第23話 考える者達・考えない者達










「え!?ゆなさん、テイル魔術団員の方と恋仲になってここ辞めて出て行ったんですか!?」




 ライナスが他の部署の庶務を行なって帰ってきた時には、ゆなは城を去った後だった。辞めた経緯をノーヴァンに聞き驚きで仕事のファイルを落としてしまう。出仕して知らされたノーヴァンは急いでバレンス魔術団総長の執務室に来たそうだが留守で、たまたま近くを通り掛かった自分と同じくゆなの護衛魔術師だったシュローを捕まえて話を聞いていた最中であった。



「驚いたよね。私はレン様とゆな様は恋仲だと思っていたから青天の霹靂だったよ」

「・・・悲しい・・・」


 ファイルを拾っていたライナスの手が一瞬止まる。


「え?レンさんとゆなさんは恋人同士でしたよ?別れてたんですか?」

「んん?それ誰が言っていたんだい?」

「私はレンさんの言葉分からないので本当かどうか知りませんが、レンさんが何かゆなさんに話した後ゆなさんがレンさんに恋人って言われたみたいな話してましたけど?」



 3人の間に重い沈黙がゆっくりと沈んでいく。



「もしかして・・・。いや、それなら・・・」

「どうかしたんですか?」

「具合・・・悪いの?」


 急に顔色の悪くなったノーヴァンをライナスとシュローが心配する。



「ーーーゆな様がレン様から離れたのは不味いかも知れない」



 ノーヴァンは足の裏がゾワゾワとする様な不安に駆られた。

ライナスとシュローは不穏な空気に顔を合わせ、お互い首を傾げつつもノーヴァンの言葉に平穏な日々の終わりを感じていた。






♢♢♢♢♢





 

 国王と騎士団総長、魔術団総長が以前レンとミュナについて話し合った時と同様に、豪華な部屋に集まり話し合っていた。



「うーむ、本当に出て行ったのか・・・。なんとも惜しかったな、『旧原始の魔術書』を解いた事で多くの国々が使者を送ってくる程の功績であったのだが」


 国王はミュナの離職証明書類を見ながらため息を吐いた。


「陛下、レン様の通訳出来る者が増えた今雇い続けるのは難しい事はご理解頂けませぬか?」

「分かっておるわ!!ーー王妃を筆頭にレンを囲う者達がゆなを傷付けようと動いておったのは知っておる」


 実はミュナの知らない所でレンの特別な人という印象が強いミュナに対して、王妃や王女・貴族令嬢達の嫉妬が渦巻いており帰る後をつけ狙わせていたりしたのだ。何かあったら大問題だと、表立ったノーヴァン達4人の護衛意外にも密かに護衛が付けられていた。

 レンがいない間に何度も暴漢がアパートや路地でミュナを襲おうとしていたが、未然に防ぐ事が出来ていた。しかし、このまま雇い続ければ護衛の綻びから危害が加えられるのは時間の問題であった。



「・・・そういえばレン殿はハーレムでも作る気なのでしょうか?」

「その辺りは私も聞いた事がない。ただ王女様まで・・・」



 最近王女以外の貴族の御令嬢もレンにはべり、その中で選ばれた者が夜伽を行っている話は城内で働いている者達の多くが知る事となり今は箝口令を敷いている。



「頭が痛くなる話だが、あれは王妃が後先考えず王女と婚約させると言った事が発端なのだ。魔王討伐の尊き犠牲だと思って捨ておけ。伽相手に選ばれた令嬢らも自らが粉を掛けに行った者達らしいではないか。貴族としての矜持が足りん者の事まで国が面倒見る必要もあるまい。貴族が何か申して来たら『貴族教育が不足した結果を受け止めよ』と返答しておけ。国民を守る事の方が優先だ。」



 普段は八方美人の国王でも夜会の一件は王妃と王女を許しておらず、はっきりと王としての道を示した。これには2人の総長も敬仰の念を覚えた。





♢♢♢♢♢♢





 美しい花々が咲き誇った庭園の有力な貴族令嬢が集まるお茶会では、人間離れした容姿で全ての者を魅了するレンに恋患っている令嬢達が楽しそうにお茶を飲んでいた。



「聞きまして?あの女やっと王都を出て行った様でしてよ?」

「聞きましたわっ!なんでもレン様に見捨てられたんですってね?いい気味ね!」


 お茶会用に仕立てた美しいドレスを着た御令嬢達は、目障りであったミュナがいなくなった事に心底喜んでいた。薄紫色のドレスを着た公爵家御令嬢はミュナに暴漢を何度も差し向けた1人である。その横に座ったオレンジ色のドレスを着た伯爵家御令嬢は暗殺依頼を出していた。他の水色のドレスを着た子爵家御令嬢や黄緑のドレスを着たもう1人の伯爵家御令嬢も城内や茶会でミュナの悪い噂を流していた。


