第18話 奇襲








「ーーーー陛下わたくしから宜しいかしら?」


 王妃が周辺に聞こえる声で国王に話しかける。


わたくしもあの者が大した功績も無いのに、魔術団所属の通訳官になったのか甚だ疑問ですの。あの男の方は魔術で魔術団総長を若返らせたと聞きましてよ?あの男だけ城に残して女には見合った職を斡旋して差し上げた方が良いのでは無いかしら?」


「ーーくだらん事を言っていると、いくらお前達だからと言っても容赦は出来んぞ」


 入場して来た時とは違い国王は不機嫌さを露わにし王妃を叱責する。

普段尻に敷かれている国王が貴族達の前で叱責する様子に、貴族達は流石に何か今回の夜会はいつもと違う事に気付く。


「貴方やはり・・・。あの男は私の護衛に召し上げます!!そして王女の婚約者にします!!!」



 誰の了承も得ずレンは平民なのに根回しもせず、いきなり王妃は公言してしまった。

貴族達の目には王妃がとうとう、おかしくなったのだという印象だけが残ってしまった。



「お前たちいい加減にっーーー」



 ーーードォォォォォーーンッッッッッッッッ!!!



 砲撃に遭った様な轟音と共に夜会会場の城の壁の一部が崩壊した。

砂煙の中から現れたのは大きな蝙蝠の様な翼が生えたグレーの髪色の美青年と、黒い馬に跨りその顔は兜によって見えない騎士が現れた。その騎士の手には槍があり既に槍には貴族の男女が串刺しになっている。

騎士は槍を振り、串刺しにしていた男女を投げ捨てる。


この2体の魔族が現れた時、破壊した瓦礫の下敷きになった多くの貴族が息絶えた。

また大怪我を負って動けない者も多くいる。絨毯は大量の赤い飛沫が散っており、恐怖に駆られた貴族達の我先に逃げ出そうとする怒号や慟哭どうこく、悲鳴を上げ一瞬で夜会は地獄絵図になってしまった。




わたくしの名前はメセラダ。邪龍であり魔王イヴィーレ様の腹心デス。ーー丁度この国の王がいらっしゃるようで手間が省けて何よりデス。魔王様のお優しい交渉を蹴られたのでこの国は今日をもって滅んで頂くことに決定いたしまシタ』



 メセラダは美しい顔でにこりと微笑む。

今の会場内が死の恐怖に駆られていなければ多くの男女を虜にした事であろう。

面食いの王妃と王女はメセラダの美しさを見る余裕など一切無く、床を這いずる様に逃げている。

這った後は絨毯が何故か濡れた染みが広がっていた・・・。



「父上っ魔王との交渉とは・・・まさか」

「そうだ。魔王が全ての国々に『生かして欲しい国は毎年3千人を生贄に差し出せ』と言ってきたあの理不尽な要求の件だ。抵抗できる力がなく諦めた国も多くある。そして此奴らに滅ぼされた国も既に・・・」

「なっ!?猶予が有ったのでは無かったのですか!?」

「猶予は5年と言っていたが、滅んだ国がある故守られる事は無かったのは明白であろう・・・。我が国は何度かこの国を交渉おどしに来た魔族を魔術団と騎士団によって退けたが・・・」



 既に会場には大怪我で動けなくなった者や騎士達しか残っていない。絶対的力を前にどうにも出来ない状況である国王と王太子は、顔色は悪いがその場を離れる事はなく最期まで王族としての品格を保った。

王妃を御しきれないヘタレでダメな国王だが性根は腐っていないらしい。



『無駄な時間ですのでそっちの話は死んでからにして下さイ。ーーそれから、こちらからの質問デス。この国の監視等を任せていました破壊竜ウロムを倒したのはどうやったのですカ?あなた方のレベルでは退けても倒せる程では無かったと思いますガ?』


「なんの事だ?」


 メセラダは張り付いたような笑みのまま数秒経って、ふむと顎に手を当て何か考える。


『どうやらあなた方は知らない様ですネ。仕方ないですが、ウロムの詳細は諦めてこの国を滅ぼしてすぐに帰りますよゼスキート』

『御意』





『あれが何を言っているか分かるか?』


 やっとレンに合流したミュナはこの混沌とした状況の中、静観していたレンに質問をされる。


「え?分からないの?同族は流石に分かるかと思っていたのに・・・種族の問題じゃないんだ・・・。ーーえっとね、国を滅ぼして欲しく無かったら毎年生贄に3千人の人間を用意しろって言われたのを、この国は断って見せしめに滅ぼしに来たらしいよ」

