第17話 貴族達の謀









 国王以下王族達が入場し壇上に並び立ち国王が挨拶をする。招待客は全員貴族の礼を行う。先程まで騒いでいた元同僚も慌てて礼を行っていた。



「皆の者楽にして構わぬ。今宵は、夜会を楽しむと良い」


 簡潔な挨拶で夜会は始まった。壇上の王族達は豪華な作りの椅子に腰をかけ、貴族からの挨拶を受けている。その王族の内の2人がコソコソと扇を広げて話をしている。その視線が時折ミュナ達の方を向いているのは恐らく気のせいでは無い。



 しかしミュナ達は平民なのでいくら招待状を貰っていても、一切関わりがないので挨拶に行く事は無い。相手が仕掛けて来たりするまで、特にやる事もないミュナとレンはグラスを傾けながら夜会の様子を眺める。元同僚はいつの間にか2人の前から居なくなっており、元同僚はレンに消される事は運良く免れたのだった。


「レンすぐ戻るからここにいてね?」

『尿意か?』

「それ普通、女性に聞くかな!?」


 ミュナはレンの言葉がみんなに聞こえない事に感謝しながら会場を出て行った。








♢♢♢♢♢♢






 今まで見た事ない見目麗しく逞しいレンの姿に女狐通訳官の事を打ち忘れ王女は釘付けになっていた。興奮し貴族の挨拶は王太子と国王に任せっきりで王妃に耳打ちをする。



「......お母様っ!見てくださいましっ!!あの者、素敵ではありません事?......」

「......まぁっ!本当に素敵ね!あの者の腕に抱かれ・・・いえ、なんでも無いわ。あの者に惚れたの?......」

「......はいっ!お母様あの者と婚姻させて下さいませっ!!」

「......仕方ないわね(あの者が娘の夫となれば私の側に引き立ていつでも会う事が出来るわね。隣国の王妃に見せつけたいわ・・・さぞや羨ましがるでしょうねぇ・・・ふふ)」


 王妃は自身の欲望の為にほくそ笑む。ちなみに王女は15歳で今は婚約者はいない。見た目は可愛くあどけない天使といった見た目だが、わがままで癇癪持ちな性格ゆえに隣国の第4王子との婚約も流れている。見た目を打ち消す程の性格の上、勉強が嫌いなので他国の王族と会話もまともに出来ないのである。第4王子曰く「3回会ったら縁を断ちたくなる人間」だという。王妃の性格もこの王女の母親だなという様な性格である。


「ではあの者が挨拶に参ったら少し声を掛けねばなりませんね」

「はいっお願い致します!!」


 胸が高鳴り頬を紅く染め王女の視界はレンしか見えていない。しかし貴族の顔は上位の者しか覚えていない不勉強の2人は貴族であるか否か、何故これ程の美丈夫を今まで見た事が無かったのか噂にもならなかったのかを考えてはいなかった。




 いつまで経っても美丈夫は挨拶に来る様子はない。だんだんと王妃と王女は焦れ近くにいた側支えを苛つきを隠さず呼んだ。


「あそこの壁際に立っている銀髪の男は何故挨拶に来ない!?」

「王族を侮っているのでは無くて?早く連れてきなさい」



 側支えの厳しそうな女性はちらりと2人が言う対象人物を見やった。

心の中で側支えは大きなため息を吐く。



「あの者はこちらには呼ぶ事は出来かねます。平民を王族の挨拶の為に呼ぶなど醜聞で御座います」

「え?あの者が平民!?嘘でしょう!?」

「何故平民がこの夜会に紛れているの、許される事では無くてよ!早く地下牢に入れなさい!」



 下心満載の王妃が地下牢に入れろと言い出し、側支えのこめかみに青筋が浮かぶ。



「・・・あの者は王妃様が御招待なされた魔術団所属の通訳官のパートナーに御座います」



 側支えは「自分で呼んでおいて何を抜かしていらっしゃるのかしら?頭に蛆でも湧いているのかしら・・・」と不敬な事を思いながら胡乱げな目で淡々と答える。



「そ、そうだったわね!!ではその招待した通訳官はどこにいるのかしら?」


 貴族の顔を覚えていないのを隠す様に本来の目的であるミュナの事を探し始めた。

あからさまに覚えていない事をここで言ってしまえば側支えは女官長に直ぐに報告に行き、明日から勉強漬けにされる事が明白である。



「今はいらっしゃらない様ですね。席を外しているのでしょう」




 側支えは異動願いをいい加減出そうと今日の夜会で決めた。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎






