第29話 終焉を招く魔王を観察する者達







 ミュナを手に掛けた直後からレンは荒れ始めていた。

毎日ミュナの書いた日記を読み、理解出来ず苛立ち歯向かってきた人間を片っ端から消していた。

魔王と公言していないにも関わらず、多くの城勤めの者達はレンの事を魔王と陰で呼びいつ自分の元に火の粉が飛んで来るかと戦々恐々としていた。




 国政には手出しはしなかったが、王族の血を引いた女性やご機嫌取りに言い寄って来た貴族令嬢達は全員苛立ちの吐口とばかりにボロボロになるまで抱き潰した。数日前まではレンの伽を務められるのは一種のステータスであったが、今では人身御供として同情される様になった。しかし上手くいけ王族に恩を売れるからと政治の駒としてしか子を見ない親にレンの夜伽を命じられ、国から逃げ出す令嬢まで出てくる始末である。

 流石にここまで来ると暗殺者も頻繁に送られて来るようになったが、レンに毒を盛っても毒程度で死ぬ筈もなかった。剣を向けた者達は不機嫌なレンに一瞬で消され、意見する事が誰も出来なくなっていた。

レンの周囲だけ無法地帯と化していた。




 貴族達は国王をレンの事で王座から降ろそうという動きもあった。しかし、降ろした所でレンに対抗する術は無かった為に思いとどまっていた。そして、その雰囲気を感じ取っていた国王は今の状態で、王座を若いディオルに任せるには荷が重いと考え、貴族が離れつつあった王族に対する求心力を上げる事に奮起した。内政が混乱しレンの対処を考える時間すら無い状態である。

 他国も魔王を倒したカロンド国に親善大使を送って友好関係を持とうとしていたが、内政が急激に不安定になった事によって見送り事態を注視している。






♢♢♢♢♢





 重苦しい空気が漂う中に4人の男達が集まっていた。




「………やはり、ゆな様を国外に出すべきでは無かったですね」

「まさか、手に掛ける程関係が拗れていたとは思っておらんかったな…」



魔術団総長の執務室で総長とノーヴァンが頭を抱えていた。



「3日で既に14名があの者の手によって亡くなっておるのだ。早急に解決策を考えねば…」

『あの御方が本気を出せばこの星などあっという間に消し炭なのですから、目についた害虫を始末する程度良いでハないデスカ』



疲弊した国王とさもレンが人々を殺害するのが普通であるかの様に魔族のメセラダは、紅茶を優雅に嗜みながら話に混ざる。



「それでは魔王の様では無いか」

「え・・・?総長殿が陛下にレン様の事伝えてますよね?私は言ってないですけど…」


 国王の言葉にノーヴァンは目を点にしていた。



「「は?」」



 総長は既に知っていると思っていたが国王は寝耳に水であった。

レンを召喚してから目まぐるしい忙しさで何を報告して何を報告していないのか、全員大体でしか把握していなかった。国王に報告していることも全て一から説明を総長が行った。



「で、どうするか。このままでは本当にこの星から生物が消え失せるやも知れんぞ」


 改めて全て聞き終わった国王は手の打ちようがないと、絶望感を通り越しどこか悟りを開いた様な表情になっている。




「ゆな嬢を自分が手に掛け、喪失感を埋めようと欲望の赴くままに無意識に行動している可能性があるのではと考えているのです。」


「そのゆな嬢はレン様が跡形もなく消したのであろう?一体どうするのだ…」



「生き返らせる方法が一つだけあります。これです。」


 ノーヴァンはテーブルの上に布に包んだ物をそっと置いた。

優しく布を広げると腕輪のような物が出てくる。



「これは最近ゆな様のお陰で用途の分かった古代魔道具のアンクレットです。バレンス総長がゆな様に餞別として渡した物です。」


「そう、これは私がゆな嬢に渡した物。これには位置特定魔法と魂保護の魔法が付与されています。レン様がゆな嬢を追いかけて国を離れた後、急いでこのアンクレットに付与されている位置特定魔法で向かいましたが既にレン様もゆな嬢もおりませんでした。しかしこれだけは草むらの中で発見する事が出来ました。」


「その魂保護魔法で生き返るのか!?」



 国王はテーブルに身を乗り出して総長に詰め寄る。



「いえ、それは無理です。身体が有れば可能ですがそれが無いので無理です」


「期待させおって…」



 国王は失望の色を隠せない。



「国王、が有れば可能なのです。」


「ん?だから身体がないでは無いか」


『成る程。あの者は異世界から渡ったのでしタネ。それならばこの星で死すれば強制的に元の世界に身体が引き寄せられている可能性があるという事ですネ』



 例えるならば水銀のようである。上から分けて溢したとしても下に受け取る器が有れば、また一つにくっ付く。死んでからの異世界転移の場合、魂を受け取る器が存在しないので戻っても魂は死んだ場所に堕ち地面に吸い込まれ留まり続ける事しか出来ない。




「そんな事があるのか!?」


「異世界から渡ってくる者はたまに現れますが、大抵は元の世界で亡くなった者たちです。しかし、中には何でもない状態で道が開かれ迷い込んでくる者たちもいます。」



「そして『旧原始の魔術書』の翻訳でも迷い込んだ者たちは元の世界に帰る事が、出来ると書かれておった。」


「それがこの星で死する事であったか…」


「ーーそうなのです。流石にゆな嬢に死んだら戻れるとは言えんかったのだ。だが、身体は戻っている筈だから後はこの魔道具に入っているであろう魂を引き寄せられる道を開き送る」


「じゃが、それではレン様に合わせられんでは無いか?」


『…私が思うニ、主様は他の星にも転移出来る力を有しているのでは無いカト。』



「んんー…。しかし、アンクレットを使わなければ自然に元の世界に戻ったのでは無いのか?」



 国王は話の途中から気になっていた事を問う。



「レン様は魂をも消します。私は以前から薄らと魂の色が見えておりました。魔力の色が魂に結び付いているからだと思われるが、それがレン様の配下にして頂いてしっかりと見えるようになったのです。通常亡くなった者の魂は静かに空に向かって溶けていくのだが、レン様が斬りかかってきた刺客を消し飛ばした時魂も身体と一緒に消し飛んだのだ」


 バレンス総長がその時の光景を思い出しながら国王に説明する。

ノーヴァンは魔術師では無いのでこの事は知らなかったが、本能的にレンに殺される事は完全なる死を感じとていた為に驚きは無かった。



『ふム。しかし還すなら早い方が良いでショウ。還し終わった後で主様を番様の世界にどうやって誘導させるか考えるのが最善デハ?』

「まさか、前魔王の配下と今後の事を話し合う事になろうとはたった数ヶ月で色々起こり過ぎだわい。早く王太子に任せてしまいたい…」


「この件が片付かないと無理だからの」




「………はぁーーーーーーーーっ」




 国王の心底疲れたような長いため息が部屋に響いた。








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