第25話 眷属に懇願される魔王
部屋に騎士達が入ってきた。
部屋には返り血で汚れたガウンを羽織ったままのレンがベッドに腰を浅く掛けていた。
床には令嬢だった者らしき残骸が微かに残っているだけであるが、鮮血が絨毯に染み込んだ量を見る限り御令嬢は隠されていたとしても生きていないだろう事は誰の目にも明白であった。
ぐっと血に汚れた自身の手を握りしめる。
自分の元を去って、なるべく考えない様にしていたミュナの話を女によって強制的に思い起こされた。
最近のレンはミュナの事を思い出すだけで全てが神経に触る。
そして先程思い出させた原因である猫撫で声ですり寄って来た女を、消しとばしたが一向に気分は晴れない。
『(ーー何故こんなにもアレの事を思い出すだけで、神経に触るのだ!?別れを告げにきたあの時に消しておけばこの様に不快感を感じずに済んだのやもしれん・・・今頃はあの軟弱な雄の元で楽しく暮らしていると考えるだけで目に付くもの全て破壊したくなる・・・あぁ、この苛立ちどうしてくれようか・・・)」
衛兵に異常報告を受け入ってきた騎士たちが、蒼白くなりカタカタと歯を鳴らす腰が抜けた女達を引き摺り部屋の外へ逃した。魔法を使い一瞬で返り血を消し服を纏ったレンはドアの外に出ようとすると、先程まで返り血を浴びていた令嬢殺害容疑のあるレンを外に出す訳にも行かず騎士達は剣を抜き構える。
「これより先はお通しする訳には参りません!!」
『何を言っているか分からぬ羽虫風情が我の前を遮るな』
レンに威圧され死を覚悟した騎士の前には、いつの間にか目に前に他の騎士が立っていた。
『ーーノーヴァン。貴様も我に逆らうか?』
「レン様違います。私だけが貴方様に逆らっているのです。ーーーずっと気になっていたのですが、今までレン様にもゆな様にも気になっていた事を聞かなかった事今更ながら後悔しております・・・」
『何をだ?』
「レン様、魔族から聞きましたがレン様は魔族ですか?」
『あぁ。我は魔族であり元の世界では魔王と呼ばれていた。それがなんだという?』
レンはノーヴァンの話が長くなりそうな事にイライラし始める。
不快感を露わにし魔力に怒りが乗せられ室内を満たす。
室内は雲よりも高い山の頂上にいるかの様に息苦しくなっていく。
「・・・やはりそうでしたか。レン様の普通は人間にとっての普通では無いのです。そしてゆな様も他の世界の人間です。恐らく私たちの普通も彼女にとっての普通では無いのです・・・」
『?』
「レン様はゆな様の事、当初好ましく思っていたから一緒に暮らしているのだと思っておりました。そしてゆな様もレン様の事を好いているから同居させたのだと思い、想い合っているのだと解釈しておりました。流石に初対面の男性を家がないからと言って自ら一緒に住まわせる等、よっぽどのお人好しか相手に気を許していなければあり得ませんから」
『・・・・・・』
騎士も侍っていた女達も居なくなり、静かになった血が散った部屋でノーヴァンは話を続ける。
「お人好しだったという事なんでしょうか?私にはゆなさんは少なからず、レン様の事を好いていたのではと思っています。」
『では何故我を裏切った』
室内にピリピリと痺れる様な殺気が張り詰める。
配下のノーヴァンですら奥歯を噛んで耐える程の殺気に口の端に血が滲む。
先程まで室内にいた女性達が居たなら全員息の根が止まっていただろう。
「裏切ってはいないのでは無いでしょうか?ーーゆな様がレン様から離れたのではなく、お二人の種族による価値観の違いで思い違いをしているだけなのでは無いでしょうか・・・?私も恥ずかしながら王妃の元にレン様をお連れした日、レン様はゆな様の事を愛している訳では無かったのだと思いました。あの時お二人に確認をしていればと今は後悔しております」
『何故そう思う?』
レンは椅子の肘掛けに軽く腰掛け腕を組んでノーヴァンに問う。ノーヴァンは唾を飲み込み答える。
「ーーこの世界の人間の常識になりますが、最愛の人がいて他に肉体的関係を持つ事は裏切りと捉えられるのが一般的です。貴族では子を成すために妾を持つ場合もありますが、それでも正妻に憎まれる対象になる事は多々ございます。ゆな様が去った後でライナス殿が、レン様はゆな様の事を恋人と言っていたのにとお聞きしました。ゆな様は貴族では無いので元の世界でもレン様の行動は浮気をしている様にしか見えなかったのではと・・・。」
確かに先程消しとばしたモノも番がいる場合は、他の雌と交わったら大喧嘩になるとか言っておったなとレンは思い出す。
しかし、今のレンにとっては全てどうでも良い。
今は自身の心臓にまとわりつく不快な気持ちを片付けたくてしょうがない。
『貴様らの世界の事など我には関係ない』
「ゆな様を追いかけるべきです!!」
『ーー五月蝿い』
「ーーう゛がはっ!!」
レンが手を横に振った瞬間ノーヴァンは壁に魔法によって叩きつけられた。壁は衝撃で崩れ口から血を溢す倒れ込んだノーヴァンに瓦礫がガラガラと落ちてくる。
『ふむ、ーーそうだな、貴様の言う通りアレを追いかけてやろうーー』
レンの口の端が歪に持ち上げられる。
「ーーお、おやめ下さい・・・れんさま・・・」
レンはノーヴァンを一瞥することも無く転移し姿を消した。
部屋に残ったのは立つことすら叶わないノーヴァンと血の匂いだけであった。
ノーヴァンはレンを止める事が出来ずそのまま気を失った。
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