「(意外とお城のトイレって不便だよね。まさかここまで遠いとは・・・。デパートとか結構色んな所にあるから、その気分のままだと危ないかもねーさぁ、レンが問題起こす前に戻らないと!!)」



 ミュナはきた道を戻ろうと長い廊下を進んでいると渡り廊下の柱の影から人が出てきた。



「おい!久しぶりだな。まさか見違える程綺麗になってんだから驚いたぜ」

「(うわっ、トイレの帰りで待ってるとか・・・無いわー)」

「こっち来いっ!」

「えっ!?ちょっとっっ!!!」



 現れたのは貴族のめんどくさい元同僚だった。

ミュナはそのまま無視して行こうとしたが、いきなり口を手で塞がれ庭園の花々の影に押し倒され馬乗りに覆い被さってきた。男の口からは荒い息と共にアルコールの匂いが漂ってくる。夜会で大量のお酒を既に飲んだ様だ。



「ーーん゛ぐっっ!!!ん゛ーーーーっっっっっ!!!!」


 ジタバタと手足を動かし逃げようともがく。片手は口を塞ぐのに使っているが空いた片手がミュナの身体を這い回り、身体が震え生理的な拒否反応を示す。



「大人しくしろっっ!!」


 男がミュナを殴ろうと拳を振り上げたが、それは振り下ろされることは無かった。



 ーーカチャッ・・・



 男の首元に冷たい物が当てられる。

首に当てられていたのは星さえも映り込む手入れを一切怠っていない剣だ。



「ーーそれはこちらの台詞ですよ。ゆな様に無体を働いたのですから、無事に帰れるとはまさか思っていませんよね?」



 剣を男の首に当てていたのはミュナの護衛のノーヴァンだった。

ノーヴァンは薄ら寒い笑顔を男に向けている。男は全くブレることのない剣の刃に指一本も動かせず、顔は真っ青で歯がカタカタと音を立てている。



 ーーードスッッッ!!!



 膠着状態だった2人だったが、ノーヴァンが横腹を勢いよく蹴飛ばし解かれる。

レンの配下となったノーヴァンの尋常ではない力で蹴られた男は、先にある渡り廊下の入り口がある建物にぶつかって痙攣を起こしている。


「(なんか蹴った瞬間何か折れる音したけど・・・骨折れたよね・・・)」


 服の乱れを整えた後、近寄ってみると血塗れだが息はあるようだった。

ミュナは自分でどうにかするだろうと放置して、ノーヴァンにエスコートされ会場に戻る事にした。

自分に危害を加えようとした人間に配慮する優しさは持ち合わせていない。



「ノーヴァンさんもっと早く助けてくれても良くないですか!?気付いてたんじゃないですか!?」

「はい。勿論気が付いていましたし、何より一部始終見ておりましたよ。しかし、ゆな様のあられもない姿を見てみたいのも男の性というものでして・・・。またとない機会でしたので、レン様に叱られない範囲でなら良いかと粘ってみました」



 清々しい笑顔でクズ発言をかましてきたノーヴァン。

この人も言っても無駄な人種なんだなとため息を吐いた。




 会場に戻ると、レンを見つけるのは簡単だった。

言葉が通じないので話したいのに話せずヤキモキしている御婦人や御令嬢が空間を空け円状に囲っていたからだ。

完全無視を決め込んでいるレンだが、少しでも気に食わなかったら何かやらかしそうな雰囲気をミュナは感じ心配になる。



「ゆな様、王族方々の表情が面白い事になってますね」



 まだ側にいたノーヴァンが呟いた事が気になり、ミュナは王族のいる壇上に目を向ける。

国王はレンの方に視線を送り、顔を青くさせたり王妃を見て赤くしたりと忙しい。側には先程まで居なかった騎士団総長がいるので、顔を見た事なかった国王が召喚されたレンがいる事を初めて知ったのだろう。

