第20話 良い性格の騎士ノーヴァン










 王女の元へ向かう途中レンはミュナの事を考えていた。



『(そろそろミュナは我の伽の相手で疲れて来ておるだろう。昨日も丸一日起き上がることすら出来んとは・・・。我とて夜会のノーヴァンを見て人間は弱いのだと学んだが、半分は眷属になっているミュナがあそこまでまだ弱いとは思っても見なかったな・・・。ミュナの為に数人程伽の者を用意しておくとしよう。きっとミュナも喜ぶであろう)』



 レンは魔族であり異世界の魔王だったので、根本的な物の見方が人間とは異なっている。

しかし、その事にレンもミュナも気付いていない。レンにとってはミュナに良い事をしているつもりなのだ。そして、まだレンが異世界のだという事をミュナ以外誰にも伝えて無かったので、種族が違う物の見方をしている事をここで働いている者は誰一人として気付くものはいなかった。

もし、2人以外に知っている者がいれば2人に価値観の違いを教えたかも知れないが、それは叶わなかった。



「レン様、こちらです。ーー第一騎士団所属、クリス・ノーヴァン。王妃様の命によりレン様をお連れした。王妃様に取り次ぎを願う」

「任務ご苦労であった。しばし待て」

「はっ!」


 騎士達が控える扉の前にノーヴァンが立つと、扉の前にいた2人の内1人の騎士がノックをしレンが来た事を伝えた。

中から扉が開くと侍女以外には王妃と何故か王女もいた。

通訳をするノーヴァンと共にレンが室内に入ると、2人は挨拶もそこそこにソファーに腰をかける様に促される。レンだけは王妃の隣に座る様に命令された。レンが座ると王女までもレンを挟む様に座る。これは流石のノーヴァンも一瞬表情が曇るがすぐにいつもの爽やかな笑みに戻した。



わたくしはカロンド王国王妃エリザベス・カロンドです。其方の名はなんと申す?」


 王妃がレンの真横に優雅に座り名を尋ねる。


「名前を聞かれております」

『なんだこのイカれた臭いをさせた女は。我の嗅覚を削いで毒でも盛る気か?・・・それともこの女は鼻が腐っておるのか?もしくは人間に上手く化けた死霊か?国を治めているのはてっきり人間だと思っておったが、まさか既に魔物の支配下にあったとは・・・。そういえば、この死霊が我の名前を聞いたのだったか?そういうつまらぬ質問はお前が答えろ。我をこの死霊如きで煩わせるな』


 気合を入れて化粧をし香水をぶちまけて来た王妃の印象は塵以下である。

紅茶の香りをあっという間に打ち消す悪臭はレンに真面目な疑いを掛けられる程だ。

ノーヴァンは「私もそう思います」と言いながら相槌を打ち、王妃に返答する。



「彼はレンと申します」

「随分と長く喋っておらんかったか?」

「王妃様にお目通りをさせて頂いた感謝と緊張すると言った様な話で御座います」

「そうよ、お母様!平民なんだからお母様のお部屋より私のお部屋の方が緊張しなかった筈よ!!お母様がどうしても自分のお部屋に呼ぶって言うんですもの!私はマーリィよ。レンは私のものになったのだからこれから毎日私の元に訪れなさい!!」


 王女はレンの腕に自身の腕を絡めて身体を擦り付ける。

ノーヴァンの貼り付けた爽やかな笑みに冷気が漂う。

今の発言をなんと伝えれば良いのか考えを巡らせる。



『どうしたノーヴァン?何やらミュナがたまにする顔をしておるぞ。面倒な奴という事か?』

「・・・その通りです。王女様のお部屋にお呼びした方がレン様が緊張しなかったのではと、王女様がお気遣いしてくださっています。レン様は王女様の・・・婚約者となられるので毎日王女様の元へ伺う様にとの事です」


