ5回も警察に保護されてしまった…。

流石にこれだけ続くと私に原因があると思われ始めているのが空気で分かるんだよねぇ…。



「(あれ?玄関の前に誰かいる…)」




「あ、おかえりなさい水面さん。」


 近づくと向こうも気づいた様で振り返り挨拶して来た。

何度もお世話になっている交番の爽やかお巡りさんだ。

何かあったのだろうかと心配になった。



「あの、うちで何かありました?」



「いえ大したことではないのですが、今日巡回で回って来た際に隣の部屋の住人の方が日中に物音がすると仰られていたのが気になって…」


「えぇっ!?本当ですか!?私家にいなかったんですけど!!」



 遂にストーカー予備軍がストーカーに進化してしまったのではという恐怖に震える。



「やはりそうでしたか…。まだ誰かが潜んでいる可能性があるので、私も一緒にご自宅に上がらせて下さい」


「はい…是非お願いします…」


 ゆなの頭の中は「あの時の人かそれともあそこで会った人か」とそればかりが占める。

鍵を開けそっと中に入ると、特に荒らされた様子はなかった。


「良かった〜誰もいないみたいです!お巡りさんありがとうございました!」


「いや、盗撮や盗聴の可能性があるので少し家の中に調べさせてください」


 ゆなは誰も居ない、荒らされた形跡のない部屋に安堵し完全にその可能性を忘れていた。


「そっ、そうですよねっ!!お願いします!!お茶入れますね?」


「職務ですからお気になさらず」



 にこりと爽やかに断る笑顔にゆなは少しときめいていた。

断られたがお巡りさんがプラグなどを見ている間にお茶と茶菓子を用意していたゆなは、ふとお隣さんの事を考えていた。



「(あれ?お隣さんあんま会話無いけど、一昨日キャリーバック持ってたから旅行か聞いたら1ヶ月他県に出張に行くって言ってなかったっけ?あれあれ?もう帰って来たのかな?)」



 そもそもゆなの部屋はアパートの端でお隣さんは片方しかない。

しかもそのお隣さんは現代っ子の若い女性で入居時ご近所挨拶すらなかった。

すれ違っても音楽聴きながら素通り、こっちが挨拶すれば頭をほんの少し下げる位しかしない人付き合いの悪さだ。そんな彼女が日中私の部屋で物音がしていた程度でお巡りさんに報告するかな・・・?



「あのっ私の部屋の物音がしていた事お巡りさんに言ったのって、本当にお隣さんでーーひっ!!」



 気になったので改めてお巡りさんに聞こうと思って、茶菓子を用意していたお皿から顔を上げると少し前まで部屋を調べてくれていた筈のお巡りさんがゆなのすぐ側に無表情で立っていた。


 余りの恐怖に咄嗟に近くにあった包丁をお巡りさんに向けたが、恐怖に震える手で女性が握った包丁等職務として訓練を受けている彼には通用せずあっという間に彼の手の中に包丁が移ってしまった。

ゆなは恐怖に腰を抜かしてしまった。


「いけませんよ水面さん。警察官に包丁を向けるなんてーーー拘束しなければいけませんね」



 包丁を持った男は爽やかに笑うものの目は仄暗く全く笑っていない。

腰を抜かしたゆなは後ずさると壁にぶつかる。首を傾げた彼は何か思いついた様で嬉しそうな顔をすると、持っていた包丁をゆなの顔の横の壁に勢いよく突き立てた。



「警察官に包丁を向ける様な凶悪犯ですから、手錠を嵌めておかなければいけないですね」



 青ざめガタガタと震えるゆなを無視して勝手に進め、気付いた時には既にゆなの手は後ろで手錠が嵌められていた。

迫ってくる男の手から逃れるために大声で助けを呼ぼうとした時、身体に刺される様な痛みが走った。



 ゆなが意識を失う直前で見たのは男の手に握られていたスタンガンだった。




♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎





「ゆな…、お前はすぐに男を誘惑する生まれながらの淫乱体質の様だな。ゆな用の牢屋を用意してやったから、ずっと看守をしてやるよ」



 男は気絶して手錠を掛けたゆなをアパートの脇に止めていた車に乗せ走らせた。

郊外にある男のマンションの部屋にゆなに布で覆い運んだ。男は真面目で学生の頃からバイトで貯めたお金と、今まで遊ばずに貯めたお金で防音に優れたマンションの一室を購入してこの犯行に及んだ。

勿論、ゆなを監禁する目的で購入したのだ。

部屋に入ると一つの部屋に入り、ダブルベッドの上にゆなを優しく乗せる。

首に首輪を嵌めチェーンを繋げ先はベッドの脚に嵌めた。両手首も鎖を付けベッドの上部に繋げた。

これで早々に自力では脱出出来なくなった。




「ん…んん…」



ーーーカチャカチャ



「え?」



 ゆなはやっと気が付いて、少し身じろぎした時に首に重いものが付いていることに気が付いた。

そして周りを見回し男と目が合った瞬間に、倒れる前の事を思い出し一気に血の気が引いた。



「ゆな…、今からゆなと俺の全てを記録して思い出に残して行こうな?ーー可愛く啼くんだぞ?」



 男はゆなに跨り頬を優しく撫でるが、ゆなの恐怖心を掻き立てる。



「い、いやっ!!!やめてくださいっっ!!こんな事犯罪ですよ!?分かっているんですか!?」



 ゆなは男から逃れようとガチャガチャと金属音を掻き鳴らすが、首・手首に鎖をつけられているので大した抵抗もできない。苦悶の表情を見せるゆなを嘲笑いながら下着姿まで脱がしていった。



「やっぱ、全裸より下着着たままの方がエロいと思うんだよなぁ。お前もそう思うだろ?ゆな」


「同意出来るわけないでしょ!!そんな事よりこれ外しなさい!!」


 

「駄目だろーゆな。看守様に楯突いたらさぁー…。涙目のゆなは可愛いけど罰が必要だなぁ」



 男はズボンから携帯を取り出し半裸のゆなを写真に納め何かしている。

すると電話の着信が鳴り響く。



「あぁ、見てくれた?俺の囚人ちゃん。ーーだろ?滾るだろ!!一回集団でやってみたかったんだよな。え?3人来れる?じゃあ俺の買ったマンションの住所送るわ」


 電話を切って数秒後また電話がかかった。


「おう!電話サンキュー♪あの女?そうそう、俺が言ってた狙ってた奴な。え?んなわけねぇだろ!拉致って来たんだよ。あぁ、アイツらは3人で今から来れるって。ーーえ?お前も来れそう?一緒に今いるダチも来たいって?大歓迎大歓迎!!みんなで俺の囚人ちゃん完堕ちさせようぜ!!はははっ!じゃあ後でな♪」



 ゆなは今から自分の身に降りかかる恐怖に、助けを期待できない状況や壁の厚い寝室にどうすれば逃げられるのか考えても答えが見つからず身体を硬くする。



「お前はもうすぐ囚人ちゃんから奴隷ちゃんになっちまうけど、一生俺が面倒見てやるから心配しなくていいぜ?」

「………」



 男はそう言い終わると、こちらの反応は無視してクローゼットから大きな箱を取り出していた。

箱の中から何かを取り出し机の上に並べていく。



「今日の為に色々買ってみたんだ。楽しみに待ってろよ♪」



 性玩具と思われる物が机の上にたくさん並べられていた。



「(…なんでこんな目に遭わなきゃいけないの…)」



ゆなはそれを見て気持ち悪くなり吐きそうで目を閉じ静かに涙した。








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