「後はこの国を監視していた魔族の死亡原因を知りたがっている様ですね」



 ミュナもレンもその近くにいるノーヴァンも、緊張感皆無といった様子で突っ立っている。

もし近くのテーブルが破壊されておらず、飲み物があったら優雅に飲んでいる可能性すらある。



「ーーゆな嬢っ!・・・お恥ずかしい話なのですが私がアレと戦っても勝算が皆無と言っていいでしょう。レン殿にご助力頂け無いだろうか?」



 のんびりした3人とは違い、命を賭けて戦うのだという緊張感を漂わせながらオフェール総長がミュナに声を掛ける。


「あ、はい。聞いてみますね?」

「すまない。宜しく頼む」

「レン、総長さんが自分だけだと無理っぽいから手を貸して欲しいんだって」

『ん?あんな雑魚にか?・・・ノーヴァンお前ならあれくらい倒せる様になったであろう?我に力を使いこなせる様になったか見せてみよ』


 ミュナのレンに対する大雑把な通訳に総長は胃が痛くなる。


「はっ!!レン様の仰せのままに」


 総長は話に加わっていない事から気に留めていなかったノーヴァンが、唐突に改まった返事をした事に目を丸くしていた。


「ノーヴァンさんが倒すらしいんで、総長は行かなくていいんじゃ無いですかね」

「はっ?魔族を前に部下に任せろと!?そんな騎士らしからぬ真似出来るはずがーー」


『君たち、我らを倒せると思っているなんて烏滸がましいネ』


ミュナ達の話がどうやら聞こえていたらしく、イラついた様子のメセラダと終始無言のゼスキートがいつのまにか目の前にいた。

間を置かずゼスキートが槍を構え目に見えない速さで振った。



 ーーカコン・・・カラカラカラカラ・・・



 真っ二つになったのはゼスキートの槍であった。


 槍は真ん中から綺麗に切断され会場内に転がる音が響く。

ゼスキートが一瞬理解できず固まっていたが、真っ黒い魔物の馬と共にそのまま床に崩れ落ちた。



『ーーーっっ!?どういう事だ!?誰が殺ったのですカ!?』

「私ですが?」


 怒りに震えるメセラダを前にノーヴァンは律儀に答える。


「(ノーヴァンめちゃくちゃ強くなってるよ・・・。実質騎士の中じゃ最強になっているよね?軽く騎士団総長抜いたよね?なんだか総長に申し訳ない・・・ズルして強くしたって感じが否めないし・・・。)」


「レン様、取り敢えずこれも消して良いですよね?」

『あぁ。そろそろ飽きたな、早く終わらせろ』

「はっ、ーー承知致しました」


 ノーヴァンは剣を片手で持ち床を蹴った。

瞳孔が開きノーヴァンは口角を上げ一気に間を詰め剣を下から振り上げる。



 ーーーシュッッ



 勢いよく赤い血が飛ぶ。



 ーーーゴロン・・・




『人間とは本当に弱いのだな』




ノーヴァンは血塗れていた。




「レンがノーヴァンさんにやらせたんじゃん。言い方酷くない?」

『酷いか?弱いものは弱いだろ。元が弱すぎるからこの結果であろう?』

「仕方ないよ。それより早く帰りたいんだけど・・・」



「レン様、申し訳ございません!!私の力不足によりレン様に不甲斐ない所をお見せしてしまいました・・・。かくなる上は今から魔王城に向かい魔王の首を手土産に戻って参ります!」

「え?今から行かなくて良くない?行くのは魔術でバレンス総長にでも連れてって貰って日帰りで帰れば?」

『そうだな。ジジイの魔術の腕が今現在どんなものかも気になるな。明日ジジイと行って魔王の首を持ってこい』

「はっ!承知いたしました」


 ノーヴァンは仕留め損ねた魔族に向き直る。


『クゥッッ・・・!!まっ待テ!!何者だ貴様っっ!!!』


 片腕が無くなっているメセラダは大量の出血を流す肩を手で押さえながら、痛苦で顔を歪め声を荒げる。

ミュナ達とこの魔族との温度差はとてつもなく大きい。


『(今日は週末だからミュナに魔力を馴染ませても良い日ではないか!!!)』

「(へぇ〜魔族も血が赤いんだ・・・。でもちょっと紫混じってる?赤紫っぽいのかー)」

「(1発で仕留められた筈だったのに・・・。片腕だけとはな・・・。)」


 ノーヴァンは再び床を蹴って距離を縮めると剣を薙ぎいた。


 ーーーーぱぁぁぁんっっっ!!!



 激しい音と共に剣が弾かれた。どうやら魔法でガードし防いだ様であった。

その後閃光が走り魔族は消えていた。



『・・・ふむ。魔法はそこそこ使える奴であったか・・・?』

「レン様、私めの失態です」

『そうだな。取り敢えず明日は魔王を始末した上で他の奴らは生かしておけ。それと他の奴らに余計な事をすると魔王城ごと消すと伝えておけ。それが出来ればこの度の失態許してやろう』

「はっ。必ずや」


 ミュナは2人の話を聞きながら魔術団総長が休日出勤させられる事を可哀想に思っていた。

騎士団総長は信じられないものを見てしまった為に、置物の様に固まって全く動かない。

会場に残っていた者達は魔王以上にとんでもなく危険な存在がすぐ側にいた事に凍りついていた。






 

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