 彼女らはレンの事を狂的な程に想いを募らせていた。

それ故に過激な行動を取る事すら正義だと信じ始めている。



「なんでも護衛魔術団員と駆け落ちしたんですって」

「あらあら、それならレン様が留守になさっている間に浮気なさったのねぇ?」

「私は面白いお話を聞きましてよ。あの女が最初にいた通訳官の部署のお話なんですけれど、あの女下着を身に付けず出仕してくる事が良くあったそうですわ」

「まぁっ!!それはもう以前から色んな殿方と関係を持っていたのでしょうね」

「阿婆擦れがレン様の寵愛を得ようだなんて烏滸がましいですわ〜」


 

「皆様にご報告がございますの。私、明日の伽に相手に選ばれましたの!」

「「「まぁっっ」」」


 オレンジ色のドレスを着た伯爵家御令嬢が伝えると全員が羨ましいと口にする。

貞淑を重んじる貴族令嬢らしからぬ発言であるにも関わらず、否定的な意見は一切出ない異様な雰囲気である。



「傷心のレン様をお慰め致しますわっ」



 伯爵家御令嬢は舞台の様に大袈裟な動きで自分の両腕で身体を抱きしめ、夢見る乙女の様に頬を染める。

そんな彼女に皆口々に賛辞と応援の言葉を贈る。1人特別なミュナはレンを愛する者達の中で絶対的悪であるが、一夜の伽の相手に選ばれるのは名誉ある事で行った者は名誉会員の様な立ち位置になり賛辞が贈られる。一方的で歪な愛が生まれていた。

 




♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎





 岩の様な魔王城の敷地内では閃光や轟音・金属音等で騒音が広がっている。

魔族同士で訓練を行っているからである。ノーヴァンに魔王が討たれた後、余計な事はしなければ残った者を見逃して貰える言われた為侵略など行わず敷地内で訓練を行なっている。ノーヴァンの主に仕える日を夢見て魔族全体の戦力増強を行っていた。

魔族達も前魔王よりも遥かに強大な力を持ったものがいる事に気付いており、大人しく訓練を受けている。会った事もないノーヴァンの主の事を魔族達は新たな魔王という位置付けをしていた。




『メセラダ、密偵から報告があった』

『何があっタ?』


 黒子の様な格好をしたベアルが訓練の指揮を行っていた片腕を失った邪竜メセラダの影から現れ報告する。メセラダは片腕を失った事により、以前の戦い方は武術や剣技が主であったのを魔術主力にシフトチェンジしていた。空気しか入っていない袖が訓練による風に煽られる。メセラダは訓練している魔族達から視線を動かさないまま返事をした。



『ノーヴァン様の主のつがい様が国を他の雄と出たそうです・・・』

『ーー何?つがい様は情報では眷属と言っていただろウ?』



 ノーヴァンとバレンスが去った後メセラダ達は彼らの主に従う事に決め、すぐにレンの事を密偵を使い調べ始めていた。ノーヴァン達の主の名がレンという名の魔族であることや、ゆながいて眷属である事も分かった。その内魔王城にも来て貰いたいと思い2人の寝所も作った。

 眷属であっても番とは限らないが、魔族の彼らには番としての契りを結んだ者同士は魔力の流れで分かるのである。魔族で番になった者は眷属とは違い死ぬまで添い遂げるのが基本だ。魔族は番を選ぶ時に魔力を相手に流した時に返ってくる自分の魔力の混ざり具合によって、自分との間に子を成せるかを知り可能な相手で有れば番として契る。

魔力が多ければ多いほど子を孕める相手は少ない。レンの魔力量を考えれば、この星ではもう2人目はいないだろう事は明白である。子を孕める者であると知ると本能的に求め唯一の存在になる。それを去っていく事を放置したのだ。魔族にとって異常と言える。



『何か原因でもあるのカ?』

『分かりませんが、あのお方は気付いていないのか又はそうでは無かったのか・・・』

『前者だった場合は大事になるゾ。ーー詳しく調べる必要があるナ』

『はい、密偵をつがい様に付け護衛も任せましたので今しばらくは問題ないかと』

『ノーヴァン様のお耳に入れるべきだろウ。任せて良いカ?』

『承知した』




 メセラダはレンが暴走した場合の対策を考えなければならないと、重いため息を吐いた。







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