第19話 もう1人の護衛魔術団員







 その日はお城中が蜂の巣を突いた様な大騒ぎだった。

原因はレンと約束をしっかりと果たし、ノーヴァンとバレンス総長が持って帰った魔王の首であった。

他の国にもそれが知らされると全ての国々で上へ下への大騒ぎになった。



 しかしレン達がいるバレンス総長の執務室だけはいつも通り・・・ではなく別のことで騒ぎが起こっていた。




「え!?レンを王妃の護衛にする話本気だったんですか!?」




 休み明けの魔術団総長の執務室でレンとミュナは総長から伝達を聞く。

レンは夜会の後から元の姿でいる。そしてまだツノや翼を生やした姿を誰も見ていないので魔王という事をミュナ以外はまだ気付いていない。バレンス総長は薄々勘づいてはいるが特に誰かに知らせる事もなく過ごしている。



 ミュナはもう一つの王女の婚約者の事も聞きたかったが躊躇ってしまい聞けなかった。

もしレンがどこかの貴族の養子になりレンの力を得たノーヴァンの魔族を倒した功績が、レンも含めて認められでもしたら王女が嫁ぐ事の可能な爵位にする事位出来るのではないかと危惧している。

レンはこの国・・・星を支配できる程の力を持っている。

出会った頃は同じ境遇だと思い親しくしていたけれど、ここまで立場が違うと流石にミュナも距離を感じ始めていた。




「本気らしいぞ。今朝方異動通達が来ておったのだ。・・・しかし、王妃はしっかり調べもせず・・・。周りの者も女王に振り回され過ぎて注意が疎かになっているのかも知れんな。全く、勤めているのはゆな嬢だけというに・・・。第一言葉が一切通じない者を側に置くとは護衛を飾りか何かだと勘違いしているのか?大方本来のレン様の見目に堕ちたのだろう。王妃ともあろうお方が情けない」



 バレンス総長はため息を溢しながらお茶を飲みながら話す。



『何故我の利のない事をせねばならん。その様な王族など消した所で国民は喜ぶであろう?』

「私も消していい気がするのだがなぁ・・・。共和国に替えるにしてもいきなりは混乱しか招かないから、遅かれ早かれ滅ぶぞ?」

「・・・ここの防音大丈夫ですか?」

「心配ない。私はレン様の配下となった今では防音魔法は息する様なものだ」



 レンの配下になる前のバレンス総長は魔法の技術は長けていたが、有能な魔法は魔力消費量が大きくこの国が誇る魔術団総長ですら防音魔法維持する事は難しかった。

しかし、レンの配下になってからは魔力量が増大になり大抵の魔法は常時発動している事が容易になったのだ。



「レン様には申し訳ないのですが、私も貴族の端くれですから関係ない私からお断りは出来かねますのでレン様が直接お断りをして頂きたいのです。」

『ふむ・・・。面倒だがそろそろ立場という者を解らせねばなるまい』

「助かります。では、早速ノーヴァンに案内させましょう。レン様お願いします」

「ーーえ?私ついて行かなくて良いんですか?」



 自分も行くものだと勝手に思っていたミュナは、レンだけを促した総長の手を見て一瞬狼狽えた。



「ゆな嬢は王妃様のいらっしゃる場所を知らぬだろう?それにお二人だけで向かわせる訳には規則で出来んのだよ。その点は騎士のノーヴァンを向かわせれば通訳も出来るのでな。付き添いは一人で済む上にゆな嬢を王妃等に合わせ無くて良いからな」

「・・・確かにそうですね。会ったらどんな嫌味を言われるか分かりませんしね!!」



 室内にノーヴァンを呼びレンは王妃のいる場所へ向かった。

執務室に残ったミュナは残りの翻訳を進めるために隣の作業室へ入り作業を始めた。

翻訳しながらミュナは心の奥底に沈澱したものを掬い上げる。

掬い上げたと同時に沈澱していたものが巻き上がり、その沈澱していたもので澱んでいく。






「(・・・・・・私ってもうレンに必要無くない・・・?)」






 気付けばお昼休みに入っていた。

結局レンは午前中に行ったっきり戻ってくる事はなかった。

ノーヴァンがお昼休みの前に一人で戻ってきたので理由を聞いたら詳しい話は濁され、今日は「アパートには戻らない」というレンからの伝言を聞かされた。

それを聞いてから不安に駆られたミュナを魔術団の護衛ヨハン・テイルが、購買で購入した私の分のパンサンドも持ってくれ中庭まで付き添ってくれる。ヨハンは魔術師なので片手が塞がっていても問題はない。