そして、王太子は国王の焦りに訝しげな表情を浮かべ王妃と王女はレンの事を頬を赤く染め見入っている。



「混沌ですね・・・」

「はいっ。王族方があの様に感情を表に出すとは、皆様の記憶に残る夜会になりますね」



 とても楽しそうなノーヴァンに「楽しんでいる様で何よりです」と感情なく返事した後、ノーヴァンと別れレンの元に向かって歩き出す。

すると、人影から人が飛び出しぶつかってきて何かがドレスに掛かった。

振り返ると最初煩く騒いでいた元同僚の蔑んだ目をこちらに向けている女がいた。

1人になるタイミングを狙ったのだ。



「あら?ごめん遊ばせ?折角のドレスが汚れてしまって申し訳なかったわね?でも貴方でしょ?そんな豪華なドレスどうやって手に入れたのかしら?噂だと貴女、男と関係を持った見返りに贈り物を貰っているんでしょ?貴女みたいな平民がお城で働けるなんてよっぽど偉い方にお願いしたのかしら?私の分も是非お願いしたいわ〜」


 周辺に聞こえる大きい声で詰ってきた。周囲の貴族たちも平民のミュナの噂を知っている者が多く、ここぞとばかりに聞き耳を立てている。

実際にはミュナが魔術団に行きたいと言ったわけでは無いし、元いたお城の通訳官の職場も以前の職場で功績を残せた為にお城の通訳官として推薦して貰った。元同僚の話に事実は一つも無い。



「(めんどくさいなぁ・・・。帰りたくなってきたなぁ・・・。今後一切夜会とかボイコットしよう・・・。働かなくてもレンは良いって言ってたし仕事辞めようかな・・・)」



 言い返すのも面倒でどうしようかと考えあぐねていると、国王の側に控えていた騎士団総長が血相を変え壇上からミュナの元に駆けつけた。国王も随分と顔色が悪く今にも倒れそうだ。



「王家主催の夜会で問題を起こす者がいるとは・・・。我らと来ていただけますね?」


眉間に皺を寄せた総長は元同僚の女をみる目は一切笑っていない。周囲は流石に温度が下がった事を感じ取り発言などせず引いて行く。


「なっ!!何故ですの!?私は皆様が思っている事を口にしただけですわ!!何故私が連れて行かれなければなりませんの!?連れて行くなら不正な手で働いているこの女でしょっ!?」



「不正な手と言うのでしたら貴女の事ですよね?家の力を借りて通訳官の仕事受かりましたよね?そうそう、貴女の試験での答案用紙入手しましたが凄いですね〜。あの様な点数を貴族でありながら出せるのですから。恥の概念が無いのでしょうね」



 いつの間にか総長の隣にいたノーヴァンが、答案用紙と思われる紙を持ってヒラヒラと動かしている。その事に気がついた女は驚愕の表情を紙に向けていたが周囲に点数が見えた様で「23点って・・・」「勉強せずとも取れる点では無いか・・・」「あの方のお家って優秀な方を輩出する事で有名でしたけど・・・」と様々な声が聞こえ始める。

女は恥ずかしさで顔を真っ赤にした後は、自分の置かれている状況を思い出し顔を青くさせた。

素直に騎士団総長に従っていれば、余計な恥まで晒さずに済んだのだが後の祭りである。




「分かったならこれ以上見苦しい真似はしないで頂きたい。ーー連れて行け」



 総長が命令をすると、すぐに騎士数名が女を会場の外に連れ出した。



 問題が収束したと思ったのも束の間、今度は別の人物が問題を起こす。






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