第28話 居なくなった通訳官の日記






『ーー我を想っていた?』




 そういえばアレもずっと我の事を忘れられずと言っていたが方便ではないのか?

本当に我の事を想っていたとでもいうのか?

我を裏切ったアレが我に何を想う?



 その後ヨハンは抜け殻の様になり、レンがミュナを殺したという真偽も分からず困惑する聖騎士達に支えられてその場を引きづられながら後にした。



 1人家の前に残ったレンは引きづられて去って行くヨハンに目をやることもなく、少し先にあるミュナが帰ろうとしていた小さな家を見ていた。






 折角不快な気持ちをミュナを殺す事で片付けた気でいたが、何故かモヤモヤした気持ちが残り一向に晴れる様子がない。ヨハンが言っていたことも良く理解出来なかったレンは、ミュナが暮らしていた家の中に足を向けた。




 家の中は特に不要な物は無くシンプルな室内であった。それをレンは彼奴らしいなと思いながら進んでいく。ミュナの寝室に入ると一冊の本があり、何となくそれを取り上げてみると日記であった。レンはミュナが自分と離れている間に、何を考えていたのか少し気になっており日記を開いた。





♢♢♢





 ミュナは眷属としてレンの魔力を持っている為に日記にもレンの魔力が籠り、レンにも日記の内容が理解できた。日記はレンに会った頃から始まっていた。


 日記を付けていた事を一緒に暮らしていたのに今初めて知った。




  『 今日から日記を書く。

   今日もお気に入りの魔術塔の横にある中庭でサボっていたら、

   わがままな男の人に出会った。

   最初はこの国のお偉いさんかと思って、サボっていた事を報告されるかと

   思って警戒したけれど他人の手によって勝手に異世界召喚させられた災難に

   遭った人だった。

   私とは違い強制召喚させられたらしい。私が強制召喚なんか非人道的な

   事をされたら、この星を壊そうとするかも知れない。

   彼は自暴自棄にならずにこの星の事を知ろうとしている勇者に選ばれる人は

   人間が出来ているんだなぁと感心した。


   名前を教えてくれたけれど外国の名前は覚え難いのでミドルネームの一部を

   取ってレンと呼ばせてもらうことになった。

   

    レンはちょっとわがままだけど紳士的で優しい。


   このまま異世界にずっと1人で、誰にも異世界人だって告げられずに

   この世界で老いて死んでいくのかなって悩んでたけれど、星は違っても同じ

   異世界人のレンが一緒に暮らす事になって心強い。良かった!  』



  

  『 一昨日日記書く前までは紳士と思っていたけど、寝る前に獣になるとは…

  普通一緒に寝るってそっちの意味に取るかな!?初めて会った人を

  その日に関係持つって、私軽い女に見える!??

  そう言えば職場でもイヤラしい視線向けてくる奴らいるけどそういう風に

  見られている可能性あるなぁ。でも向こうじゃそういった雰囲気になる相手も

  居なかったし、なんだかんだ優しいレンが相手で良かったのかな??うーん…

  それにレンってイケボなんだよねぇ〜女性扱いしてくれるし。性格は俺様だけど

  雰囲気カッコいいんだよねぇ〜女慣れしているのがちょっと悩ましいけどね 

  これで一途とかだったらかなり好きになってただろうなー     』

  



 その後は買い物に行った話やレンの作る魔法料理の話、魔術団総長の話等さまざまな内容に触れている。

比較的文面からは充実した雰囲気を感じる。

しかし、夜会の日付から徐々に陰りの見られる文面に変わっていく。


  


  『 今日王妃に呼ばれてレンが執務室出てから帰って来なかった。

   本当に王妃の護衛になるのかな?王女と結婚するのかな…  

   

   ヨハンさんにレンの事色々相談したら少しだけ気持ちが軽くなった。

   ここにいるのが辛かったら自分の故郷に来ないか誘ってくれた。

   ヨハンさんは優しいお兄ちゃんみたいで話しやすい。

   レンにヨハンさんと付き合うと言ってみて無関心だったら

   お仕事辞めて出て行こう …。                 』



  『      今日も帰って来なかった。

        もう連続5日目。私の事忘れたのかも   』



  『   今日も帰って来なかった。

    お昼にバラの庭園に行ったらレンとドレスを着た半裸の女性と

    盛ってた。レンにとっての私の存在ってなんなんだろう?  』     

                            



  『 まぐわったら恋人って前言ってたくせに、

   色んな人と関係結んでる…恋人いっぱいじゃん。

   結局私との関係も遊びっていうね…。

   魔王だもんね。そりゃ女は選り取り見取りだわ。

   きっと元の世界でもハーレム築いてたんだろうね。

   レンに恋人って言われてちょっと浮かれたあの時の自分を殴りたい。

  

        ーーーーウソツキ。         』

                            




 『 カロンド国離れて1ヶ月ヨハンさんは妹のエリーナさんとの思い出を

  たくさん話してくれた。彼は徐々に前を向き始め一緒にエリーナさんに

  顔見せに行くようになった。

  たまにエリーナさんを見る目が苦しみに満ちる時があるけれど

  そんなヨハンさんの手を握ると困った様な笑いを向けてくれる。


  私もレンとの思い出を捨てる時期なのかも知れない。

  別れた男から作って貰ったネックレス後生大事に

  持っているとかどんだけ引きずってんのって感じだね。


           捨てよう・・・        』





 『 昨日通訳の仕事で商人の商談に立ち合った。

  隣国から来た商人がレンの昔の姿に似ていて泣きそうになった。

  ヨハンさんは仕事が遅くなると言っていたので夕食の準備をして

  部屋に篭って泣き過ぎて今日は目が腫れてしまった。

  ヨハンさんに心配を掛けてしまった   』



 この後の日記はしばらく鬱々とした内容が続いている。



 『 

     この世界からいなくなりたい     

    

   どうやったら帰られるんだろう・・・?

                       』



                           

 この後の日記ではヨハンの妹と友達になった事や日常の事が続いている。




 『 やりたい事が見つかった。ヨハンさんの妹エリーナと3人で暮らせる様に

  お金を貯める事にした。お金が貯まったら自然の多い田舎に畑付きの家を

  買ってエリーナを呼べたらと思う。

  もし、エリーナが新しい環境に馴染めそうになかったら療養施設の側に家を

  買えば頻繁に会いに行けるから、ヨハンさんも安心するよね。

   

   辛い時に助けてくれたヨハンさんにお返しがしたい。   』

                                   




 この日記が最後で昨日の日付であった。




『人間の心の機微が分からぬ…。我は何か欠落しておるのか?』




 読んでもいまひとつミュナが悩んでいた事や本当に自分を想っていたのか、理解出来なかったレンは日記をだけを持ち去った。

 


 その日今朝まで人の気配がしていた家に灯りが灯ることはなかった。








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