第27話 離れた通訳官の元に現れた魔王








 お城の通訳を辞めてからヨハンの妹、エリーナと暮らす事を目標にせっせと貯金を続けるミュナ。目標金額には次の給料を貰えば到達する。お城からの最後に貰った給金がかなりあったので、働きながら節約すれば問題なく貯められる金額であったのが助けになった。

ヨハンはそこまで節約しなくて良い、服くらい気にせず新しい物を買って欲しいと言っているが目前に迫る目標金額にミュナは今の生き甲斐だからと断って貯め続けていた。ミュナは今止まってしまうとレンの事を考えてしまい、引きこもってしまう可能性すら否定できないので止まろうとは思っていない。



 まだ日の高いうちに今日の翻訳の仕事を終わったので、翻訳した原稿を依頼主に届けに行き町のお店で夕食の買い物をした。

最初の頃はこの町に不慣れであった為にヨハンと買い物に来ていたが、今ではすっかり知り合いも多くなり一人で行くようになった。ちなみにヨハンは病院に仕事に行っていて帰るのはもう少し後だ。



 日持ちする物等節約の事を考えた食料の入った買い物袋を抱えて、町の少し外れにある家への一本道を歩いて帰る。



「(さて、今日は昨日ご近所さんから頂いた山菜でお汁とピザ風の山菜トッピング作ってみますか!      ーーーえ?)」



 

 見間違いだと最初は思った。

離れて少し経っていることもあり、まさか自分に会いに来たとは思えなかったから本人と思えなかったのだ。

ミュナの家の前に立っていたのは最初に一緒に暮らしていた地味な姿では無く、真っ赤な目に長い銀髪で長身の見目の良い男が目に映った。離れる前に見た姿である。

幻覚で見るなら最初の頃の姿が良かった、何も自分以外の女を抱いていた印象の残る姿じゃなくても良いのにと思ってしまいモヤっとしてしまう自分に内心苦笑いをしてしまう。

しかし余りにもリアル感があって、もしかして現実なのかもという期待も湧く。




 ミュナは現実なのか幻想なのか確かめたくて一歩前に足を進め近付く。






「ーー本物??レンがなんでここに・・・」



 久しぶりの再会に心を揺さぶられつつも、今更何か用事があったのかと首を傾げつつ凝視する。



『眷属のお前の居場所くらいどこに居ようと分かるに決まっておる』


 はっきりとレンの声がミュナの耳に届き、目の前の人物は現実だと知る。


「眷属、そっか・・・。まだ繋がってたんだ、ね・・・」



 レンの魔力が混ざっているから分かるのかと納得し、同時にまだ切れることのない繋がりがある事に仄かに嬉しく思う気持ちとレンにとって眷属だけとしてしか自身の価値がないと言われている様な気がして苦しくなる。やはり自分は身体だけの関係だったのだなと虚しさが襲う。




『ーーーあの羽虫と一緒では無いのか?』

「え?はむし?え、あーもしかしてヨハンさんの事?一緒に暮らしているよ?」



 何を聞かれたのか分から無かったが、少し考え一緒に国を出たヨハンの事を言っているのだろうとミュナは理解した。



 久しぶりに会ったのだから「元気だったか」等、私の事を聞いてくれる事を期待したけれどまさかヨハンさんの事を1番に質問されるとは思いもしていなかった。



『貴様は誰とでも交わるのだな。我の眷属であるにも関わらず。薄汚い羽虫め』


 レンは不快なモノを見る様な目でミュナを見る。今までそんな目で見られた事は一度だって無かった。それがミュナの心を硬くさせる。

もう自分の事をなんとも想ってくれていないのだと感じ、怒りや悲しみ・自分だけがレンの過去にくれた優しさに未練を引きずっていたと言う自嘲でミュナの心はパキパキと音を立てる。



「ーーはぁっ!?何よ薄汚いって!!そもそも誰とでも交わるってそれ自分の事でしょ!?私は悪くて自分は良いってとんだ暴君じゃない!!そもそも、私はレンみたいに誰とでも肉体関係持つ様な軽薄な人間じゃ無いしっ!!!ーーーレンは本当魔族だよ!!人間の事何一つ分かろうとしない、自分の意見ばっかり通して私の話まともに聞いてないじゃん!!自分勝手なレンはさっさと自分の魔法で自分の世界に戻る魔法作って帰れば!?そうすれば二度と薄汚い羽虫見なくて済むでしょっ!!」



 レンの発言で流石に今まで溜まっていたレンの女性関係に対するストレスが一気に溢れ出した。

目に涙が溜まっていく。なんとか矜持によって涙をこぼさない様に耐えるが、ほんの少しの衝撃で涙も心も決壊寸前である。




『貴様は我の眷属だ。我がどう振舞おうと貴様が我のする事に口出しして良い訳なかろう?黙って我に従えぬ眷属等奴隷以下ではないか』



 ミュナの発言で不機嫌になったのか、レンの身体から放たれる魔力で空気をピリつく。レンは体内に響く様な声で威圧しミュナの全身が粟立つ。

ここに動物が居たならばどんな動物も本能に逆らえず逃げ出していただろう。

現に周囲に生えていた木に止まっていた鳥たちや草むらにいたカエル等が、見た事もない逃げっぷりを見せている。



「・・・何よそれ。人権無視!?そんな風に私の事思ってたんだ!?ーーずっとレンの事忘れられずにモヤモヤしていたけど、もうあなたの事忘れられそうだわ!!」



『人権?眷属に人権など無かろう。いや、力弱気者に人権など有りはしない。狩られる側にあると思っておったか?愚かしい』



 レンの弱肉強食的な思考に目眩がする。

自分達の事をそんな風に見ていた事を知り悲しくなった。





『ミュナ、我がこの世界に召喚された時は大変世話になったから捨て置いたが、お前が生きていると我は大変苛立たしい気分になるのだ。ーーーそれ故にお前にはやはり死んで貰う』





