第16話 夜会








王都近辺上空にいる大きな蝙蝠の様な翼の生やした美青年じゃりゅうと、空を駆ける黒い馬に跨った騎士が見下ろす。



『そろそろ着いたか?』

『魔王城から連絡がありました。どうやら今日は城で宴が模様されているらしいですネ』

『ーー最高の宴にしてやろう』



2体の魔族が一国を滅ぼす為に王城に向かう。




♢♢♢♢♢♢♢






「お母様!今日は楽しみですわね!!」

「えぇ、陛下をたらし込んだ女狐に目に物を見せてくれるわ」


 王妃と王女は王族の控室で今か今かと夜会が始まるのを待ち侘びている。国王は執務が終わってから来るのでここには居ない。



「・・・母上達はまさか陛下が関わるなと仰られていた、通訳官と関わったのではありませんよね?」


 同じく控室にいる王太子が訝しげな視線を向ける。


「ーー別に直接は関わっていないわっ!!デュオルお兄様」

「えぇそうよ。せっかくだから夜会にお誘いしただけよ?」


「はぁ・・・あの噂は所詮まだ噂の域を出ないのですよ?それを信じて行動して2人が間違っていた場合、責任は陛下になるのですよ?それにその通訳官の周囲の話は奇妙な噂も多く、その通訳官が何者なのか私の影でも分からなかったんですから余計な事はくれぐれもしないで下さいね?」



 王太子が使える影は隠密行動以外にも命令によって、色々な事を行い時には暗殺も行う人間だ。



「デュオルお兄様も仰っていたではないですか!!平民で仕事が出来るわけでもないのに魔術団に再雇用されたのは身体で上役をたらし込んで雇用されたんだって!!」

「ーーーその性格直さないと痛い目に遭うぞ。私が言ったのは地方から取り立てられて来たが何故か解雇された事と同日に不自然に魔術団に再雇用された事、その事で下の者達が身体を使って就いたのではと良からぬ噂が広まっている事を言ったまでだ」

「うっ!!・・・確かにその様な事を言っていた気がいたしますが・・・し、しかしっ!!怪しい人物が城で働いている事には変わりませんわ!!今日はしっかり見定めてやりますわ!!」

「えぇそうよ!!よく言ったわ!!この城も国王も私達が守らねばなりませんっ!!」


「ーーここでの話は聞かなかった事にしておきます」



 この2人には何を言っても響かないと思い、叱責しない国王共々痛い目に遭えば良いと放置する事にした。


 デュオル王太子は通訳官のゆなとその近くにいる男レンを注視しており、国王が関わるなと言ったのは他国の者で何らかの協力関係にあるのでは無いかと睨んでいる。それ故に通訳官の職場から仕事を円滑にする為に魔術団に移ったのでは無いかと考えに至った。



「(・・・父上は何を隠しているのか・・・)」



 王妃と王女は国王が来るまで楽しそうに貶める算段を企てていた。





♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎





 だいぶん招待客の集まった会場内、1人の女が知り合いの男を見つけて声をかけた。



「ご機嫌よう、あの女今日の夜会に呼ばれたみたいよ?」

「平民がか?」

「なんでも上の方から招待されて断る事も出来なかったみたいね」

「まっ、ドレスはどっかの男に貢がせるんだろうな」

「そうだと思うけど、どうせパートナーはどこかで適当に用意した男でしょうからアンタが庭にでも誘い出して相手してあげなさいよ」

「平民だから俺とヤったのが見られたからって、大して困る事もないだろうしな。むしろ貴族の俺に手篭めにされた事に感謝して泣いて喜ぶかも知れねーな」

「それはそうでしょ。平民が貴族に相手にされるなんか高級娼館にでも勤めないと難しいもの。記憶に残る様に可愛がってあげなさいよ。成功したら報酬をあげるわ」

「賭け事で金が無かったんだよ。助かるぜ」




 ミュナの元同僚の女は男に「じゃあね」と告げ自分のパートナーの所へ戻って行った。賭博場に長い間出入りしている為に平民の様な粗雑な言葉使いになり、貴族の夜会には相応しく無い男のパートナーは会場に着くまでの飾りだった為男は酒の入ったグラスを取りに向かった。




♢♢♢♢♢♢♢






 ーーガタガタ・・・


 魔術団総長から借りた馬車の中、女は黙り込んでいる。いつもは男に対して口数が多いが今日はほとんど喋っていない。その女の隣には軍人の様に鍛えられたしっかりした身体がコートを羽織っていても分かる程の身体で長身、銀髪の恐ろしい程見目の良い男が座っている。目は本当は赤いのだが流石に紅茶色程度に抑え、本来の床に届きそうな程長い銀髪も腰までの長さに調整し肩口付近で結っている。