 ノーヴァンはミュナがほとんど端折って、通訳する意味がなんとなく分かって来た。細かく伝える必要のない事が多い上にレンにくだらない事を耳に入れる価値が無いからだ。



『おい、何故我がこの雌と番わねばならん。ふざけているのか?指で額を弾いて不要な頭を消し飛ばして欲しいのか?』

「・・・何故王女と婚約しないといけないのか聞いております」

「その仰り様ーーーまさか王女と婚約したく無いと聞こえましてよ?」

「ーーー実際そうなのですが?」


 ノーヴァンは忖度通訳を打ち切った。



「なっっ!?この無礼者めが!!此奴を牢に放り込め!!」


 王妃の命令で動き出そうとした騎士をノーヴァンは威圧して押し留める。


「ーーーへぇ?宜しいのですか?」

「・・・何が仰りたいのかしら?」


 ノーヴァンは臆する事なく王妃に向かって薄笑いを浮かべ、その薄笑いに周囲は怯む。


「私が魔王を倒したのですよ?その者を牢に入れるなど他国に知られれば、どの様な非難を受けるか想像するだけで私は胸が高鳴りますね♪」


「ノーヴァンっ!!騎士が王族を脅すつもりか!?」


 騎士が声を荒げるもののノーヴァンは全く気にしない。


「皆を悩ませていた魔王を討ち取った事に比べれば、王族に手を掛けたとしても他国にとっては些細な事ですよ。寧ろそういう行動に移させた我が国の王族はどれだけ私に酷い事を行おうとしたのか憶測を立てるでしょうね。それに魔族は魔王以外倒していないですから、私がいないと知れば魔族が魔王を討たれた報復に乗り出すかも知れませんね?実に愉快ではありませんか!!」


『お前はやはり良い性格をしておる』


 レンは楽しそうに口の端をあげる。

確かに王族に手を掛けたとしても他国は気にしない上に、その国が大切に扱ってくれないならうちの国に来る?とこぞって手を差し出すだろう。万が一また魔王や魔族が牙を剥いてきてもノーヴァンがいれば安心出来るのだから、高待遇で向かい入れられるのは間違いない。

しかも『余計な事はするな』と脅しておいた魔族が報復に来るとは考えにくい。魔族はノーヴァンの背後にもっと強い存在がいる事を知っているからである。その事を隠した上で王妃を脅す材料に使った。ミュナがここにいたら「ノーヴァンさんはレンの配下になってどんどん性格悪くなって行ってるよね」と言う事だろう。

ノーヴァンは見かけの爽やかさと内面の黒々とした性格で凄まじいギャップを生み出している。



「お、お母様っ・・・」



 王女は部屋内の震える様な冷たい空気に恐怖に駆られ王妃に縋る様な声を掛ける。



「わっ分かりました。・・・この場の王族に対する不敬は咎めないで置きましょう。ですが、レン貴方が王女の婚約者になるのは命令ですわ!!」


「その売女はレン様の婚約者になるのは命令との事ですよ」

「ーーなっっ!?ば、売女!?私が売女ですって!?」


 ーーーーガンッッッ!!ガラガラ・・・



「「「っっっっ!?!?」」」


『ーーー此奴らは誰に命令していると言っていると?』


 レンは目の前にあった石造りのテーブルを片手で殴り粉砕した。レンがテーブルを殴った瞬間衝撃波で王妃の部屋にあった家具も窓ガラスも全て壊れ一瞬で廃墟の様な有り様になった。王妃や王女、騎士やメイド達も含め衝撃波で泡を吹いて気絶している。


 レンが魔法で水を出し全員に水を滝の様に叩きつけ起こす。


「ーーげほっ、がほっ・・・」

「・・・い゛いまっ、今のはっ・・・」


『ノーヴァン、この売女に番にはならんが我の夜伽には使ってやると伝えろ』


「ーーえ・・・?」

『ん?どうした?ノーヴァン』

「い、いえ・・・。マーリィ王女、レン様が婚約はしないが夜伽相手にはして下さるそうです。おめでとうございます」


「なっっ!?何故王族の血を引く高貴な私が平民の愛人の様な真似をっーーーひぃっ!!」


 レンが目の前で異空間魔法を展開して室内の瓦礫を回収していく。強い吸引力によって気を抜けば吸い込まれそうである。室内にいる者達は皆主導権はレンだと思い知る。



「ま、マーリィ、良かったわね・・・?好きな人に可愛がって貰いなさいっ!!ね!?」

「おっお、お母様っ!?」



 国の為にーーー自分の命の為に王妃は王女を見捨てた。



「レン様快諾頂けたようですよ」

『うむ。ノーヴァン、ミュナに「今晩はアパートには戻らない」と伝えておけ』

「ーーはっ。承知いたしました」



 話が終わりノーヴァンだけが退室した。



「(レン様はゆな様の事お好きなのだとばかり思っていましたが、どうやらそうでは無いのですね・・・。そう言えばレン様はゆな様について親しい人と言及されたことが無かった様な気がするな)」



 ライナスにはレンが恋人になったとミュナは伝えたが、他の人間は聞いたことが無かった。ライナスも日々庶務で忙しく、ほとんど執務室にいない為にそんな話をする事も無い。




 恋人がいるにも関わらず、身体だけの関係の女性を堂々と探しているとは流石に思わなかった。ノーヴァンも貴族なので娼婦以外に手を出す事は考えに無かった。貴族令嬢に手を出す=厳罰又はその者を娶るというのが常識だったからだ。それに加え、手を出された貴族令嬢が生きていく道はごくわずかしか無い。



ノーヴァンはレンとミュナの関係は配下であり同棲しているだけの間柄なんだと帰結した。







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