「ーーえっ?ーー何言って、ちょっと待って・・・」



 近付いてくるレンにミュナは後ずさって行く。

しかし、いつの間にか目の前に移動した無表情のレンはミュナの前に手を差し出す。

走って逃げたいのに今レンに背中を見せたら、確実に殺される恐怖で足が動かなくなる。


 レンの指先がミュナの胸に触れ少し押された様な感覚がした。




ーーぐちゅっ





「れっ・・・ん・・・?ーーーう゛っ」




 ミュナは目を剥き自分の胸に目をやった後、力無くレンの手に触れた。



 ミュナの胸にレンは手をねじ込み、ミュナがレンの名前を呼び終わったのと同時に心臓を握り潰した。潰したと同時にゴポッと大量の血を吐き出し、レンが手を引き抜くと地面にゴトンと物の様に倒れた。

引き抜いた手に何かが絡まっていた。



『(ーーーこれは・・・夜会の時に我が此奴の為に魔法で作った装飾品・・・まだ持っておったのか?金が尽きたら売る気であったか?ーー魔法で作った物は価値などありはせんのにな。)』




 ミュナはレンの手によって徐々に体温が下がって行く。

レンはじっとミュナの亡骸を無機質な赤い目で見下ろす。

亡骸に手を向け魔法によって一瞬でミュナの身体は空気に溶けて粒子は消えた。そして手に絡まっていた真っ赤な宝石の付いたネックレスも、手で握り潰しミュナへの思い出と共に砕いた。




 ーーーガチャガチャガチャッッ




「ーーーレンさんっっ!?ーーーゆなさんはどこですか!?」



『ーーー異世界から来たのだから異世界に帰ったのでは無いのか?』



 ヨハンは仕事中であったがミュナのいる方角から、異常な魔力を感じ聖騎士達を連れて来た。しかし、そこにミュナの姿は無く何故かレンがいる事に戸惑う。レンに問えば異世界に帰ったと言うがヨハンにはどうしても考えられなかった。ミュナの力で戻れるものでもないし他に思う事もあったからだ。



「そんな筈はありません」


『貴様に何がわかる?あぁ・・・アレを唆して連れ去ったのだからな、男女の関係と言うやつであったか?』


 レンは楽しげに笑うが、ヨハンは何を言っているんだと言った表情でレンを見ている。


「ーーー何を言っているのですか?私はゆなさんが貴方の事で大変悩んでおりましたから、お辛いのでしたらと私の出身国にお誘いしたまでですよ?私にとっては昔、婚約者の悪辣非道な裏切りの末に病んだ妹を見ている様で・・・貴方がゆなさんを裏切るなら恋人という事にして距離を置かせようと思ったのです」



『我が裏切った?裏切ったのはミュナの方であろう』

「御自覚ないとは・・・。ゆなさんも気を病む筈です。もう良いです、貴方にゆなさんの心の内を分かって頂こうとは思いません。もうゆなさんに関わらないで頂ければ」



『ーーーミュナは先程我が殺した』





「ーーは?・・・え、いや、何を・・・い、遺体は!?遺体はどこですか!?」


 静かに告げられた残酷な言葉にヨハンは激しく狼狽する。

ヨハンは瞳孔を忙しなく動かし周辺に手掛かりがないか探すと草むらに紙袋を見つけた。

その紙袋からは夕食に使うつもりであっただろう野菜が飛び出している。

そして紙袋にはレンの魔法で一緒に消えなかった赤い飛沫が、袋の柄であるかの様に付着していた。




『死体は消した』




「ーーーーなっ!?何故っっっ!?何故貴方がゆなさんをっっっ!?他の女性の元へ行った貴方の事を想いながら静かに暮らしていた彼女を・・・何故・・・なぜ・・・なぜ貴方が・・・。貴方をずっと想っていたゆなさんにこの様な惨い仕打ちを・・・妹もゆなさんの事を覚え仲良くなった矢先にっ!!」



 ヨハンは膝を地面に突き、蹲るとむせび泣いた。

聖騎士達はヨハン達の言っている事が理解出来ず、お互い顔を見合わせ困惑している。


 最愛の妹と同じ様に裏切りに遭い失ってしまったヨハンは、妹が心を壊した時の様な絶望を再び味わう羽目になってしまった。妹も通い詰めるゆなを覚えだいぶん仲良くなり名前を覚えるまでになっていた。本当に3人で暮すことも夢では無いのだと希望を感じつつあった。もう妹に見せる顔がないと身体の芯がなくなった様にヨハンはその場で力なく崩れ落ちた。



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