ヨハンはシュローと性格が全く違い、静かに控え水の波紋の様な神経を張り巡らせ護衛をする人だ。見た目は幼い時に魔法の失敗によって変色してしまったという胸の辺りまである水色の髪が特徴的で、性格は理想の優しいお兄さんといった風である。口数は少ないが質問には優しく答えてくれるので、ミュナは癒しの存在として頼りにしている。



「・・・ゆなさん?今日は何かあったのですか?」


 ベンチに座るとその横にヨハンが座り、いつもは率先して話しかけたりしないヨハンに話しかけられた。

最近色々ありすぎて精神的に疲れていたミュナはヨハンに相談する事にした。



「なんか私の存在意義がよく解らなくなってきて・・・。私もうここ辞めて田舎に引っ越そうかなって」

「ーーー行く当ては有るのですか?」


「・・・・・・。無い・・・です。でも、最近よく解らないんです・・・私を必要としてくれている人も居ないですし、私自身もなんでここに居るんだろうかって」


「レンさんとうまく行っていないのですか?」


「・・・元々レンにとって私は通訳と肉欲を満たす為だけの存在なんで」

「そう彼が言っていたのですか?」


 ミュナは小さく首を横に振った。


「私がこの土地で知り合いも何も居ない時に会ったんです。彼の事情知っていると思いますけど、レンも知り合いも何も分からない状態でここに来てしまいたまたま会った私を利用しただけなんです。私の意見なんて聞かずに、強引になんでも決めてしまって・・・境遇が似ていた事もあって段々一緒にいるのが当たり前になってただけなんです」


 今日は全然食欲も湧かない。

ミュナは手に持ったパンサンドは飾りの様にそのままの形を維持している。


「嫌いになったのですか?」


「・・・そういう訳では無いんですけど、だからと言って愛しているとかでも無いですし。彼もそうだと思いますよ?好きとか言われた事ないですし。私を自分の物としている様な発言は多々ありますけど・・・それに好きだったら他の男性に私の裸見せたりしますか?それは私がどうでも良いからですよ」



 ミュナにとってはレンの存在は居て当たり前の存在であったが、レンにとっては通訳さえ出来る人間が見つかればいつでも捨てられる存在なのだと今日思い知った。ミュナにとってレンは愛しているまでは行かないけれど、側にいると安心出来る存在である事は間違いなかった。



「ーーえ!?裸ですか?」

「あれ?ヨハンさんはまだレンに私の服が透けて見える魔法掛けられてないんでしたっけ?」

「はい、その様な事は無かったと思いますが・・・。護衛は全員掛けられたのですか?」


「・・・そうみたいですね。ヨハンさんが付き合っている彼女を他の男性の前で裸に出来ますか?」

「私は・・・その、今は付き合っている女性は居ないのですが・・・自分以外には見せたくないですね。それに不埒な目で見られるのも許せません。・・・しかしそういう嗜好の人間もいるとは聞いたことがありますから、彼がゆなさんの事を愛している可能性もあるのでは?」



 自分の女性に対する考えをミュナに話す事に抵抗があった為、ヨハンは話の前半では羞恥でミュナの目を見て話すことが出来ず少し顔を逸らして話す耳は紅く染まっていた。



「ヨハンさんは優しいですね・・・。でも、私がヨハンさんと付き合うと言った所で気にしないと思います・・・。お互いの利でなんとなく一緒にいるだけのそんな関係なんですよ、私たち。」



「では、試しにレンさんに言ってみたら如何ですか?勿論言い出したのは私ですから、私と付き合うと言って頂いて大丈夫ですよ」

「良いって言ったらどうするんですか?余計惨めですよ」



「そしたら私と正式にお付き合い致しましょう。もしここにいるのがお辛いのでしたら、私の故郷で一緒に暮らしませんか?ーーお嫌ですか?」


「ふぁっっ!?嫌ではないですけど、ヨハンさんの方が迷惑になりませんか?」

「ふふっ。ゆなさんといると癒さされますから、お付き合いするとなったら理由なくお会いできますので私は嬉しいですよ」

「ヨハンさんに甘えて言ってみようかな?ちゃんと骨は拾ってくださいね!?」

「大丈夫ですよ。骨でなく、しっかりゆなさんを骨になる前に拾い上げますから」



 ヨハンの静かな優しい笑みにあやふやな関係を終わらせる決心がやっとでついた。








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