『やはり馬車は乗り心地が悪いな・・・。ミュナ、口数が少ないが具合が悪いのでは無いのか?辛いなら魔法で移動するが?』


レンはミュナの肩に手を回し抱き寄せ顔を覗き込む。


「ひぃぃぃぃぃっっっっっっっ!!!イケメン過ぎて無理ィィィィィィィィ!!」

『ん?イケメンとはなんだ?』

「ひぃぃぃっっ!!耳元で囁かないでっっ!!イケメンは私の国の言葉で顔が良いって事ですっ!!こんなに顔が良いって聞いてないっっっ!!」

『ミュナには顔が良く見えているのならば安心だ。ミュナはあの平均顔の我を受け入れていたからあの顔がミュナの世界ではイケメンというやつなのかと思っておったぞ?』

「あれはあれで安心出来る顔なんです!!」

『安心・・・そうか!!何か違うと思っておったが、今までのは熟年夫婦の生活というやつだったのだな!!恋人というものは時には心臓がひしゃげる程に苦しく、時には人間の心臓の様に甘露だと聞いた事があるぞ!!順番が逆の様な気もするが良かろう』

「誰情報ですか!?なんで全部心臓が酷い事になっている例えなんですか!!」


『ミュナ、よぅやっとの事我を見て喋ってくれたな?』


 目を細めミュナの頬を優しく撫でるレンに、ミュナのドレスから出ている肌全てが一気に紅く染まる。


「・・・イケメンすぎてむりぃ・・・」


 意識を失ってしまったのでレンに大事に抱き抱えられ、介抱されながら馬車は夜会会場へと向かった。







 馬車は夜会会場へと着くとレンはミュナを起こした。


『ミュナ、起きぬならこのまま抱き上げて夜会に行くぞ?』

「んん・・・朝ぁ?まだ暗いのになんで起こすの・・・」

『夜会だ』

「やっ夜会!?ーーそうだ夜会っっっ!!遅刻!?」

『大丈夫だ、まだ始まってもおらん』

「良かった・・・」

『では参るぞ、ミュナ』

「よろしくお願いします!!」


 もうどうにでもなれと先に馬車を降りて手を差し出したレンの手に、ミュナは手を乗せ馬車から降りた。




レンにエスコートされて会場内に入る。魔王でも人間の世界のエスコートができる事にミュナは感動していた。会場に入るや否やレンはその異常なまでの見目の良さに、煌びやかな会場よりも多くの貴族の注目を浴びてしまっている。ミュナもレンの魔法で美しい装いになっており、中位の貴族と比べても引けを取らない位洗練された容姿だ。装飾品にレンの元の目の色と同じ真っ赤な宝石の付いたネックレスが装いを引き立てる。貴族では無いので挨拶する人もいないミュナはレンと共に飲み物を給仕から受け取り壁際に移動する。



「あの、お初にお目にかかります。私アイゥー侯爵家の次女で・・・」「私の屋敷にご招待・・・」「今度子爵家主催の・・・」ひっきりなしにレンに声を掛けてくる。レンは完全無視しめんどくさくなると『虫が煩わしいな』と言葉が通じない事を分からせ去らせる。


 だが1人去らない女がいた。



「ちょっとアンタがなんでこんな良い男連れているのよ!!売女の癖に!!」


 ミュナに食ってかかってきたのはミュナの前職場で楽しんでミュナを虐めていた貴族の女だった。ミュナを鋭く睨みつけ戸惑うミュナに尚も暴言を浴びせる。ミュナは王家主催の夜会で問題起こして大丈夫なのか?この人は・・・と困惑し、レンは「なんだコレは?」と見た事ない虫を観察する様な目で見ている。


「言葉が通じないから騙して連れてきたんでしょ?そのドレスもその男も身体で手に入れたものでしょ!!貴族の真似事?図々しい。その男を置いて早く荒屋に帰りなさいよ!そうしたら見逃してあげるわ」



 元同僚は貴族の婦女子とは思えない声の大きさと物言い。彼女は品行不良の溜まり場の様な職場に長くいる為に、品位のカケラも無くなりつつある。


 ミュナは周りの貴族達は元同僚の言葉遣いと態度等に不快とばかりに顔を顰めているのだが、どうも元同僚は周りの視線を感じていないらしく暴言は止まらない。何を言っているのかは分からないが態度が気に食わなかったのでレンがそろそろ消そうかと思った時、室内に王族が会場入りするラッパの音が響いた。







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